一晩でなんとかなりすぎる

第3回

「シークレットモードを続行しますか?」

2024.06.21更新

 先日、友人と二人で街コンに参加した。社会勉強および自己研鑽のきっかけを得たいという単純な動機によるものである。
 会場は専用の店舗内で、とりたてていかがわしい雰囲気などはなく、むしろ、小綺麗なレストランのような、落ち着いた素敵な場所だった。正直、もっと露骨にデンジャラスな現場でとんでもない目に遭う危険性なども想定していたので、拍子抜けした。
 席に着くと、プロフィールシートのようなものが配布された。「会が始まるまでに記入してください」との指示を受け、項目を確認すると、ニックネーム・職業・趣味などの基本的なことに加えて、「初デートで行きたい場所」や「理想の連絡頻度」、「将来的に動物を飼いたいかどうか」など、やはり出会いの場ならではの、そこはかとなく猥雑な気概のようなものを感じる質問もいくつかあり、面白かった。
 その中に一つ、ものすごく悩ましい問いがあり、はたとペンが止まってしまった。「性格」を回答する欄である。
 自分の「性格」? これほど難しい問題に対し、ほんのわずかな時間で正答を導き出して、この小さすぎる枠内に書き込めというのか......? 無茶である。
 瞬時に思い浮かんだ素直な答えは、「暗い」「ネガティブ」「陰キャ」などいくつかあるのだが、おしなべてイメージが悪すぎる。そもそもコンパの自己紹介というシーンにおいて、わざわざ自分の印象をマイナスに見せるというのはいくらなんでも不適切。さすがにそのくらいはわかる。
 かといって、しかしポジティブな答え方は何一つとしてひらめかない。強いて挙げれば「ケチ」あるいは「倹約家」というのは自分がかろうじて持っている美点と言えるかもしれないが、それだって、ただ単に金を持っていないから使えないというだけのことである。もし仮に私が大金持ちで、万札で尻を拭くような生活をしていたら、決して今のように、数粒の塩を大事に舐めながら晩酌をしたりはしないだろうし、リップクリームやスティックのりを最後の一ミリグラムまで爪楊枝でかき出して使うようなこともしなくなるだろう。そのように外付けの条件次第で変容する性質を、はたして本当に「自分の性格」と言えるだろうか?
 だが、そこで正確さにこだわって、愚直に「性格:倹約家(※単に貧乏なため)」などと記入するのもあきらかにおかしい。そんな奇怪な女のプロフィールを差し出される側が気の毒すぎる。
 結局、適当な案が思い浮かばなかったので、「暗め」と書いた。冷静に省みれば、普通に悪印象だったに違いない。
 ちなみにほかの参加者たちの回答は、「真面目」とか「慎重」というものが多かった。「優しい(とよく言われます)」のような書き方をしている人もいた。なるほど、そういった慎ましく控えめに美徳を表せる言葉を選べば、傲慢さや自信過剰っぽい雰囲気をうまく回避しつつ、自分の良い部分をやんわりアピールできるのだなと、大変勉強になった。
 しかし、そもそも、正直に「暗い」と書くことは、いったいなぜいけないのだろうか?
 一般的に、人の性格は、暗いより明るい方が、悲観的より楽観的な方が、陰鬱より快活な方が好ましいとされており、その価値観は自分自身においても芯に染み込むように内面化されている。だからこそ私は、他人に己のことを説明するとき、「暗いんです、ごめんなさい」と、なぜか必ず謝罪を添えている。だがよく考えれば、なにが「ごめんなさい」なのか? 誰に対し、どうして謝る必要があるのか。
 唐突に理不尽を感じ、ほとんど憤りにも似た感情がふいに噴出して、街コンから帰る電車の中で、けっこう真剣にあれこれ考えた。
 しかし、思考はとりとめもなくふわふわ漂っては一向にまとまらず、結局、どこへも行きつかない。なんか全部面倒くさいな、と思って、その晩はマクドナルドの油っぽいものをたくさん食べようと決め、スマホを開いた。
 今ってどんなハンバーガーがあるんだろう、と思いながらGoogleの検索欄にカーソルを合わせ、「マクドナルド メニュー」と入力しようとして、直前にふと、「シークレットモード」をオンにする。こうしておけば、検索履歴が残らないので、安心してなんでも調べることができる。
 さんざん迷った挙句にようやく食べたいものを決めて、一度携帯を閉じ、しばらくたってから、やっぱりケンタッキーにしようかなぁ......と思い直し、再びGoogleを起動した。
 すると、画面には「シークレットモードを続行しますか?」というメッセージが表示される。特になにも考えず、癖で「続行」のボタンを押してから、いや待て、いったいどうして、たかだか夕飯のメニューについて調べるためだけに、シークレットモードで閲覧しているんだっけ? とあらたまって自問する。
 無論、後ろめたいからである。
「これから食べるもの」を、堂々と検討するのが、毎日どうにもきまり悪い。
 仕事で失敗して注意されたことがあるくせに、友だちに失言をしてしまったことがあるくせに、大事なメールを何日も返さないくせに、締め切り直前で一文字も書けていないくせに、そのくせに「のんきにマクドナルドを食べようとして、メニューを調べている自分」の存在が、なんだか卑しくてだめだと思う。
 だから、端末に履歴が残らないように、いつもシークレットモード下でこそこそ検索している。暗くて誰もいない場所なら安全。
 そういうだるいことを言うと、周りを困らせるから、「暗い」性格は敬遠されるのであろう。
 実際、この連載を読んでくれた人から、「卑屈なことや自虐ばかり書いていたら、読むほうも疲れるんじゃないか」という感想を述べられた。その通りだと思う。ネガティブは受け取る人を疲弊させる。わかっているから、実生活ではそういう話をしないように心がけるが、その代わりに文章を書いている。
 シークレットモードをオンにしたのは、自分自身のようでいて、実は私ではないと思われる。いつも気付いたらそうなっているから。闇の起源はどれだけ考えてもわからない。きっと自然に発生したのだ。要するに、ここははじめから暗かった。別に私のせいではない。
 しかし、たしかに自分のものではある。個人として、きっとずっと内包し続けることになる暗がり。日常。でも豊かで、充実している。シークレットモードの中で進みゆく毎日も、それなりに満ち足りているから、外野にとやかく言われる筋合いはない。
 私は、私の暗闇をほどくために、文章を書きたいといつも思っている。それすら誰かの負担になるからやめなさいと言われたら、もう金輪際、書く意味なんかなくなるだろう。
 光がささなくても、それでも自分はどこにいるのか、あたりには何があるのか、知りたい。そのためにほどき続ける。丁寧に慎重に、ここで黙々と。
 そして、私はそれをするのがけっこう好きで、そういう自分を、別に変える必要などないはずだと、本心ではよく理解している。「性格が暗い」ことについて、申し訳ない、いつか直したい、なんて、実は露ほども思っていない。
 これは幻想の話だが、もし仮に「(あなたの人生の)シークレットモードを続行しますか?」という二択を迫られた場合、私は「続行」のボタンを押すのか。あるいは「終了」を選ぶのか。
 どちらを選択するのも、もちろん私の自由だから、好きにする。暗闇の居心地もまあまあ気に入っているので、「続行」を押すことにしたとしても、なんの遠慮もしないつもりでいる。

佐藤ゆき乃

佐藤ゆき乃
(さとう・ゆきの)

1998年岩手県生まれ。立命館大学文学部卒業。第3回京都文学賞一般部門最優秀賞を受賞し、2023年にデビュー作となる小説『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を上梓。小説「ながれる」で岩手・宮城・福島MIRAI文学賞2022を受賞。

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