一晩でなんとかなりすぎる

第4回

7月7日が楽しみすぎる

2024.07.23更新

 季節の行事が好きである。中でも一番楽しみなのが、七夕かもしれないと近年思う。
 七夕のいいところは、なんといっても「一人で存分に楽しめる」ところ。これは、他のイベントにはなかなかない美点と考えている。
 行事ごとというと、どうしても、一定数以上の人間が集合するのが必須となる場合が多い。たとえば盆踊りやハロウィンなどは、みんなで特別な装いをし、みんなで集まるからこそ楽しいのであって、一人で浴衣を着てやぐらのまわりを踊り歩いたり、一人で仮装して家々を訪問し、お菓子集めにいそしんだ場合、それはイベントではなく、悲しい奇行。通報待ったなしで終わってしまう。
 また、クリスマスや正月なども、単独で過ごすのはやはり辛い。世間がお祝いムード一色に染まり浮かれている中、一人ぽつねんと部屋でケーキだの雑煮だのをつつくのは、想像するだけでも実にわびしい。それならいっそ、祭事の存在そのものをフル無視して、普段通り、白米にごま塩でもかけてもそもそ食べる方がまだましに思われる。
 このように、ハッピーな趣が強いイベントほど、それを誰とも分かち合えない者の寂しさをくっきりと縁取って際立たせ、かえって孤独を強調してくるという残虐さも孕んでいるため、注意が必要である。
 その点、七夕は素晴らしい。最初から最後まで、すべて一人で楽しめる。
 やるべきことといえば、たった一つ。「お願いごとを短冊に書く」、これだけ。
 そして、願うのは自分で、叶えてくれる(かもしれない)相手は、織姫と彦星などという、実体を持たないイマジナリー世界の方々なので、見事なまでに閉ざされたコミュニケーションの中で完結する。これが最もありがたい点である。
 初夏の光あふれる町中のそこかしこに笹や短冊が出現し、「笹の葉~さ~らさら~♪」と爽やかなテーマソングも流れ、給食にはきんきんに冷えた七夕ゼリーが出るなど、季節行事としての存在感と華やかさはしっかりありながら、その実態は、あくまで個人の内心における営みのみに終始して、他者が介入してこない。陰キャの自分からすると、安全極まりないシステムで、非常に好ましい。
 しかも、七夕は「考える」という部分が肝になっているイベントなので、自分の意識次第で、かなり長く楽しむことができる。実際、私はもうすでに、2025年の七夕を始めている。
 大いなる存在によって短冊のピックアップが行われるのが7月7日、というだけであって、その当日に向けた準備はなるべく早くからしておいた方がいいに決まっている。すなわち、7月8日になったら、もう翌年の七夕に向けて動き出すのがベストといえよう。1年をかけてじっくり願いごとを考えておけば、直前に七夕飾りが出はじめたのを見てから慌てて「今年のお願いごとはどうしよう」などと悩む必要もなくなる。
 また、この1年というスパンの中で、たとえばなにか、天の力を頼るほかにないような、自力では乗り越えられない壁に行きあたってしまったときにも、都度「じゃあ、来年の七夕にお願いしよう」と、ひとことこう呟けば、いくぶん気分が楽になったりする。年がら年中七夕に向けて生きることにより、日常に、救いを一つ、増やすことができる。
 とはいえ、さすがに1年もの間、あれこれ願いごとを考えていたら、すべてを記憶するのは難しい。対策として、2年ほど前に「願い~2022年七夕対策会議室~」という名のLINEグループを作った。以降、主催者として、いきいきと運用を続けている。
 メンバーは、私と友人の2人。願いごとを思いついたら、そのたびにメモとしてそこへ投稿する。その年の七夕が終わるとすぐ、グループ名を「2023年」あるいは「2024年」と変更して、現在は「願い~2025年七夕対策会議室~」がすでに動き出している。本気で七夕を楽しみたいのだ。
