第14回
ギターはどこへいった?
2026.11.03更新
客席を陣取るのは、私とほぼ同世代か少し上の女性たち。タータンチェック柄のシャツやスカート、ストールなどを身に付けているのは、スコットランド出身の推しのトレードマークだから。1970年代に一世を風靡したロックバンドのドキュメンタリー映画、「ベイ・シティ・ローラーズ ウッディ・ウッドが語る真実」の上映会場だ。
彼女たちのお目当ては映画だけでなく、終了後、リモートで登場するウッディ本人へのインタビューだろう。今日は怖いもの見たさでやって来たけれど、私生活では孫がいてもおかしくない女性たちの今も変わらぬ熱量を感じて、やっぱり怖くなってきた。
ビートルズ解散後まもない頃にデビューしたベイ・シティ・ローラーズは、あっという間に人気スターとなり、世界中で3億枚近いレコードを売り上げた。初来日は1976年。私が彼らに熱中したのもその頃だ。日本のアイドルには見向きもせず、エジンバラに行ってパット・マッグリン(サイド・ギター)と結婚するとかなんとかかんとか、まあ、ここに書くのもかなりお恥ずかしい思春期だったわけです。
映画は、電気技師見習いだったギター好きのウッディが17歳でベイ・シティ・ローラーズに加入し、ホテルから一歩も出られないほどファンに追いかけまわされた絶頂期の戸惑いと、大人になるにつれ明らかになった契約問題や印税トラブルのこと、一度脱退してからイギリスを離れ、プロデューサーとして再起するまでの日々を本人のインタビューを交えながら描いている。
ベーシストの脱退でギターをベースに持ち替えたウッディは、メンバーの中でもおとなしく控え目な印象があったが、あれから半世紀近く経った今もほとんど変わらない誠実な人柄が感じられ、バンド名の商標問題をクリアして、彼だけがベイ・シティ・ローラーズのオリジナルメンバーとして活動を再開できたという後日談も納得できた。
映画といっても、もとはウッディのためにウッディの会社が制作したDVDなので、ほかのメンバーのその後はほとんど描かれておらず、ドキュメンタリーとしては物足りなかったが、終了後のリモートインタビューに登場したウッディの話を聞いていて気になったことがあった。
この日インタビュアーを務めたのは、半世紀前の来日時と同じ、ラジオパーソナリティの山本さゆりさん。「ギターは見つかったの?」という山本さんの質問に、ウッディはこう答えた。
「それを話すと長くなる。人生にはそういうこともあるよ」
え、なんだって? ギターを失くした?
話題はそのまま次に移ってしまったが、ウッディのギターのことが気になった私は、帰宅後イギリスのニュース・サイトで経緯を調べてみた。事件が発生したのは2026年6月。ベイ・シティ・ローラーズがウエストヨークシャー州シップリーに立ち寄っていたときで、機材の運搬に使っていたバンが車上荒らしに遭って楽器と機材一式が持ち去られたのだという。ホテルの駐車場に停車中の出来事だった。ウッディが半世紀前から使っていた、黄色地のタータンチェック柄のギターも盗まれた。ファンなら誰でも知っている柄だ。
じつは彼らが盗難に遭ったのはこれが初めてではない。2年前にもバーミンガム近郊でバンが盗難に遭った。その時はウッディだけはギターを自分の手元に置いて移動していたため難を逃れたそうだ。しかし今回はそうはいかなかった。
事件が起きたシップリーを管轄する地元紙テレグラフ&アーガス6月12日版に、ウッディのコメントが掲載されている。
「50年以上もの間、世界中を旅しながらたくさんの思い出を詰め込んだギターを盗まれてしまったのは、本当にショックだ」
ミュージシャンは楽器や機材と一緒に移動する。遠征する場合、現地で機材を調達するプロは多いが、こだわりの楽器なら持っていく。ただ必ずしも自分で自分の楽器を運ぶわけではない。忙しいバンドならなおのこと、運搬やセッティングはそれぞれ担当する専任のスタッフがいる。それでもツアー中、車上荒らしに遭うとか、ライブ終了後に入れ替わり立ち代わり多くの人間が出入りする最中に消えてしまうこともある。
