一晩でなんとかなりすぎる

第11回

サポーターになれた日

2025.02.25更新

 遥か遠い過去の話ではあるが、小学校・中学校とサッカーを習っていた。
 もとより陰気な性格で、運動神経も悪いので、いっこうに上達はしなかった。足が遅くて走れなかったし、ボールを蹴るのも下手だった。試合ではベンチを温め続け、せっせとポカリを作っては、選手に配る係に徹した。進んでゴールの片付けをし、ビブスを何枚も畳んだ。中学三年で辞めるまで、なんと一点もゴールを決めたことがない。
 正直なところ、当時、サッカーの面白さが一ミリも理解できなかった。短い競技人生の最初から最後までずっと。毎週末、ほとんど必ずどこかのグラウンドに出かけ、リーグ戦だの練習試合だのに参加していたが、そのあいだじゅう退屈で、早く帰りたくてたまらなかった。本当は合間に本でも読みたいところだったが、サッカーと関係のないことをすると監督が怒るので、もちろんそうもいかない。
 長すぎる一日を持て余しながら、仕方なく、足元の芝生や、砂ばかり見ていた。遠くの木立が、四季折々の風に吹かれて揺れるのを眺めたり、青空に流れる雲を延々と見送りながら、適当に名前を付けたりもしていた。お昼、母が握ってくれたおにぎり(たいていは鮭のおにぎりと、まぜこみわかめおにぎりの二種類)をたべるのだけが楽しみであった。サッカー少女だったはずのころの記憶は、サッカーとおよそ関係のないものばかり。
 そんなふうだったから、チームメイトたちが、熱心に競技に取り組む様子を、とてもうらやましく見ていた。この珍事(としか思えなかった謎の玉蹴り合戦)を、自分も楽しむことができたら、どんなにいいだろうと思ったものである。
 陽光が燦々と降り注ぐ、まぶしいプレイグラウンドにおいて、自分だけがいつも端っこにいた。常に所在なく、「いつまでも主役になれないな」と、寄る辺のない寂しさを子どもながらに感じていた。
「ずっとサッカーをやってきたのに、面白さがわからない」ことへのコンプレックスというか、後ろめたさのようなものを何年も抱き続けていて、高校生になってからは、男子サッカー部へマネージャーとして入部してみた。しかし、これこそまったく向いていなかった。そもそも、女子マネージャーに求められている(らしい)明るさやポップさ、アイドル性、献身の心などをまったく持ち合わせていないという人格上の問題もあり、すぐにやめた。
「自分も得意なことをして、プレイヤーになってみたいな」という考えで、文芸部に転部し、それが本格的に小説に取り組み始めた契機である。サッカー時代、ずっと感じていた疎外感や無力感が、いまこうして、がりがりものを書く原動力にもつながっている。
 
