第5回
ピッチャー大きく振りかぶってかかとを上げて〈ミシマ社・須賀紘也〉
2023.06.19更新
こんにちは。営業チームのスガです。いつもミシマガジンをご愛読いただき、ありがとうございます。
現在のセリーグ、ミシマガ野球部的に熱い展開を見せています! と申しますのも、代表ミシマが応援する阪神タイガースと、松樟太郎先生が本コーナーで声援を送り続けている横浜DeNAベイスターズによる一騎打ちの様相を呈してきたからです。個人的には打線と先発ローテーションの厚さの差で、追いかけるベイスターズ有利と見ますが、今後はどうなるでしょうか。編集長ミシマによる『ちゃぶ台11』巻頭言にも登場する、タイガース岡田監督の手腕に注目です。
ちなみに、私が応援している中日ドラゴンズは、ヤクルトスワローズと同率の最下位に低迷しております。ここ数年ベイスターズのお得意様となっているドラゴンズが、どれだけ反抗を見せられるかも、ペナントレースの行方を握ることになるかもしれません。
そんな中日ファンもまだ大きな希望を胸にいだいていた4月初旬、ミシマ社は京都で合宿を行いました。(合宿レポートはこちら)
春日太一さん『時代劇聖地巡礼 関西ディープ編』を片手に、聖地の宝庫である亀岡市を巡礼した(聖地のそば「へき亭」のすぐそばに、京都の強豪・龍谷大平安高校のグラウンドがありました)合宿初日。その翌朝に、宿泊した南丹市るり渓で、バドミントンチームと野球チームに分かれて、レクリエーションを行いました。
野球チームは、順番にバッターとピッチャーに分かれて対戦。あれっ、と最初に思ったのは、編集ホシノが投球した時でした。「振りかぶって」投げたのです。ホシノのお父さんはよく野球中継を見ていたという話を聞いたことがあり、それでマスターしていたのでしょうか。
投手ホシノ、打者スミの編集チーム対決
次に投手をすることになった営業事務サトウ。野球未経験者と思われるサトウが「ホシノさんみたいに投げたい」と言った時、わかるなぁと思ったのです。「振りかぶるの、かっこいいよね!」。
ピッチャーが投げ始める前の構えは、大きく分けて3つあります。
(いずれも右投手の場合)
1.三塁方向を向きながら足をピッチャーズプレートと並行に並べ、お腹の前で両手を合わせる構え=セットポジション
2.バッターに正対して胸の前で手を合わせて、手をそのままに左足を後ろに引く構え=ノーワインドアップポジション
3.2と同じくバッターに正対して胸の前に手を合わせ、左足を後ろに引く時に両手を頭上に振り上げる構え=ワインドアップポジション
大谷翔平、ダルビッシュ有、佐々木朗希。彼らはみんなセットポジションから投球します。現代野球はセットポジションが全盛です。ノーワインドアップも、山本由伸投手はじめ、割合は少ないですが生き残っていると言えるでしょう。そしてワインドアップは最小派閥で絶滅の危機をむかえています。
「ピッチャー〇〇、大きく振りかぶって第一球を投げました」というのはラジオ野球中継ではお馴染みのセリフですが、最近ではそんな声を聞く機会はグンと減りました。
〈2023年 プロ野球12球団開幕戦の先発投手と投げ方〉
巨人:タイラー・ビーディ セット
阪神:青柳晃洋 セット
中日:小笠原慎之介 セット
DeNA:石田健大 ノーワインドアップ
広島:大瀬良大地 ワインドアップ
ヤクルト:小川泰弘 セット
ソフトバンク:大関友久 ノーワインドアップ
西武:髙橋光成 セット
オリックス:山下舜平太 セット
日本ハム:加藤貴之 セット
ロッテ:小島和哉 セット
楽天:田中将大 ノーワインドアップ
なんと今年の開幕投手で、振りかぶるのはカープの大瀬良投手ただ一人。2/3となる8人がセットポジションから投球しています。(今年はWBC出場選手が日程のために回避したため例外的な年ではありますが、開幕投手は例年基本的に各球団のエースが務めます。)
なぜ、これだけセットポジションの投手が多いのか。理由としては、無駄な動きが少なく、コントロールにブレが出づらい。つまり、合理的。