ただ彼らの楽器や機材はタータンチェックがあしらわれたものだから、転売が目的ならすぐに発覚するだろう。盗んだ方は途方に暮れているのではないか。それとも闇ルートに流れたのか。
活動するための相棒を失ったら再び軌道に乗せるまでには時間もお金もかかる。メンバーにとっては二度目なのだからどれほど悲しいことか。ウッディは「もう戻らないかもしれないが、良心をもって一部だけでも返してくれれば」と訴えていた。
最近では、ポール・マッカートニーの初代のベースが半世紀ぶりに発見されたと報じられたが、ミュージシャンなら経験した人は多いのではないか。ざっとネットで検索したところ、いるわいるわ、有名無名に関係なく、ギターを失くして悲しむ声がネット中にあふれていた。
何を隠そう、私もギターを失くしている。ベイ・シティ・ローラーズを離れて、バンドでハードロックを演奏し始めた高校時代に買ったエレキだ。前にも紹介したけれど、当時はギブソンやフェンダーのコピー商品があふれており、私がお年玉で買ったのもギブソンのSGというエレキのコピーだった。クワガタムシのハサミのようなボディのデザインが特徴的で、色は基本カラーのチェリーレッド。腕は未熟だったが、いいギターだったと思う。
失くしたことに気づいたのは、情けないことに最近だ。神戸の実家のマンションの地下にある倉庫にソフトケースに入れて保管していたのだが、母を東京に呼び寄せて無人となった実家を売るために整理していたとき、エレキがないことに気づいた。
何十年も前に独立した娘のモノなど、親が捨てていても不思議ではない。だが私に黙って捨てるだろうか。それに、捨てられたわけではないことを明確に否定できる物証がある。
そのエレキの代わりに、ほかのエレキがあったのだ。立派なハードケース入りで、蓋を開けてみて仰天した。ま、まさか、フェンダーのストラトキャスターではないか!
ジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトン、ジェフ・ベックら、名だたるギタリストに支持されてきた歴史的なエレキだ。ケースの内側はオレンジ色のボアで覆われ、本体は古いけれど傷は目立たない。
どういうことー?
まもなく家財の整理業者が来るためあわててスマホで撮影しておいたが、あいにくこのたびのギター熱が再燃する前のことだったので、東京に持ち帰るのではなく、いくらで売れるかを考えていた。
絵や壺、本、博多人形、こけしからソファーやタンスまで、あらゆる物品を運び出して最終的に査定額を確認したところ、大半に値はつかず、唯一ついたのは、なんと、モーリスのアコースティックギターだった。数千円だが。
あれれ、フェンダーはどうなったのかなあと確認してみると、そもそも査定されていない。
「あ、これはコピーですね。ブランドロゴもシリアルナンバーもないですし、そもそも本物のヘッドにトラスレッドカバーはありませんよ。70年代にコピーが大量に出回った時のものだと思いますね」
げ、またもやコピーだったか。やられたーっ。
しかしなぜこんなものがあるのか。念のため、音楽とはまったく無縁の弟にメールで確認したところ、わからんとの返事。おそらく事情を知っているだろう父親はすでに亡くなり、母は30年近く認知症を患っている。
コピーが消えて、別のコピーがやって来たってか。なぜだ、いや、そもそも私のエレキはどうなったんだ。誰かがコピー同士で交換した?
そんなに大切なら東京に運んでおけばよかったじゃないかと、今さら悔やんでもどうしようもない。
人生にはそういうこともあるよって、ウッディなら笑うだろうけど、いやいや、ないでしょ、こんなこと!




