一晩でなんとかなりすぎる

第8回

占い師の先生が頼もしすぎる

2024.11.25更新

 今に始まった話ではないが、日々、あまりにも悩みごとが多すぎる。困り果てた末にふと思い立ち、人生初の占いへ行ってみることにした。
 ちょうど自分と同じくらい路頭に迷っている友人がいたので、一緒にあれこれ調べて、新宿にある占いの館的なところを予約した。
 30分間の鑑定で、料金は5000円ほど。給料日前の貧乏人にはなかなかきつい額であったが、だからこそ、「絶対に、すべての答えを聞いてきてやる」と並々ならぬ情熱をたぎらせ、気合十分に事前準備を行った。限られた時間をなるべく無駄にしないよう、相談したい悩みの内容を整理し、優先順位をつけておく。
 また、指名した占い師の先生は、西洋占星術とかなんとかの使い手で、「運命を占いたい当人の生年月日、出生場所、出生時刻」などのデータが必要らしく、それも事前に調べておいた。友人にいたっては、先日別れた元交際相手と現交際相手、どちらとより相性がいいのか切に知りたいとのことで、その両方に出生時刻を尋ねるという徹底ぶりだった(振られたばかりの元彼が、健気にもすぐさま返信をよこし、「急だね」と戸惑いつつも、詳細な出生時刻を送ってくれるさまは、なんだかものがなしく感じられた)。
 いよいよ迎えた予約当日、仕事を終えたその足で新宿へ向かい、友人と合流して、いざ占いの館へ。
 お店はシンプルなビルの中に入っていて、想像したようなまがまがしい雰囲気などは特になく、まるで小綺麗なクリニックのようだった。
 受付でカルテのようなものを受け取り、記入。名前や電話番号の欄が設けられた書式は、病院や美容院でも渡されるそれと似通っていたのだが、「相性を占いたいお相手の情報」を書き入れる項目があって、おっ、これはいかにも占いらしいなとテンションが上がった。
 その後、しばしフロントで順番を待つ。
 やがて名前を呼ばれたので、友人とともに、先生の待つブースへ入室した。互いの占い結果も聞きたかった都合上、今回は二人一緒に占ってもらえるコースを予約してあった。
 事前のじゃんけんで決めておいたとおり、友人が先、私が後という順番で、各30分ずつ占ってもらう。高額な料金を支払っているのだからと、友人の番には私が、私の番には友人が、さながら国会の速記者のように、先生のお言葉を一言も聞き漏らすまいと血眼でメモを取りまくり、熱い友情を発揮した。
 肝心の占いの感想についてだが、結論からいうと、とにかくめちゃくちゃ的中していた。なんでもかんでもズバズバ言い当てられてしまって、終始鳥肌が立ちっぱなしだった。
 私が一番相談したかった悩みといえば、もちろん小説に関することである。
 鑑定が開始した直後、「実は、小説を書いているんですが......」と切り出したところ、「へえ。もしかして......純文学とか?」とズバリ当てられ、その時点で「そうです! どうしてわかるんですか⁉」と、完全に心を鷲掴みにされてしまった。「だと思ったよ。あなたの生年月日、出生場所、出生時刻から生成した星の分布図が、はっきりとそう告げているからね」と、いま思えば嘘か本当かわからないことを、しかし、あまりに自信満々に言い切られたので、その場ではものすごい説得力を感じてしまい、ものの一分で先生のとりこになった。
 また、「昨年のおわりに一作目を出して、やっとデビューしたばっかりなんです」と話すと、「でしょうね。あなたの2024年の運命には、出版の星が入っている」といわれた。
 そして、「小説家を志しているつもりが、今のところ、エッセイを書く機会の方が多くて......」と悩みを打ち明けたところ、「なるほど。たしかに、今年と来年の運勢を見ていると、はっきりとエッセイの星が入っているみたいだね」とのことだった。
 こうして時間をおいてから冷静に思い返してみれば、いや出版の星ってなんだよ、しかもエッセイの星まであるのかよ、他にはいったいどんな星があるというんだ、もしかして風呂嫌いの星とか、フライドチキン食べすぎの星とか、頻尿の星とかもあるんじゃないだろうな、いくらなんでも西洋占星術の世界広すぎるだろ、と、やはりなかなか疑わしい気もする。
