35歳大学院生

第13回

無声化ができない!

2024.11.18更新

 秋ってありましたか? と尋ねたくなるほど、残暑の後は一気に冷え込みましたね。と思えば、また暑くなってきたりして、身体が順応できませんね。毎日天気予報ばかり気にしていると、気づけば週間天気予報は11月下旬まで表記されるように。あっという間に2024年もあと1か月強となりました。今年やり残したことはありますか? 私は・・・意外とないかもしれません。あるとすれば、食べたかったケーキを食べていないこと。「あと1か月半のうちに食べたいなぁ~。」
 さて、この最後に書いた小さい"ぁ"。この母音が私を苦しめたのです。

 今回は、アナウンス研修で最も苦労し、アナウンサーとして業務にあたるようになってからも苦しめられたことについて、まずはお話させてください。それは"無声化"です。
 私はアナウンス研修を受けるまで、この無声化という言葉自体を知りませんでした。説明が少し難しいのですが、一定の条件下で、本来有声音の母音が無声化されるということがあります。音を全く出さないというのではなく、声帯を震えさせずに音を出すイメージです。例えば、「基礎(きそ)」の「き」は無声化になります。
 無声化になる条件まで説明するとややこしくなりそうなので割愛します。というのも、関西圏以外の人は無声化を意識する必要がないからです! 絶対というわけではありませんが、関西人は母音をはっきり発音するため、日ごろから無声化できていないことが多いと言われています。「きょうはぁ~、くもりですぅ~」。これは無声化ではありませんが、母音をはっきり発音するというのは、文字でつたえると、こんな感じでしょうか。一方、東京などの関東圏や東方面に住んでいる人たちは、日ごろから無意識に無声化ができています。話し方の文化の違いですね。同じ言葉を使っていたとしても、関西弁の方が少しきつく聞こえるという人も少なくないと思います。その理由こそが無声化なのです。関西人は母音をはっきり(丁寧に)発声するために、一音一音がしっかり聞こえるために、強くきつく感じやすくなります。
 それが、無声化をするだけで、なめらかにやわらかく聞こえるのです。アルファベットで表記すると少しわかりやすいかもしれません。例えば"洗濯機"という言葉は、関西圏だと"sentakuki"ですが、これを無声化すると"sentakki"このようなイメージです。"く"の母音を無声化します。研修の時は22歳。それまで一度も関西から出たことがない私にとっては、そもそも無声化はこれまでに聞いたことのない音なわけです。それをナチュラルに発声し、言葉として伝えなければならない。それはもう本当に大変でした。これも、テレビ朝日の研修の際に初めて聞いたことなのですが、歌がうまい人って、歌う技術がうまいという以前に、正しい音を聞くことができていて、そのうえでそれを模倣しているそうです。正しい音を出すというのは、大前提として正しい音を聞けているかが大事ということを知りました。ということは、私はとにかく無声化の音を聞きまくる必要があったわけです。

 研修の幹事を務めてくださったテレビ朝日のアナウンサーの中に、私と同じく、大学卒業まで関西を出たことがない人がいました。その方が、関西人が無声化を習得する難しさを身に染みて感じてらっしゃったこと、入社後それを乗り越えられたことなどから、ほとんどつきっきりの状態でご指導くださいました。まずは、講習で使用するテキスト、原稿の中にある無声化にはすべて〇をつける。その単語だけを練習し、文章として読んだ時にも無声化ができているようにする。研修講義以外の時間も、仲間と会話している時間でさえも「今の無声化できていないよ!」と無声化パトロールをしてくださいました。トークイップスになりそうなくらい、口をひらけば「無声化!」といわれるほど。それでも、研修ノートの最終日のコメント欄には「無声化はまだまだ」と書かれていて、身体に染み込ませるには2週間という時間は短すぎました。入社後も3年目までは全ての原稿の無声化に〇を付けていたと思います。出演した番組をDVDに落として(今はデータで送付できますね!)、テレビ朝日に送って、チェックしてもらったこともありました。数年たっても「ここの無声化ができていない」と指摘されることもありました。同じテレビ朝日の社員ではない私に、ここまでの熱を時間を注いでご指導してくださったこと、感謝しかありません。
 今も自信はありませんが、テレビやラジオを視聴していて無声化ができていないと気付くようにはなっています。無声化ができていないことがダメというわけではないのですが、言葉を扱って報酬をいただく仕事をしているからには、受け取り手が効きやすい言葉を話すことはプロとして必要なことだと思います。

 ここまで読んで、なぜ関西弁しか知らず、原稿読みも習っていない、無声化も全くできていなかった私がアナウンサーとして採用してもらえたのか、不思議に思った方もいらっしゃったと思います。正直、私自身も不思議でした。入社後、アナウンス部長に聞いてみたんです。すると「関西から出たことがないのに、面接の時も、カメラテストの時も、一度も関西弁が出なかったんだよね! 無声化はできていなかったけど、耳は悪くなさそうだったから、鍛えれば原稿は読めるようになると思った」。こう言われました。カラオケは苦手だし、歌うことも好きではありませんが、奇跡的に? その場では関西弁がでなかったことが、アナウンサーの世界へ繋いでくれました。今では、話す相手が関西弁だと関西弁で、標準語だと標準語で話すということが自然になっています。アナウンサーとして約15年。ようやく身についてきた気がします。

 研修を終えて、いよいよ山口朝日放送へ入社。キラキラしたイメージのアナウンサーとは対極の、泥臭く、汗まみれのアナウンサー生活がスタートします。次回からは、今の私の基礎を作ってくれた山口朝日放送での生活を振り返っていきます。

市川 いずみ

市川 いずみ
(いちかわ・いずみ)

京都府出身。職業は、アナウンサー/ライター/ピラティストレーナー/研究者/広報(どれも本業)。2010年に山口朝日放送に入社し、アナウンサーとして5年間、野球実況やJリーグ取材などを務めた後、フリーアナウンサーに転身。現在は株式会社オフィスキイワード所属。ピラティストレーナーとして、プロ野球選手や大学・高校野球部の指導も行う。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了(スポーツ医学専攻)。スポーツ紙やウェブにて野球コラムを執筆中。アスリートのセカンドキャリア支援事業で広報も担い、多方面からアスリートをサポートしている。阪神タイガースをこよなく愛す。

Twitter:@ichy_izumiru

Instagram:@izumichikawa

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