第17回
フルカウントソング〈ミシマ社・須賀紘也〉
2024.09.20更新
こんにちは、ミシマ社営業チームのスガです。
ペナントレースもいよいよ大詰めですね。特にセリーグは大熱戦。巨人が一歩抜け出しそうな雰囲気ですが、阪神の連覇はなるのでしょうか? 残り約10試合まできてこれだけ接戦なのも珍しく、目が離せなくなってまいりました。
実は今回は「大詰め」に関する話です。みなさまは、大詰めのとき、自分にプレッシャーをかけるタイプですか? 開き直りたいほうでしょうか?
韓国プロ野球の応援団
私は追い詰められた時、Youtubeで野球の応援を観て励みにすることが多いです。今は、韓国のプロ野球にハマっています。
日本のプロ野球(NPB)と韓国のプロ野球(KBO)の応援は、スタイルがまったく別物です。わかりやすい例を挙げれば、
・外野席で応援するNPBと、内野席で応援するKBO
・応援歌をトランペットで演奏するNPBと、音源をスピーカーで流すKBO
・チアリーダーが試合前後や攻守交代の間、グラウンドに出て盛り上げるNPBと、試合中にスタンドのお立ち台でファンと応援歌を歌うKBO
そんな日本とはいろんな違いのあるKBOの応援で、私がいいな!と思う点は3つあります。
1.応援歌の歌詞がシンプル
日本の応援歌は、選手の特徴を織り込んで作り込まれていることで、ファンの大きな支持を集めています。プレイスタイルを表現したり、選手によっては名前の漢字や出身地を織り込んだり。ひとつの作品として受け入れられています。
例)東京ヤクルトスワローズ・村上宗隆選手の応援歌
選ばれし猛者集う地で 強く咲く大輪
肥後より携えし力 今こそ解き放て
反対に、韓国野球の歌詞はシンプルです。「選手の名前」「チーム名」「オー」「ヒット(안타 アンタ)」「ホームラン(홈런ホムロン)」の組み合わせだけでできている応援歌も多いです。
例)ロッテ・ジャイアンツのファン・ソンビン選手の応援歌
오〜(お〜) 롯데의(ロッテの) 황성빈〜(ファン・ソンビン)오오오〜(オオオ〜)
안타 안타〜(アンタ アンタ) 롯데 황성빈〜(ロッテ ファン・ソンビン)
これなら韓国語がわからなくても覚えやすい。きっと初めて来たファンの方もすぐ歌えるし、選手もこれくらいシンプルだと試合中でも聞き取りやすいはず。韓国の応援はしばしば声量に圧倒されるのですが、その原点は声を出しやすい応援歌なのではないかと思います。
2.10球団共通の応援歌がある
全球団の応援団が歌う応援歌があります。韓国プロ野球が始まった1982年のヒット曲、ユン・スイルの『アパート』。
ひとことで言えば、「何度も通った彼女が住んでいたアパートに、未練がましく行ってみても今は誰もいない」というわりと単純なものですが、1982年は韓国に集合住宅ができはじめ、都市的と憧れを持たれていたころの歌で、歌詞の単純な意味以上の思い入れを持たれています。
「シティポップのはしり」と捉えられることもあるようです。以前ミシマガ野球部で紹介したパク・ミンギュさんの小説『三美スーパースターズ最後のファンクラブ』(邦訳が晶文社刊)の章タイトルにも流用されている、「星の流れる橋を渡って」(同書の斎藤真理子さんによる訳)というフレーズの歌い出しも、メリハリのあるメロディーもかっこいい。
この「失恋シティポップ」を、試合が大量点差がつくなど「この試合もらった!」と決定的な状態になったときに、ユン・スイルとまったく同じ歌詞を声を揃えて歌います。しかも、「ウッシャラ! ウシャ! ウッシャラ! ウシャ!」という、失恋ソングのイメージからかけ離れた合いの手までつけて。この曲が定着した理由がいくら調べてもわかりません。
今年7月の、スター選手が集まるオールスターゲームでは、ゲームセットとともにこの未練タラタラソングを全球団のファンが声を揃えて歌い、花火まで打ち上げてました。え、なんで? と思いました。
余談ですが、KBOのオールスターでは選手が映画のキャラクターやドラマの登場人物、町の配達員などにコスプレしながらプレーしています。
3.牽制ソングとフルカウントソング
試合中は基本的に、打席に立つバッターに向けて、先ほどの村上選手やファン・ソンビン選手の例のような選手別につくられた応援歌を歌います。ただ、日本でも韓国でも、ある決まったシチュエーションで歌うために作られた歌もあります。
日本だと、ランナーが2塁や3塁にいる時に歌われる「チャンステーマ」が大人気ですが、韓国にはあまりないです。
かわりに各球団にあるのが、「牽制ソング」と「フルカウントソング」。点が今にも入りそうなチャンスと比べると、それほど盛り上がりにかけるような気がするのですが、この2つのシチュエーションのために、各球団オリジナルの曲をつくっています。
・牽制ソング
盗塁を防ぐために、ピッチャーが1塁や2塁に投げる牽制。
攻撃しているチームのファンとしては、選手がベースに戻れずアウトにならないかヒヤヒヤしたり、バッターが打つところを見たいのに余計な時間を取られているように感じたり。プレッシャーを掛けることで1球でも牽制を減らせるものなら、ぜひそうしてやりたいと思っても不思議ではありません。日本のプロ野球でも、ある試合で牽制されたときにブーイングを浴びせるファンが続出して物議を醸したこともありました。
韓国では牽制されたら、応援団主導のもと、ファンが声を揃えます。
全球団の牽制ソング集
上の動画で、最初に流れるロッテジャイアンツの牽制ソングでは、「마!」(マ!)という、日本語だと「コラ!」という強めの言葉を連呼することで名物になっています。「마!」は釜山の方言で、「関西弁が怖い」と同じように他球団ファンに恐れられているようです。
