第15回
64年ぶりの快挙に寄せる「ベイスターズ・キャッチャー謎事件簿」〈松樟太郎〉
2024.07.16更新
期待のキャッチャー2人
今年のオールスターの一般投票および選手間投票では、二人のキャッチャーが初選出されました。
一人は日本ハムの「ゆあたそ」こそ田宮裕涼選手。
そして、もう一人が、ベイスターズの山本祐大選手。
ドラフト9位入団にもかかわらず2023年に頭角を現し、東克樹投手と最優秀バッテリー賞を受賞。
今年は持ち前の強肩を見せつけるとともに、打率も3割台をキープ。
まさに正捕手として活躍しています。
なんとベイスターズおよびその前身であるホエールズのキャッチャーがオールスターファン投票で選ばれたのは、1960年の土井淳選手以来、64年ぶり2人目なのだそうです。
まさに「事件」です。
ということで、本記事ではここ20年ほどで起きたベイスターズのキャッチャーにまつわる「事件」について、取り上げたいと思います。
最初に断っておきますと、良い意味で事件なのは山本選手オールスター選出だけで、あとは基本、ろくでもない事件です。
事件1 正捕手が二人連続でメジャーに行くと
言って、結局、行かずに他球団に移籍事件
1998年にベイスターズを優勝に導いた谷繁元信、そして2000年代の正捕手として日本代表にも選ばれた相川亮二。
なんかもう忘れている人も多いと思いますが、この二人には意外な共通点があります。それは、「メジャーを目指すと言ってチームを離れ、結局メジャーと契約できなかったからということで、国内の他チームに移籍した」こと。
もちろん、一義的には「メジャー移籍を目指してチームを離れた場合、チームに戻ることは許さない」という方針を取っていたベイスターズ球団に問題があるのはわかります。ただ、同じ理由で正捕手が相次いでいなくなるともう 「最初からメジャー移籍をネタに他チームに移籍するつもりだったのでは?」とすら勘繰りたくなります。
しかも、谷繁選手はその後中日の黄金時代を支え、相川選手もヤクルト、巨人で活躍。その間、ベイスターズは正捕手不在に苦しめられましたから、なおさらです。
事件2 2年連続キャッチャーFA(そして失敗)事件
相川選手を失ったベイスターズはFAに活路を見出し、まず、2008年オフに大ベテランの野口寿浩選手を獲得します。
すでに30代後半に差し掛かっていた野口選手だけに、当時の私ですら「相川の代わりに野口?」と思ったのを覚えています。そのいぶし銀感は何ものにも代えがたいものがありましたが、結局、2年で出場試合はわずか19試合に終わりました。
そして翌、2009年オフにはロッテから橋本将選手を獲得。
1年目は43試合出場も、2年目は出場試合ゼロ。ベイスターズのことを「ありえない」と評したことでも知られています。
2年連続で捕手をFAで取り、あげく、活躍どころかなぜかディスられる......。このころはまさにどん底期で、そのことを象徴するような事件でした。
事件3 鶴岡強奪事件
鶴岡一成選手は長年ベイスターズの二番手キャッチャーとして活躍していましたが、2008年に真田裕貴選手とのトレードでジャイアンツへ移籍。ただ、2011年にFA権を取得してベイスターズに戻ってくるという蛮勇を見せ、ファンを涙させました。
そんな物好きな鶴岡選手ですが、事件は2013年オフに起きました。
タイガースからFA移籍した久保康友投手の人的補償に、なんと鶴岡選手が選ばれたのです。
当時の鶴岡選手は事実上の正捕手として活躍していました。髙城俊人選手や黒羽根利規選手が台頭してきていたとはいえ、2013年で最も出場試合数が多かったのは鶴岡選手でした。
当然、球団には「なんで鶴岡をプロテクトしなかったんだ」と非難殺到。今なら「岩瀬式プロテクト」改め「和田式プロテクト」でなんとかなった......いや、なんでもありません。
そして翌年は「肩にバネが入っている」と称された黒羽根選手が正捕手となったのですが、4月に早速死球で骨折し登録抹消。まさに「なにやってんの?」という話でした。
事件4 ラミレス監督ベンチからサイン事件
2016年シーズンから監督に就任したラミレス監督は、「捕手にリードを任せず、ベンチからサインを出す」ことを明言。
「どれだけ信用されていないんだ、ベイのキャッチャーは」と愕然としたことを覚えています。
もっとも、この年に入団した戸柱恭孝選手の活躍などにより、「ベンチからサイン」はいつの間にかなくなった模様で一安心。
このころから戸柱選手や伊藤光選手、嶺井博希選手など、ベイスターズのキャッチャーもそこそこ層が揃ってきたように思います。ラミちゃんのショック療法のおかげかもしれません。
事件5 嶺井選手、謎のFA移籍事件
横浜スタジアムにはしばしば「嶺井軍団」と呼ばれる嶺井ファンの一団が来ていました。
自分たちだけでなく、周りの人にも「嶺井」と書いた紙を配って、打席が来ると一斉に掲げるということをやっていた(やらされていた?)ものです。
そんな嶺井選手は独特のハスキーボイスと意外性のある打撃で活躍し、2022年にはベイスターズの捕手として最も多くの試合に出場していました。誰もが「正捕手に一番近い存在」だととらえていたと思います。
にもかかわらず、2022年オフにはFAで、絶対的正捕手の甲斐拓也選手がいるホークスに移籍。案の定出場機会が激減しています。
結果的にそれが山本選手の台頭につながったともいえるのですが、なぜ、そんな状況になることが予想されているにもかかわらずベイスターズを出ようと思ったのか。そんなにベイスターズを出たかったのか。気にしだすと夜も眠れません。
ところで、「意外性のある打撃」っていう評価をしばしば聞きますが、それってつまり「普段は打たない」ということと同義なんじゃないかと思いますが、違いますかね。
「たにしげる君」のうすら笑い
そんなこんなで紆余曲折あったベイスターズのキャッチャー事情ですが、救いは、そんな元ベイスターズのキャッチャー陣とベイスターズとの関係がそれほど悪くないことです。
相川、鶴岡両氏はコーチとしてベイスターズに貢献してくれていますし、野口氏は「元ベイスターズにいた人」として解説者として活躍しています。
また、球団との不仲説もあった谷繁氏ですが、確実に距離は近づいています。
2年ほど前から、横浜スタジアムではイニング間に「たにしげる君」という巨大なハリボテキャッチャーが現れ、そのミットにお客さんがボールを投げ入れるというイベントが行われています。明らかな谷繁いじりで「おい、大丈夫か?」と思っていたのですが、昨年からボールがちゃんとミットに収まると、谷繁氏の映像が流れるようになりました。なんにせよ、「谷繁公認いじり」ということがわかって一安心した次第です。
うすら笑いを浮かべながら「ナイスボール」などと言う谷繁氏の映像を見るたびにこちらもうすら笑いを浮かべざるを得ないのですが、ここ20年ほどのキャッチャー迷走時代を思い返すと、「まぁ、よかったかな」としみじみ思ったりします。