一晩でなんとかなりすぎる

第23回

アイドルにはならなかった

2026.02.23更新

 そういえばAKBのオーディションを受けたことがある。
 中学3年生の冬のことだった。岩手の片田舎に閉じ込められて受験勉強ばかりしていたので、ストレスで頭がおかしくなっていたのかもしれない。ティーンエイジャーというものはつくづく愚かしい生き物である。御多分に洩れず、自分もしばしば血迷った行動をした。そのうちの一つが「アイドルのオーディションに応募」。いわゆる黒歴史というものは数多くあれど、ひときわ正気に欠ける思い出の一つである。

 10年以上前のことなので記憶があやふやなところもあるのだが、背景として、この年の春から夏にかけて「あまちゃん」という朝ドラが放送されていた。
 これは岩手県久慈市を舞台にした作品で、「田舎者の少女が、アイドルを目指して奮闘する」というようなストーリーだった。主人公・アキの口癖である「じぇじぇじぇ」という岩手弁の感嘆詞は流行語にもなった。
 同じころ、AKB48が一世を風靡していた。
 そして「あまちゃん」には、明らかにAKBのオマージュと思われる設定が数多く盛り込まれていた。
 おそらくこのフィクションの中で用いられたシステムを逆輸入した形ではないかと思われるが、やがてAKB48において、「全国一斉オーディション」なるものの開催が発表される。都道府県ごとに審査を行い、合格者を一名ずつ選んで、47人の新チームを作るのだという。
 15歳当時の自分は、「あまちゃん」も夢中で観ていたし、AKBも大好きだった。
 だから、岩手でオーディションがあると聞いたときには、非常に気持ちが昂った。近所で祭りがある。必ず行かねばなるまい。これはなんとしても首を突っ込まなければのちのち後悔するなと、馬鹿ならではの浅薄な直感でそう悟った。
 合格したいとか、そしてAKBに入りたいとか、そんなことは一切思っていなかった。それよりずっと手前の話で、「アイドル」とか「オーディション」とか、そういう、いかにも東京らしい、キラキラした素敵な言葉の響きに、有無を言わさぬ引力があったのだ。虫が光に寄せられるように、考える間もなくその催しに飛びついた。「やってみるべ」と、ごく軽い気持ちで応募用フォームを検索した。
 書類審査のモチベーションは「運よく二次審査の会場に潜り込めたら、秋元康の側近に会えるかな」とか、「やがて合格する子を一目見れたらラッキーだな」とか、完全に下衆な野次馬根性。実にお気楽に構えていたので、あまりにもお粗末なやっつけ仕事で、とりあえず必要項目を適当に埋めた。無論、内容はひどいものであった。
 はじめに「顔のアップを撮影して添付してください」という項目があった。
 当時使っていた自慢のガラケーには、しかし残念ながら内カメラの機能がついておらず、やむなく外カメラで頑張った。これが大変難しいのである。携帯の背についているカメラを自分の顔に向けて撮影するわけだが、どういった画角になっているのか確認することができず、勘でシャッターボタンを押さなくてはならないため、何枚撮ってもうまくいかない。顔面の一部分が切れてしまったり、ぶれたり、目をつぶってしまったりと、表情の良し悪し以前の問題である。だんだん面倒くさくなってきて、もう不備がなければそれでいいことにした。両目を最大限にかっ開いて星飛雄馬並みの目力でカメラを見つめ、口を真一文字に結び、息を止めて静かにシャッターを切る。ひとまず顔の全体が鮮明に写っている、というだけの一枚を撮影することにようやく成功。一ミリたりとも笑っていない、殺意に満ちた囚人のような写真が仕上がった。
 続いて全身写真。
 実家には全身鏡が2つあったのだが、一つは和室に置かれていて、部屋の壁には、先祖代々の遺影がずらりと横並びに飾られていた。すなわち、この鏡を使って写真を撮ると、おのずと先祖が何人も写りこんでしまうのである。それもさすがにどうかと思ったので、和室の鏡を使う案は却下。