 過去の願いごとを見返すと、七夕当日から遠い時期ほど「空を飛べますように」とか「天才子役になれますように」とか、「大谷翔平の妻になって、天文学的な額の財産を享受し、毎日寿司を食べたりなど、贅沢三昧できますように」とか、好き勝手にのんきなことを言っている(ちなみにすべて叶わなかった)。
 そして、いよいよ本番の日が近づくにつれて、やはり願いの内容も現実に即した真剣なものになり、より切実さが増してくる。「職場でうまくやれますように」とか「40キロ台になれますように」とか、「貯金がめちゃくちゃ増えますように」とか「すべての敵がくたばりますように」など。
 ところで、七夕の願いごとに、個数制限はあるのだろうか。なんとなく、一つに絞ったほうが謙虚っぽいし、態度的には好ましいかな? と思ってはいる。2024年のベストオブ願いごとは何にしようか迷うなー、などと思いながら、七夕の日を目前に控えた7月1日、幼なじみとディズニーシーに行った。
 夜になると、園内にしつらえられた海を舞台に「ビリーヴ!」という華やかなハーバーショーが行われるのだが、私はこれが好きすぎる。
 「願うことの大切さ」が主題となったミュージカル調のショーで、そのたった一つのメッセージを、とにかくものすごい力で訴えかけてくる。圧倒的なボリュームの音楽に包まれ、まるで昼間と錯覚するほどの光を全身で浴び、ディズニーキャラクターたちのあまりにも前向きな台詞を聞き続けていると、有無をいわさず素直な気分にさせられてしまう。憂鬱も卑屈も意味をなくしてどこかへ消え去り、ただ、子供じみた純粋さだけが体に残って、心細いくらい無垢な心持ちで、目の前のショーに心を打たれる。打ちのめされる、という言い方がより近いかもしれない。
 物語の後半で、メインのストーリーテラーであるウェンディが「諦めなければ、願いは叶う!」ときっぱり断言するシーンがある。
 なわけねーだろ、と思いながら、いつもここで泣けてしまう。叶うわけないだろ。そんな甘いわけがない、でも、それを知っているからこそ、こんなに真剣に願っているんだよなあ、とも思う。
 ピーターパンの世界では、楽しいことを考えると飛べる。そう教わったウェンディが「信じるわ。楽しいこと、楽しいこと......!」という言うたびに、滂沱の涙を流しながら「楽しいことなんか、小説しかない......」と全身で確かめる。You can fly !  You can fly !  の明るい歌詞がこれでもかというほど胸に突き刺さって、ああ小説が書きたい、それだけだ、小説、小説だけ。こんなにもシンプルだったんだ、と、毎度新鮮に気づかされる。
 今に始まったことではないが、本当に、いつもいつも逃げたい。小説をやめられたらどんなにいいだろう、とずっと思い続けている。上手に書けないのが怖い。自分はこんなに小説が好きなのに、小説には好かれていない気がして、たまらなく辛くなる。賞をとっても、本が出せても、いつまでも不安。むしろ、やればやるほど、自分の力の至らなさを突きつけられて、理想の小説はどんどん遠ざかっていくような気がする。もうこんな地獄からは抜け出したい。
 そのくらい、どうしても小説が好きだと思う。どうせ叶わないかもしれなくても、うまくいくって信じたい。だから願う。それしかないから。
 今年も結局、いつもとまったく同じ短冊を書いた。「いい小説が書けますように」と、本当の願いごとは、一つだけ。
 そして、これを叶えられるのは、どうしても自分しかいないんだよなあと、当たり前のことにあらためて気づく。それは大切なことだから、やっぱり、七夕が好きである。

佐藤ゆき乃

佐藤ゆき乃
(さとう・ゆきの)

1998年岩手県生まれ。立命館大学文学部卒業。第3回京都文学賞一般部門最優秀賞を受賞し、2023年にデビュー作となる小説『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を上梓。小説「ながれる」で岩手・宮城・福島MIRAI文学賞2022を受賞。

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