 しかしそのときは、先生の言葉が次々にピンポイントで刺さるほど、みるみる信じる気持ちが増してしまって、すごい、この人は完全に私のことを理解してくれている、全知全能のスーパー預言者なんだ......と、面白いほど心酔してしまっていた。いっとき楽しむエンターテイメントとしては、あまりに完璧な引力のあるものだった。
 中でも印象的だったのは、「私は今後、どんな作品を書けばいいですか?」と相談したときに授かった答え。
「やりたいこととのギャップに悩むでしょうが、大衆文学にも挑戦したほうがいい。共感性が高く、お涙ちょうだいっぽい要素を入れた作品を書いてみた方が、きっと売れるよ」とのことだった。
 それはあくまでもごくスタンダードな一般論で、別にそんなことは先生に言われずともわかっている。無論、いうほど簡単なことではないから足踏みばかりを繰り返しているのだし、ひょいとそれができるなら、こんなに苦労しないのだ。
 それでも、占いという、ある種のドラマを組み立てていくような、どこか神秘的な空気を帯びた対話の中で、「まさにこの壁の前で苦戦している」とありのままを打ち明け、それを事実として肯定してもらえたことで、なにか一つの物語の中に、するんと吸収してもらえたような、大きな安心感があった。
 さらに「必死で書いても葛藤の日々が続き、もがき苦しむだろうけど、それが商業出版の世界なんだよ。つらいなら趣味でやりなさい」と、身もふたもない正論をぶつけられたのだが、これも、不思議と素直に身に染みたのである。
 普段、同じようなことを身近な人にいわれても、ただ耳が痛いと感じ、「綺麗ごとばっかりうるさいな」と反感さえも持ってしまうが、わけのわからない占い師の先生からそういわれると、「本当におっしゃるとおりだな......」と、どういうわけか、ただ深く納得させられてしまった。
 いわく、長い苦節のときを経て、やがて私の作風が完成するのは、今から8年後、2032年ごろらしい。そう聞くと遠すぎる。勘弁してほしい。できれば来年とか、無理なら再来年とかいって欲しかった。
 一方で、「8年」という数字を、頼もしい道標のようにも感じた。
 つらくて苦しい時間が、いつ終わるかわからないからこそ心が折れるのだ。でも、先生曰く、あと「8年」。もちろん鵜呑みにできるものではない、それは百も承知の上で、だけど8年後には、もしかすると、まだ見ぬ境地へたどりつけるのかもしれない。結局最後までシステムは意味不明だったが、なんだか、私の生まれ持った星の分布図がそう告げてくれているらしいのだから、信じるか、信じないか、それだけなら、まあ信じてみてもいいかも、と思う。
「諦めずに頑張り続ければ、きっと売れるよ」と、巧みに構築された文脈の中で、説得力をともなって明言してもらえた。それがすごく嬉しかった。夜の新宿で、5000円を支払って、根拠不明の希望を買ったのだ。なかなか楽しい買い物だったと思う。
 はたして占いは当たるのだろうか。とりあえず、2032年を楽しみに、それまではできるだけ頑張ってみたい。それになんだかんだといって、どうせ9年後も、変わらず苦しみながらなにかを書いているような気がする。だとしたら占いは外れたことになるのだろうが、それはそれで、そんなに悪くない未来のような気も、実はしている。

佐藤ゆき乃

佐藤ゆき乃
(さとう・ゆきの)

1998年岩手県生まれ。立命館大学文学部卒業。第3回京都文学賞一般部門最優秀賞を受賞し、2023年にデビュー作となる小説『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を上梓。小説「ながれる」で岩手・宮城・福島MIRAI文学賞2022を受賞。

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