 そんな自分であるが、先日たまたま、Jリーグの開幕戦を見に行く機会に恵まれた。
 誘ってもらったとき、ふいに胸中にわいたのは「やったー」という嬉しい気持ちにほかならなかった。やはり、「サッカー=きっと楽しいはずのもの」という期待感は子どものころから変わらない。
 観戦したのは、2月16日に行われた、FC町田ゼルビアVSサンフレッチェ広島戦。昨年から町田市に住んでいる縁で、ホームゲームを見ることができた。
 試合当日の朝、町田駅の構内で、ゼルビアの熱心なサポーターと思しき少年を見かけた。マスコットキャラクター・ゼルビーくんの頭部をそのまま模した、大胆なデザインの帽子を被っている。もちろんチームのユニフォームを着て、ソックスも、スパイクも履いた完璧ないでたち。首から下げたPASMOのネックストラップまでもがゼルビアデザインで、日に焼けた両腕がゼルビーくんのぬいぐるみを抱きしめていた。文字通り、頭のてっぺんからつま先までの全身で、これでもかとチームへの愛情を表現する少年の姿に、得体の知れない畏怖のようなものすら感じてしまい、思わず気圧されるほどだった。
 スタジアムに到着し、まずはその広さ、そして活気に驚いた。プロの試合を現地で見るのは初体験だったので、なにもかもが目新しかった。巨大な会場のあちこちに露店や記念のブースが出ている。「ゼルビーランド」と呼ぶらしいその場所には、サポーターたちが大勢集まり、お祭りのような大賑わいで、本当に一大テーマパークなのだった。
 陽気に盛り上がる人々に倣い、キッチンカーの行列に並んで昼ごはんを買ったり、大きなグッズショップの中で、おみやげを選んでみたりした。試合前の時間もずっと心楽しくて、なるほどこれは、単にスポーツを見るためだけの集まりではないのだと理解した。こうして場の雰囲気を満喫しながら、ゲームへの勝利に期待を膨らませる時間も含めて、一つの重要な祭典が行われているのだとわかった。
 14:00、いよいよキックオフ。
 試合はとても見ごたえがあった。プロ同士のハイレベルな戦いをはじめて生で見たので、展開の速さも、ボールの飛距離も、選手たちのテクニックの素晴らしさも、すべてが新鮮で、驚きの連続。たちまち夢中で見入ってしまった。
 観戦しながら、試合中のシーンのいちいちに、たまらない懐かしさを感じてもいた。そうだ、サッカーってこうだったよなあ......と、いまとなってはまったく思い出すこともなくなっていた古い記憶がいくつも蘇る。
「サッカーは格闘技」と、指導者にはよく言い含められていた。相手の選手と、体同士をがつがつぶつけて、そこで競り負けてはならない。それはもう、シンプルな肉弾戦としか言いようのないほど、露骨な肉体同士の衝突。
 そんな競技だから、負傷のきっかけも数多い。審判がファウルのホイッスルを吹いて試合を止めるたび、プレーを指摘された側の選手は、全身をいっぱいに使う大きなジェスチャーで抗議のメッセージを表現する。ベンチ陣も、観客たちも、みながどよめいて一斉に遺憾の意を示すのだが、昔からこれがすごく怖かった。「闘争」へのエネルギーが、あまりに熱く、大きくて、少女時代の自分の心はまったくついていけなかったのだ。「そんなに怒らなくても......」といつも思ってしまい、ただ委縮していた。
 さすがはプロの試合というべきか、プレーの迫力も桁違いだった。サッカー特有の激しさ・熾烈な戦いぶりは、目を見張るほどの猛々しさで、実際にけがを負って退場してしまう選手もいた。
 そのとき、スタジアム全体へ、応援歌がいっそう強く、高らかに響くのである。
 はじめてJリーグの試合を観戦して、もっとも感動したのはそのことだった。
 観客席のサポーターたちが、みな、ひたすらに熱狂的な応援をし続けている。歌を歌い、踊り、太鼓を叩き、旗を振る。試合のあいだじゅうずっと。
 それは、一匹の巨大な龍のようだった。ダイナミックにうねり、吠えて、いまにも飛び上がりそうな生命力。一つの命、生き物として存在しているのだとはっきりわかった。
 ふと、朝の駅で見かけた、全身ゼルビア少年の姿を思い出す。彼もきっと、あの龍の中にいるのだろう。そこにいる一人ひとりに、それぞれの人生があり、それぞれの戦いがある。
 でもいまは、こうしてみんなで集まって、心を一つに歌うのだ。その尊さに、すごく胸を打たれた。
「誰かを応援する」という目的で、人はこんなに熱くなれるということ。「頑張れ」と思うその気持ちだけで、普段はばらばらのはずの個々人が、こうして一つになれるということ。子どものころにはなかなかぴんとこなかったが、ようやく自分の体でわかった。応援歌を聞きながら試合を見続けているうちに、いつの間にか、自分も白熱の中にちゃんと巻き込まれていた。
 プレーするから主役、ではない。応援する方も同じように主役で、そうして誰かと連帯できるということは、心から楽しくて、面白いことである。
 観戦の記念に買った、ゼルビアデザインの青いトートバッグは、とても使い勝手がいいので、買い物のたびに重宝している。日常の中でふいに、自分も「サポーター」になれたあの日を思い出せると、やっぱり、なんだか嬉しいのである。

佐藤ゆき乃

佐藤ゆき乃
(さとう・ゆきの)

1998年岩手県生まれ。立命館大学文学部卒業。第3回京都文学賞一般部門最優秀賞を受賞し、2023年にデビュー作となる小説『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を上梓。小説「ながれる」で岩手・宮城・福島MIRAI文学賞2022を受賞。

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