 となると残りのもう1つ、大叔母の寝室にある全身鏡を使わざるを得ない。
 大叔母は気難しい性格の人だったので、勝手に部屋に入ったことがばれたら怒られるだろうなぁと思いつつ、彼女が買い物に出ている隙を見計らってコソコソと侵入。
 しかし、この鏡がまた恐ろしく汚かった。おそらくもう何年も使われていなかったのではないかと思う。まるでハリーポッターの映画に出てくる伝説の鏡みたいだった。汚すぎて逆に威厳があった。
 もはやかなりどうでもよくなってきていたので、それを使って撮ることにした。服装は学校指定のジャージ。下校してそのままの格好だった。当時、ファッションセンスという概念すら持っていなかったので、おしゃれな格好に着替えなければという発想に至らなかったのだ。「まあ上下揃ってるし、一応ブランド名(※asics)も入ってるし、ワンポイントの刺繍(※学年カラーのフルネーム刺繍)もあってわかりやすいし、これでいいか」と思った。いま思い返すと涙がちょちょ切れるほど馬鹿である。
 繰り返しになるが、大叔母の鏡が本当に汚れていて、そこに写る自分の姿は、ほとんどモザイク画くらいの粗さであった。適当にパシャパシャと何枚か撮る。画像を確認すると、まるで夢の中のように幻想的に霞んでおり、いっそファンタジックでエモーショナルな雰囲気に仕上がっていた。
 もうなんだっていい。持ち前の想像力を総動員して「これはそういうコンセプト。天国に住んでいる儚い妖精さんのイメージで撮ったのだ」と無理やり己を納得させる。
 こうして、殺人鬼の顔面写真に加え、伝説の鏡に映し出されたファンシーなエンジェルの全身写真も添付。
 他に、自己PRや、憧れの先輩アイドルを問う設問など、記述式で回答する欄もいくつかあった。
「将来の夢はなんですか?」という質問には「小説家」と答えた。じゃあアイドルのオーディションを受けるな。しかし、当時の潮流というのか、「すべての少女の夢は、秋元康が叶えてくれる」というような時代の雰囲気がたしかにあったのだ。
 是非はさておき、この回答だけは、多少は理にかなっていたかもしれないと思う。「真面目に文学の新人賞なんかとってデビューするより、なんらかの方法で有名人になる方が、手っ取り早く本を出せそうだな」と、ノータリンな中学生なりに当時からぼんやり考えていた。もっともこの当時は別に、そこまでして小説が書きたいわけでもなかったが......。実際、アイドルが書いた小説とか、カリスマブロガーが出した自伝とか、そういう本が書店に増え始めた時代だったような気がする。
 話を戻して、ともかくそういった、あまりにも質の悪い応募書類を送り付けたのだった。
 そんなありさまであったから、それきり、オーディションのことなどすっかり忘れて過ごしていた。なにしろ受験生だったのだ。かわいそうに人より小さな脳みそをどうにか鍛えるのに忙しく、くだらないことを考える時間はないに等しかった。
 そうしてどのくらい経ったのか、ちょうど今くらいの時期だったと思う。いよいよ高校受験本番を間近に控えていたある日、事態が動く。
 下校後、例によって学校指定ジャージのまま、寝室に籠って泥のように昼寝をしていた。
 すると階下から、3つ下の従妹の声で起こされる。「お姉ちゃーん(と呼ばれていた)、なんかテレビ局から手紙届いてるよー」という。
「テレビ局!?」と、その言葉に反応して飛び起きた。階段を駆け下りて、ほとんどひったくるようにそれを受け取る。
 封筒には「AKB48」のロゴが入っていた。これには本当に興奮した。
 なにしろ当時、自分宛てに届く郵便物なんて、通信教育の教材くらいしかなかったのだ。赤ペン先生以外の誰かが、手紙を送ってくれただなんて。この封書は「テレビ局」という極めてシティでクールな場所から、しかもAKB48の印を伴って届いたのだと思うと、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
