35歳大学院生

第11回

"赤ちょうちん" が結んだご縁

2024.09.19更新

 残暑ではなく、まだまだ真夏ではないかと思う暑さも、ほんの少し和らいだように思います。この9月は私にとって特別な月。そう、14年前の9月に私はアナウンサーとして、社会人生活をスタートさせることが決まったのです。今回は、"赤ちょうちん"が結んでくれた、山口朝日放送とのご縁についてです。

 前回はピンクのリュックでインパクトを残した就職試験の序盤のお話をしましたが、いよいよ運命の赤ちょうちんの登場です。カメラテストの前夜に赤ちょうちんの焼き鳥屋さんでエールを受けた私は、いい緊張感とワクワク感で山口朝日放送へ向かいました。カメラテストの前にまずは筆記試験。いわゆる一般常識問題で、SPIなどの対策をしていたり、日常的に新聞を読むなどしたりしてニュースに触れていれば、それなりに解ける問題だったと思います。しかし、私は全くペンが進みませんでした(笑)。就職試験全般を通して、勝手に(!)筆記試験はあまり重要視しておらず、「誰だよ!」と突っ込みたくなるくらい、よほどでない限り落とされないという自信がありました(笑)。ちんぷんかんぷんな筆記テストを終えて、一度お昼休憩がありました。10人ほどがこの日の試験に臨んでいたのですが、私以外は全員、テレビ朝日のアナウンススクールに通っていた経験があり、すでにコミュニティができていました。独りぼっちでお昼を過ごすことになるかと思ったのですが、誰かが声をかけてくれて、会社の目の前のファミリーレストランに行くことになりました。どのような会話をしたかは覚えていませんが、真っ白のスーツを身にまとったショートカットの女の子が会話を回してくれていて、「さすがだなぁ」と圧倒された記憶があります。

 お腹も満たされ、いよいよ、カメラテストです。内容は2つ。①ニュース原稿を読む、②出されたテーマに沿って、1分間でフリートーク。スタジオの前に座っていた案内役の社員は圧倒的なオーラを放っていて、事前にホームページで拝見していた女性アナウンサーだとすぐにわかりました。「こんな人と同じところに立とうとしているなんておこがましいかも・・・」と直前に自信を失いつつ、スタジオに入りました。

 スタジオの中はキーンと冷えていて、入った場所は薄暗く、決して広いとは思いませんでした。しかし、「ここで原稿を読んでください」と案内されたテーブル席に着くと、幾方向からも照明が当たり、とってもまぶしい! そしてなんといっても「カメラちかっ!!」と思わず声が出そうになるほどの距離にカメラがあるのです。自分の心臓の音がマイクに拾われているのではないかと思うほど、心臓はバクバクです。初見ではなく、下読み(事前に原稿に目を通し、練習する)の時間は設けられていたと思います。数字が出てくる原稿ということだけ覚えていますが、とにかく関西弁が出ないように気を付けて読みました。

 そして、いよいよフリートークです。原稿は座って読みましたが、フリートークは立っての実施。足が震えて、余計に緊張したことを覚えています。テーマはその場で伝えられ、「 "スタート" をテーマに1分間話してください」と指示がありました。すぐに思いついたのは「アナウンサーとして山口県で社会人生活をスタートさせたい」ということ。それを "赤ちょうちん" の焼き鳥屋さんの出会いを交えながら話しました。一言一句は覚えていませんが、「私は昨日生まれて初めて山口県に来ました。初めての土地ですごく不安だったけれど、立ち寄った焼き鳥屋さんで店主と常連客がとても親切に接してくれました。山口朝日放送のアナウンサー試験を受けに来たことを伝えると、『合格祝いはフグを用意しとるけーね』と、応援してくれました。山口にはすごく温かい人たちがいるんだな、この土地でアナウンサーとして社会人生活をスタートさせたいです」。ざっと、このような内容を話しました。

 無事に(?)カメラテストを終えても、この日の試験はまだ終わりません。最後に報道部長と報道局長との面接が残っています。部屋に通されると、スポーツ以外には興味がないのか、今気になっている時事ニュースは? などの質問がありました。この頃は本当にスポーツにしか興味がなかったので、スポーツ以外に興味があるのはオリンピックのドーピング問題と答えました。思い切りスポーツですね(笑)。これはダメだと思われたのか、あまり深く突っ込まれず、話題はカメラテストの内容に。
 と言っても、質問は一つだけでした。それまでは頷いていただけだった報道局長から「焼き鳥屋さんの名前は?」と。私はすぐに「金太郎です」と答えると、局長は表情をあまり変えずに「ありがとうございます」と言って、面接は終わりました。「なんだったのだろう?」。私の頭の中には、クエスチョンマークが残りました。

 筆記テストもできなかったし、カメラテストは緊張しすぎたし、面接はスポーツのことしか話せなかったし・・・。良い経験ができたなくらいに思っていたのですが、最終面接の案内が来ました。残っていたのは3人と聞きました。社長を含めた役員がずらりと並ぶ前に一人座らされ、面接がスタート。ここまでの面接については書いてきた通り、詳細を記憶しているのですが、最終面接は質疑応答を実は一つも覚えていません。理由はわかっています。入室したと同時に、片腕を三角巾で吊るした役員が目に飛び込んできたのです。そのインパクトが強すぎて、内容は飛びました(笑)。怪我の理由が気になったまま山口を後にし、内定通知の電話が鳴ったのは翌日のお昼ごろでした。

