35歳大学院生

第7回

新聞記者の夢、絶望的な成績

2024.03.11更新

 先月はとても刺激的な内容のコラムをお送りしました。改めて強調しますが、体罰は絶対にいけません!! しかし、現在TBSテレビで放送中のドラマ "不適切にもほどがある!" をみていても、令和は令和ですごく生きづらくなっているのではないかなぁとも感じるわけです。我慢のハードルって人それぞれだけど、ハードル自体が置かれていない人も増えているのではないかな~なんて思うのですね。良いか悪いかはわかりませんが、私は地獄のソフトボール部時代に土台となる根性を作ってもらえたことに感謝しています。

 さて、今回はガラリと変わって女子高校生時代についてお話しします。といっても、主には高校選択と夢についてです。高校進学は多くの人が、最初に人生の選択を迫られるタイミングかと思います。私の高校受験には、確固たる意志がありました。第2回のコラムで、小学生の頃は自分の夢など全くなく、かわいくて賢かったクラスメイトのリサちゃんの夢をいつも真似していたと紹介しましたが、中学1年生の時に私には将来の夢がハッキリとできました。それは新聞記者です。

 小学6年生の時、シドニーオリンピックのマラソン代表選考会を兼ねた名古屋国際女子マラソン(現名古屋ウィメンズ女子マラソン)にくぎ付けになりました。高橋尚子さんが後続を突き放して見事優勝されたレースでしたが、それまで怪我などで苦しまれていた1年3か月ぶりのレースでの圧勝、そして何よりもゴール後の楽しそうな表情に惚れました。さらに、みなさんもご存じの通りその年のシドニーオリンピックでも見事金メダルを獲得されました。「すごく楽しい42キロでした!」。高橋さんのこの一言で、私は大ファンになりました。それと同時に「いつか高橋尚子さんに会ってお話を聞いてみたい・・・」。そんな思いが湧くようになったのです。

 ぼんやりした夢が "新聞記者" という形になったのは、中学1年生の秋でした。夏休みの宿題の定番である読書感想文で、私は高橋尚子さんが当時所属していた積水化学監督の小出義雄さんの著書『君ならできる』を読み、感想文を提出しました。どのような内容を書いたのか詳細は覚えていませんが、「読書は心の扉をひらく」という文言をしたためたことはハッキリと覚えています。小出監督と高橋さんの信頼関係、二人三脚で過ごされてきた日々などに感銘を受け、12歳ながら何か心を動かされたのでしょう。
 その読書感想文が、クラスの代表に選ばれ、そのまま学年の代表にも選ばれ、全校生徒の前で読み上げるということになりました。正直、夏休みの終盤に慌てて書いた文章だったのですが、学年の代表に選ばれたときは本当にうれしく、書くということに一気に興味が湧きました。「高橋尚子さんの記事を書いて、魅力を伝えたい」。これをきっかけに、初めてできた自分の夢は新聞記者でした。

 みなさんは高校進学の際、どのように志望校を決められましたか? 私は特段「この高校に行きたい!」という学校はなかったのですが、「新聞記者になりたい!」という夢ができていたので、そこからの逆算で進学先の高校を絞っていきました。ただ新聞記者になりたいというだけでなく、高橋尚子さんを取材したいという具体的すぎる目標があったので、日本のトップアスリートを取材できる環境・チャンスが多い新聞社でなければいけません。通っていた学習塾では定期的に進路相談があり、先生に相談したところ、いわゆる全国紙の大手新聞社に就職するならば、早稲田大学や慶応大学レベルを卒業するに越したことはないという話になりました。
 では、早慶を狙えるレベルの高校はどこかという話になります。自宅から通える範囲の学校になりますので、京都の中で考えました。今では洛南高校が共学になったり、堀川高校や嵯峨野高校、西京高校などの公立校でも特別科を設置する学校が増えましたが、当時はまだまだ男子校が多かったり、公立校は普通科しかないことも多く選択肢は限られていました。まぁ、今思えばどこの高校に入っても最終的には自分次第ということなのですが(その後進学先で痛い目をみます・・・)、当時はある程度の高校に入ればなんとかなるものだと思っていました。
 その中で浮上したのが、結局進学することになる京都女子高校です。幼稚園から大学まである学園で、小学校の同級生も中学受験で進学している学校でした。そこのⅡ類(進学コース)に入れば、大学も早慶レベルに入れるのでは・・・そんな甘い考えで京都女子高校を目指すことにしました。運よく、中学校の成績の評定平均が推薦をもらえるレベルだったので、推薦入試を受けることに。と言っても、一般受験の生徒と同じ科目を受けなければならなかったため、普通に受験勉強をしました。

