僕の老い方研究僕の老い方研究

第6回

彼の日常

2023.10.06更新

 「大変でしたね」。

 Y君は、ねぎらいながら出迎えてくれた。

 (この人が、かのY君か)

 マスクによって隠されているので、顔の全体は分からないけれど、どこか晴々とした目をしていた。「はじめまして」と声を掛けると、Y君も背中をピーンと伸ばして「はじめまして」と応える。

 「マスクしたほうがいいですよね」と尋ねる僕に「私自身はマスクをする必要はないのですが、村瀨さんはお母さんの介護をされているから、もし、感染したらいけないと思って」とY君は言う。

 Y君の従妹にあたるK子から、僕の生活を聞かされていたらしい。とはいえ初めて会う人に、そのような気遣いができるものだろうかと感心させられた。あくまで僕は運転手としての付き添い人的な立場で登場しており、メインのゲストはK子だった。

 僕ならば人見知りが仇となり、会釈が精一杯だっただろう。

 僕もK子からY君のことを、少しばかり聞いていた。Y君は学校を卒業したのち、一度も就労したことはない。20年以上、お母さんとふたりきりで暮らしてきた。K子は就労していないY君のことを心配していた。

 Y君は世間でいう引きこもりである。厚生労働省の引きこもりの定義に照らしてみるとしっかり該当する。定義とは以下の通りである。就学、就労、家庭外での交友を回避し、原則6か月以上、家庭に留まり続けている状態。

 Y君はK子と僕を部屋へと案内してくれた。病院から退院したばかりのお母さんも、わざわざ玄関を出て迎えて下さった。

 居間のテーブルには茶菓子と急須、そして湯呑が置いてあった。座布団がふたつ並んでいる。到着が予定よりも遅れた僕たちを待ちかねているようにみえた。

 6畳一間の片隅には小さな仏壇が構えていた。仏壇そのものはなく、二段構えの台に布が掛けられている。最上段に御位牌と過去帳があり、下の段には香炉を挟むように小さな火立が置かれている。その両側にはおりんと線香さし、マッチのカス入れが配置されている。とても質素な仏具で成り立っていた。

 そこにある空気感をどのように表現すればよいだろうか。ひとつ、ひとつの仏具が堂々としている。とりわけマッチのカス入れは群を抜いていた。うぐいす色の陶器でできていて、マッチの燃え殻を入れる小さい穴の周囲はうっすらと茶色に焼けている。

 ず~っと、この場所で燃え殻を受けとめてきたのだろう。毎朝、正座をして線香をあげるお母さんとY君の姿が見に浮かんだ。親子の営みを受けとめて、ただ、ただ、役割を果たし続けたものだけが持ちうる佇まいがあった。

 部屋を見回すと、すべてのものに居場所があって、それぞれの役割を果たしている。クリーニング屋でもらう針金ハンガーに掛けられた手拭き。SEIKOの赤い目覚まし時計。玄関と台所が一緒になったキッチンの端っこに置かれた自転車。どれをみても、Y君とお母さんの暮らしぶりを伝えてくれる。部屋はとてもこざっぱりしていて、来客に備えて慌てて掃除したのではないことは、言わずもがなだ。

 部屋に置かれたものたちが、こんなにも凛として見えたのは初めてかもしれない。それくらい、あの家の佇まいは印象深かった。

 不思議だったのは、Y君の人柄や趣味を感じさせるものが、ひとつもなかったことだ。就労をしない彼は、この部屋でどのように過ごしているのだろうか。携帯はガラ系だし、パソコンもない。テレビにかじりついているような気配もない。働かない時間をぞんぶんに生かして、趣味に没頭することだってできたはずなのに、何もない。

 そのせいなのか、どの家庭にも当たり前にある生活用品たちが余計に目立っていて、それらが丁寧に使われ続けていることが伝わってくる。この家にあるすべてのものが、本来の目的を全うしているので、生き生きしているように見えるのかもしれない。

 僕であれば、いたるところに雑誌が積まれ、嗜好丸出しのもので空間が溢れるだろう。頼まなくても送られてくるネットの情報に飲まれてしまい、ズルズルと時を失うに違いない。なかば強制的な労働時間が中心にあることで、僕は規則性のある生活をかろうじて送っている。

 Y君は、そのような強いられた時間がいっさいないにも関わらず、どうしたら、あのように整った暮らしぶりでいられるのだろうか。

 Y君は生活をしているのだ。朝起きたら顔を洗い、仏様のお世話をする。朝ご飯をこしらえて、お母さんと一緒に食べる。少し落ち着いたら、お茶を飲む。午前中のうちに洗濯物を干し終えて、乾いたらすぐに取り込む。きれいにたたんで箪笥にしまう。部屋の掃除も欠かさないように行う。

 息をつく暇もなく昼ごはんの用意が待っている。昼食を終えると、歩いて買い物に出かける。自転車は遠出にしか使わない。時には沖縄展に出かけて、トウモロコシを買いに行ったりする。

 買い出しを終えて、ほんのひと休憩したと思ったら夕食の準備である。母と子、ふたりの食卓はどんなものだろうか。入浴後は、夜更かしもしないで床につくのではなかろうか。

 僕は、Y君とK子の雑談から漏れ出る「彼の日常」を聞きながら妄想に耽る。

 Y君は、ちゃんと生活をしている。そして、その生活から支えられている。今どきの世の中は、ややもすると生活よりも労働に価値が置かれてしまうが、それはお門違いと言うものだ。生活というただの「する」を淡々と繰り返し繰り返すことは、意味ある労働を行うよりも難しい。そして、それは、とても尊いことに思える。

 Y君は引きこもりではない。お坊さんだと思う。寺も持たず、出家もせず、坊主を名乗らぬ坊主である。いま、ここ、を生きる坊さんだ。

村瀨 孝生

村瀨 孝生
(むらせ・たかお)

1964年、福岡県飯塚市出身。東北福祉大学を卒業後、特別養護老人ホームに生活指導員として勤務。1996年から「第2宅老所よりあい」所長を務める。現在、「宅老所よりあい」代表。著書に 『ぼけと利他』 (伊藤亜紗との共著、ミシマ社)『ぼけてもいいよ』『看取りケアの作法』『おばあちゃんが、ぼけた。』『シンクロと自由』など多数。

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