 それから約1か月後に内定式がありました。そこで、私の採用試験での衝撃の事実が四つ判明したのです。一つは筆記試験の点数は最下位だったこと。二つ目はカメラテストのフリートークのテーマ "スタート" は、もっと違う内容を求めていたということ(これは人事の方に言われたのですが、未だに正解はどのような内容だったのかわかりません・・・)。三つ目は、最終面接に残っていた3人のうち、最も田舎臭かったから採用したということ(私以外は華やかでした。この時ほど地味であることに感謝したことはありません)。そして、四つ目。なんと、"赤ちょうちん" の焼き鳥屋さんは、報道局長の行きつけだったこと!! これは報道局長が自ら明かしてくれました。「金太郎は俺の行きつけなんだよ! よくあんな店に一人で入ったね! 副調整室で聞きながら、一気に親近感がわいたよ」。まさか、こんなことがあるなんて! 引き返さずに、勇気を出して入ってよかった! 行動するとどんなご縁があるかわからないものですね。様々な要素が、山口朝日放送と結んでくれました。
 そんなこんなでアナウンサーとしての内定をゲット! あとは入社まで、学生ライフを楽しむだけ・・・ではありませんでした。入社前の2月に、アナウンス研修があったのですが、もうこれがソフトボール部時代を超えそうなほどの体育会系研修だったんです。次回は、思い出したくもない地獄の研修について、お付き合いください。

 ちなみに! 三角巾の役員は、「自転車で転倒して骨折していたんだよ~! 面接どころじゃなかったよ!」と。面接どころじゃなかったのはこちらです! とは言えませんでした。

市川 いずみ

市川 いずみ
(いちかわ・いずみ)

京都府出身。職業は、アナウンサー/ライター/ピラティストレーナー/研究者/広報(どれも本業)。2010年に山口朝日放送に入社し、アナウンサーとして5年間、野球実況やJリーグ取材などを務めた後、フリーアナウンサーに転身。現在は株式会社オフィスキイワード所属。ピラティストレーナーとして、プロ野球選手や大学・高校野球部の指導も行う。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了(スポーツ医学専攻)。スポーツ紙やウェブにて野球コラムを執筆中。アスリートのセカンドキャリア支援事業で広報も担い、多方面からアスリートをサポートしている。阪神タイガースをこよなく愛す。

Twitter:@ichy_izumiru

Instagram:@izumichikawa

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 『建築と利他』発刊しました!

    『建築と利他』発刊しました!

    ミシマガ編集部

    昨日5月15日(木)、『建築と利他』が全国のリアル書店にて先行発売となりました! 建築家の堀部安嗣さんと、政治学者の中島岳志さんの対談をベースに、大幅な書き下ろしと、堀部さんによるスケッチが加わった、美しい佇まいの一冊になりました。装丁デザインは鈴木千佳子さんです。

  • 「まともであることには価値がある――トランプ氏の言動に振り回されないために」小山哲さんインタビュー(前編)

    「まともであることには価値がある――トランプ氏の言動に振り回されないために」小山哲さんインタビュー(前編)

    ミシマガ編集部

    アメリカ大統領にトランプ氏が就任して以来、ウクライナとロシアの「停戦交渉」をめぐる報道が続いています。トランプ氏とゼレンスキー氏の口論、軍事支援の停止・・・大国の動向にざわつく今、本当に目を向けるべきはなんなのか?

  • 羅針盤の10の象限。(前編)

    羅針盤の10の象限。(前編)

    上田 誠

    自分のことを語るよりは、やった仕事を記録していく航海日誌であろう。そのほうが具体的で面白いだろうし、どうせその中に自分語りも出てくるだろう。 そんな風に考えてこの連載を進めようとしているけど、やはり散らかって見えるなあ、とも思う。

  • 松村圭一郎さん推薦文「答えを出すのではなく、踏みとどまるために」

    松村圭一郎さん推薦文「答えを出すのではなく、踏みとどまるために」

    ミシマガ編集部

    2024年12月に刊行された、後藤正文さんと藤原辰史さんの共著『青い星、此処で僕らは何をしようか』。本書を読んだ、人類学者の松村圭一郎さんから、推薦コメントをいただきました。『うしろめたさの人類学』や『くらしのアナキズム』の著者であり、後藤さん・藤原さんと同世代である松村さんは、どんなことを思われたのでしょうか?

この記事のバックナンバー

06月18日
第20回 選手が怪我をしないためには? 市川 いずみ
05月19日
第19回 自分の取材スタイルを貫くには 市川 いずみ
04月18日
第18回 やっぱりプロ野球の仕事がしたい 市川 いずみ
03月21日
第17回 「人」を伝える実況をしよう 市川 いずみ
02月18日
第16回 実況はすべてのスキルが詰まっている 市川 いずみ
01月24日
第15回 2年目のクビ宣告 市川 いずみ
12月19日
第14回 新人アナウンサー、カメラを回す 市川 いずみ
11月18日
第13回 無声化ができない! 市川 いずみ
10月17日
第12回 「伝える」仕事の新人研修 市川 いずみ
09月19日
第11回 "赤ちょうちん" が結んだご縁 市川 いずみ
08月19日
第10回 いざ、アナウンサーの就職活動 市川 いずみ
07月22日
第9回 初めての聖地・甲子園 市川 いずみ
06月14日
第8回 弁護士を目指して大学へ・・・? 市川 いずみ
03月11日
第7回 新聞記者の夢、絶望的な成績 市川 いずみ
02月12日
第6回 "負けてたまるかド根性" 市川 いずみ
01月15日
第5回 ソフトボール部で大食いに 市川 いずみ
12月14日
第4回 祖父母の田んぼの食育 市川 いずみ
11月09日
第3回 ド真面目ゆえの大事件 市川 いずみ
10月12日
第2回 ド真面目の、スポーツ大好き活発少女 市川 いずみ
09月27日
第1回 スラッシュキャリア、どれも本業 市川 いずみ
ページトップへ