ワインドアップの投げ方は、じつは結構複雑です。とくに足の運びが慣れないともつれそうになる。振りかぶる手に注目も中継カメラの焦点も集まりますが、その下で結構足が動いているのです。
(右投手の場合)
1.打者に正対して両手を胸の前で組む
2.左足を引きながら頭上に両手を振りかぶる
3.ステップして右足を90度右にターンする
4.左足を胸の前であげる
セットポジションだと4から始めればいいことを思うと、かなり体を余計に動かしています。そのことで重心がブレたり、体力を使ってしまったり。
しかし、少し前までプロ野球の大エースの歴史をたどれば、稲尾和久・金田正一・江夏豊・江川卓・松坂大輔と、それはワインドアップの歴史でもありました。
〈1989年 12球団の開幕投手と投げ方〉
巨人:桑田真澄 ワインドアップ
阪神:仲田幸司 ノーワインドアップ
中日:小野和幸 ノーワインドアップ
大洋:斉藤明夫 ノーワインドアップ
ヤクルト:尾花高夫 ノーワインドアップ
広島:北別府学 ワインドアップ
ダイエー:山内孝徳 ノーワインドアップ
西武:工藤公康 ワインドアップ
オリックス:佐藤義則 ワインドアップ
日本ハム:西崎幸広 ノーワインドアップ
ロッテ:村田兆治 ワインドアップ(マサカリ投法)
近鉄:阿波野秀幸 ワインドアップ
なんと、平成元年の開幕投手にはセットポジションの投手が一人もいません。
ワインドアップにはどんなメリットがあるのか。江川卓投手は自身のYouTubeチャンネルで、メリットに「大きく振りかぶることで、体を大きく見せたり、バッターに威圧感を与えることができる」ことを挙げています。「いいボールを投げること」そのものがメリットなのではないのかと、少しずっこけそうになります。しかし、かつての大エースが漂わせていた風格は、確かにワインドアップの威圧感も影響していたはずです。そしてその威圧感や風格はバッターだけではなく、ファンや野球少年の目にもに映っていたはずです。
そして、この名だたる開幕投手たちの中で、文字通りもう一段階体を大きく見せる投げ方をしている投手がいました。
この時代、トレンディードラマの大流行になぞらえて「トレンディーエース」と呼ばれていたのが、西崎、工藤、渡辺久信(西武)、星野伸之(オリックス)、そして阿波野です。「パンチパーマに金のネックレス」がオシャレとされていた当時のプロ野球界で、スタイリッシュなファッション、歌手の大江千里のような大きな眼鏡を着こなし、試合では筋骨隆々の男たちをしなやかなフォームで蹴散らしていく。そんな若きエースたちが、人気低迷にあえぎ阪急→オリックス、南海→ダイエーと球団売却が相次いだパリーグを彩っていました。
阿波野は一見ひょろっとしているのですが、2度リーグの年間最多投球回を投げぬいているようにタフで、最多奪三振にも同じく2度記録するほどの力強さもある投手です。
そんな阿波野もワインドアップから投げるのですが、独特なのが上の「4」の右足をあげるとき(阿波野は左投手)に、背伸びするように左足のかかとを上げる「ヒールアップ」投法を用いていたこと。ぜひ試していただきたいのですが、これでバランスをとりながら投げることは難しいです。爪先立ちでまっすぐ立つだけで難しいのに、勢いよく片足をあげると同時にこの体勢を取ればふらつきます。
振りかぶること、ヒールアップすること。どちらも「高いところから位置エネルギーを利用するため」という理論的な狙いはあるとは思うのですが、そのことと引き換えとなる動作が不安定すぎて、現代では使う投手は激減しています。しかし、惜しいと思うのです。だって、初めて野球をする人は、「あの投げ方で投げてみたい」と思うのですから。成績を残さなければいけないプロ野球ではもはや難しいのでしょうから、せめて草野球やキャッチボールの中で残っていかないかなあ、と思います。
こういう合理的ではなくて無駄と思われるけど、かっこいい動き。無駄にかっこいい、なんて言葉を言われてみたいものですね。私も爪先立ちで営業したらたくさん注文をもらえないかな、なんて思う今日この頃です。