 なんとか合格したものの、良かったのはここまで。いざ入学してみると、とんでもないレベルのクラスメイトたちでした。1年生の時は外部進学者のみで構成されるクラスで、平日は7限、土曜日も4限まで授業があり、内部進学者が先取りしているところまで追いつく必要がありました。それに加え、私は中学のソフトボール部の先輩が1つ上にいたこともあり、ソフトボール部にも入部(もうお腹いっぱいのはずだったのに!)。授業後遅れて練習に参加し、日曜日も部活動に出向いていました。ちなみにクラスの中で運動部に所属していたのは私を含めて3人だけ。もちろん成績もこの3人がワースト3でした。もともとギリギリで京都女子高校に入学した私が放課後部活動をし、その時間も塾に通って勉強している友達に追いつけるはずもありません。
 特にひどかったのが、古典の成績です。白い顎髭を生やした仙人のような先生だったのですが、瞑っているように見える細い目で、鋭く私たちを観察してきます。授業中寝るなんて言語道断。誰かが少しあくびをしようものなら、口が少し開いたタイミングですかさず「立ちなさい」。みんなであくびを止める方法や、隠す方法を必死に考えましたが、生理現象には勝てませんでした(笑)。一度、学年で成績トップの友人が大きなあくびをしたことがあり、立たされました。「なぜ、あくびをしたのですか?」という仙人の問いに「脳に酸素を送りました」と答えた彼女には思わず拍手をしたくなりました。あくびと戦いすぎたのか? 授業の内容はまったく覚えておらず、古典のテストでは6点をとったことがあります(100点満点)。30点台なんて当たり前で、通知表の成績も5段階評価の2をとりましたね。せめて源氏物語は理解せねばと図書室で『あさきゆめみし』(源氏物語を漫画化したもの)を借りましたが、それでも読み切ることはなく、理解しないままでした。
 また、困ったことに古典だけでなく現代文の成績も芳しくなく、新聞記者を夢見ていた私にとっては、絶望的な成績でした。自分の中でも文系科目よりも理系科目の方が面白いと感じているところがあり、それが顕著に成績に表れていたのだと思います。そうなると、周りに流されやすく、単純な私は新たな夢ができ始めるのです。
 新聞記者は? 高橋尚子さんはどこへ行った? 高校3年間で二転三転する夢。しかし、今につながる大きな出来事のおかげで、結局たどり着いたのは?! 次回は、私の夢の変遷をたどります。

市川 いずみ

市川 いずみ
(いちかわ・いずみ)

京都府出身。職業は、アナウンサー/ライター/ピラティストレーナー/研究者/広報(どれも本業)。2010年に山口朝日放送に入社し、アナウンサーとして5年間、野球実況やJリーグ取材などを務めた後、フリーアナウンサーに転身。現在は株式会社オフィスキイワード所属。ピラティストレーナーとして、プロ野球選手や大学・高校野球部の指導も行う。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了(スポーツ医学専攻)。スポーツ紙やウェブにて野球コラムを執筆中。アスリートのセカンドキャリア支援事業で広報も担い、多方面からアスリートをサポートしている。阪神タイガースをこよなく愛す。

Twitter:@ichy_izumiru

Instagram:@izumichikawa

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