そのほかのチームもどこかおどけている応援団長のもと、「ちょっと!」「前に投げろ!」「いつまで牽制するんですか?」とお決まりのフレーズを叫びながら、大人が一丸となって茶々を入れている姿がユーモラス。ぜひ現地でみたいなぁと思うシーンです。
フルカウントというカウント
前置きが長くなりましたが、ここから本題です。
野村克也監督はミーティングで、選手に「カウントは何種類あるか分かるか?」と問うたといいます。(スポニチアネックス 2020年2月13日付記事)
答えは12種類。そのカウントの一つ一つで、打者心理・投手心理が変わるのだと説きます。例えば、どちらも追い込まれていて同じようなものと思ってしまう「1ボール-2ストライク」と「2ボール-2ストライク」でもやはり警戒するべきことが違う。野村監督がいかに野球を突き詰めて考えていたのかに感嘆してしまいます。
そんなレベルの高い野球があるとは知らずに少年野球をやっていたころ、私にとって特別なカウントは2つだけでした。
それが「0ストライク-0ボール」と「3ボール-2ストライク」。
まず、「0-0」。私はこのカウントでバットを振ったことが一度もないと思います。とにかくバッティングが苦手だった私にベンチが期待するのはフォアボールです。初球を打ってアウトになったのでは大顰蹙まちがいなしだし、そもそも必ず「待て(振るな)」のサインが出てました。
そして、「3-2」。これは逆に必ずバットを振っていました。
私は本当にバッティングセンスというものがなかった9番バッターだったので、ボールをきちんと見てからバットを振ったり止めたりするのが非常に苦手でした。本来、バッティングというものは、「ボールをきちんと見てからバットを振ったり止めたりする」ことなのですから何を言ってるやらと思われても仕方ないのですが、毎回ピッチャーが投げる前に、思いつきで「次は振ろう」「ちょっとやめとこう」と先に決めていました。
しかし、「2-3」はバットを振らない訳には行きません。
これが「3-1」だと、ストライクが来ても一回様子を見れます。ボールだったらフォアボールで万々歳なので、「ボールを投げてくれ」と祈りながら、投げる集中を削ぐためにバントをするフリをしてみたり。反対に「2ストライク-2ボール」だと、ピッチャーが空振りを誘うためにボール球を投げる余裕があるため、結構ボール球を投げてくるものです。
しかし、「2-3」のフルカウント。ピッチャーは基本的にストライクを投げて、バッターも振りに行きます。
ピッチャーはフォアボールを、バッターは三振を背にして、どちらにとっても後がない、フォアボールを待つ他力本願のバッターも、腹をくくってバットを振るしかない、唯一のカウントが、「2-3」のフルカウントなのです。
韓国のプロ野球の球場では、そんな緊張感を知ってか、フルカウントの時だけに流す曲があります。
フルカウントソングは、全球団が別々の曲。賑やかに後押しするチームもあれば、野球の応援ではなかなか使わないような悲しげなメロディで緊迫感を高めるチームもあります。どっちもあること、特に悲壮感を漂わせるような曲調で応援するチームがあることが、すごくおもしろいなと思うのです。
後押しの例:ロッテジャイアンツ
緊迫感の例①:LGツインズ
緊迫感の例②:サムスンライオンズ
あなたのフルカウントソングは?
最近、仕事でもプライベートでも、切羽詰まったことや修羅場を迎えたことはありますでしょうか?
野球場の外の日常でも、「3ボール-2ストライク」のバッターのように、追い込まれると頭をよぎる曲、そんなときに自分に掛けてあげたい曲も、広い意味での「フルカウントソング」と言えそうです。
私のフルカウントソングは、アメリカのロックバンドのシカゴが1970年にリリースしたブラスロックの名曲『25or6to4』。邦題は『長い夜』だが、直訳すると「4時25、6分前」。
大学で文章の書き方を学ぶ学科に通っていた私の、卒業課題は小説を提出することでした。計画性のある人は、秋には書き終えていましたのですが、私がなんとか書き終えたのは、年明けの1月。提出日前日のお昼ごろ。なんとか書き終え、心配してくれていた卒業生の先輩に、報告と目を通してもらうため、ワープロのデータをメールで送りました。途端に返信が来て、「読んでくれたのかなぁ」と思いながらメールを開きます。
「字数全然足りてないよ」
慌てて電話をすると、8000字ぐらい足りていない。追加で書かなきゃいけないけど、カギカッコで枚数を稼いでもダメ、らしい。提出日は明日の正午・・・。
『長い夜』も、虚空を見つめたり、坐禅をしたり、眠くなったりしながら、言いたいことを探している、夜の4時25,6分前、という曲。この曲を聴くたび、「本当に終わるんかいな」と悲壮感にひたった長い夜を思い出します。学生の読者のみなさまも、万が一「遊びすぎてぜんぜん夏休みの宿題が終わっていない! でももう最後の夜だ・・・。」という状況を迎えた時、この曲をかけるときっとたちまちロックな雰囲気に包まれることができるでしょう。ラッパの音が焦燥感を駆り立ててくれます。
ミシマガ読者のみなさまにとっての、フルカウントソングはなんでしょうか?
もしフルカウントの打席に向かうとしたら、明るい曲で元気づけられたいのか、シリアスな曲で静かに燃えたいのか。いっそ、暗い曲でヤケになりたいのか。「人間は追い込まれた時に本性が出る」なんていいますが、そのイメージトレーニングになるかもしれません。