 封筒を開けたら、手紙と一緒に入っているはずのハイカラな空気が外に出て、野暮ったい田舎の空気と混じってしまうなあ、と思った。だからもったいなかったけれど、中身も気になるので、思い切って開けてみた。
『全国一斉オーディション(岩手)書類選考通過のお知らせ』
 とあった。
 さすがにたいそう驚いた。あのお粗末すぎる書類が、なぜ通過......?
 いま考えても意味不明だが、あれが通ったということは、おそらく全員受かったのだろうと思う。まあたしかに、少子化の進む岩手県内にあって、アイドルの公募に手を挙げる子どもがそんなにたくさんいるとも思えない。もしかすると応募者が5人くらいしかいなかったのかもしれない。真相は闇の中である。
 とにもかくにも謎の幸運に恵まれ、いよいよ目当てにしていた「実技審査」への入場券を手に入れてしまった。
 受験勉強をしまくってしわしわに疲弊しきった脳みそが、久々にうるおいを取り戻し、際限なく豊かに膨らんでいくようだった。夢が広がる。
 会場に指定されていた「テレビ局」へ行ってみたい。「オーディション」という大好きなコンテンツを、現地で直に楽しみたい。やがて合格して芸能人になるであろう候補者の顔を一足先に見ておきたい、あわよくばサインをもらいたい。
 もはやオーディションの受験者などでは決してなく、完全に闖入者としての意欲のみが掻き立てられていた。モラルに違反するアイドルファン以外の何者でもない。
 ところが手紙をさらによく読むと、二次審査の課題曲として「AKBの楽曲『会いたかった』を歌い、踊って披露すること」という旨が書かれていて、大変げんなりした。
 才能豊かなアイドルの卵たちが、瞳を輝かせ、きらびやかな汗を流しながら、一生懸命オーディションに挑む姿をぜひ見に行きたいだけなのに。どうして自分まで『会いたかった』のパフォーマンスなんかしなければならないのか。億劫にもほどがある。
 しかも、この「実技審査」の開催日は、運がいいのか悪いのか、高校入試当日のちょうど前週だったのである。
 そんな......。ここまで必死に受験勉強を頑張ってきたのに、最後の大事な一週間、仕上げに解くべき練習問題が山ほど残っているのに。
 それらを机の隅に押しやり、学校指定のジャージを着て、一生懸命『会いたかった』の練習をする自分......。
 想像すると、あまりに間抜けだ。ようやく正気を取り戻し、一切は忘れることにした。こうして若かりし日の「アイドルオーディション挑戦譚」は幕を閉じた。
 けれども、いまでもたまに、当時通っていた塾の前を通るとき、ふいに思い出すのである。
 あの日、実技審査の日。奇しくも会場のテレビ局は、塾の目と鼻の先にあったのだ。
 私が目を血走らせて追い込みの勉強をしていた、その200m先の建物では、AKBのオーディションが行われていたのだと。きっと自分と同じくらいの年の子が、自分が高校受験にかけるのと同じような強い思いを持って、アイドルになるべく頑張っていたのだと。私はアイドルにはならなかったのだと、そしてそのとき、本気でアイドルになりたかった彼女らは、いまごろどうしているのだろうかと。
 15歳の冬の日、自分が選んだ道と、選ばなかった道の行く末を、しみじみ考えこんでしまう。
 いずれ3月。岩手にいても東京にいても、あの日、アイドルになった者にも、ならなかった者にも。
 路面に積もった雪は解け、ほの暖かい風が吹き、また次の春がやってくる。

佐藤ゆき乃

佐藤ゆき乃
(さとう・ゆきの)

1998年岩手県生まれ。立命館大学文学部卒業。第3回京都文学賞一般部門最優秀賞を受賞し、2023年にデビュー作となる小説『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を上梓。小説「ながれる」で岩手・宮城・福島MIRAI文学賞2022を受賞。

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