一晩でなんとかなりすぎる

第18回

ハゲが生まれた日

2025.09.17更新

 父の名を仮にキヨシとする。うちでは家族みんなが父を「キヨシ」と呼ぶ(「キヨシ氏」とか「キヨピッピ」とか、バリエーションはいろいろある)。
 中学を卒業するまで、父とは別々に暮らしていた。私は母の実家にいて、父はそこから80㎞ほど離れた持ち家に住んでいた。俗にいう単身赴任のようなスタイルで、週末だけ佐藤家に集合し、家族そろって過ごすのを習慣としていた。
 金曜の夜になると、父が迎えに来てくれる。子どものころ、一週間ぶりの父親を見るたびに「ミッキーみたいな奴が来たな」と思っていた。もちろん見た目の話ではなく、存在の特別感がミッキーマウス然としていた。
 キヨシはサプライズがうまかった。ときどき素敵なお土産を買ってきてくれて、そのたび素直に驚き、喜んだ。たとえばおまけつきのお菓子や、ビーズのブレスレット、ガチャガチャでとったバッジなどなど。いま考えればとるにたらないようなものばかりだが、幼いころの自分にとっては、どれも輝かんばかりに魅力的な宝物であった。
 一度、シルバニアの風呂を買ってきてくれたときには、心の底から驚嘆したものである。「誕生日じゃないのにいいの!?」とたずねると「トイザらスの近くで用事があったから、ついでにね」とさらりとした答えが返ってきた。小粋なサプライズに大感激して「一生このおじさんについていこう」などと愚かな決意をした覚えがある。
 夕飯と風呂を済ませたあと、父の運転で彼の家へと向かう。
 片道一時間半の道中、両親の会話を聞くともなく聞いていた。二人とも延々仕事の話ばかりしていたので、内容はさっぱりわからなかった。「コテーシサンゼー(固定資産税)、ってどういう意味だろう」とかぼんやり考えているうちに眠くなってきて、まどろみながら、これから始まる楽しい週末への期待に胸を膨らませたものである。
 そのころのキヨシという人物は、非日常の象徴だった。難儀な平日がやっと終わるころ現れて、ちょっとしたプレゼントで幼子の心を鷲掴みにし、車で遠くへ連れ出してくれる愉快なおじさん。彼が現れたのを合図に、楽しい週末が始まるのだ。休みの日しか会えないレアキャラという付加価値のおかげで、父はだいぶ得をしていたと思う。
 なお、キヨシはこのころからすでにハゲていた。
 注釈、自分もさすがに大人になった現在、他人の外見的特徴を揶揄して嘲笑するようなことは決してない。ただし、これはあくまで子どものころの思い出話なので、どうか見逃してもらいたい。
 小学生の自分にとって、父親がハゲているという事実は正直この世で一番面白かった。キヨシもかなりノリノリでハゲを自虐しており、それがまた愉快でたまらなかった。
 この人けっこう変わってるな、と本格的に気付き始めたのは、高校へ進学し、それを機に一緒に暮らすようになってからだった。
 なんといえばいいのか、キヨシには、おじさんの皮を被った女子高生みたいなところがあるのだ。
 ディズニーランドやちいかわ、キラキラ系のアイドルなど、メルヘンで可愛らしいものが大好きで、朝のめざまし占いをめちゃくちゃ気にする。
 長年あまりに真剣に見すぎて、もはや自身が占い師の域に達している。占いの最初の画面、たとえば「2位~4位」の並びを見ただけで、そのほかのすべての星座の順位を正確に当てることができるのである。じゃあもう観る必要ないだろと思うのだが、最後まで必ず見守る。家族それぞれが何位か確認し、「おうし座のラッキーアイテムはミルクティだ」とか「みずがめ座の人は作業がスムーズに進む日らしいぞ」とか、父以外は別に誰も気にしていない情報を教えてくる。
 めざましじゃんけんにも意欲的に参加する。勝つともらえるポイントを貯めに貯め込むが、プレゼントには特に興味がないらしく、一度も応募したことがない。以前「出張先のホテルでもめざましじゃんけんのポイント貯めまくってきた。次に泊まった人、テレビつけてびっくりするだろうな♪」と嬉し気に言っていたこともある。気味が悪い。
 先月、お盆に父方の祖母と会った際に、たまたま父が生まれた日のエピソードを聞いた。キヨシは自宅出産で生まれたらしい。「ひいばあちゃんが産婆さんだったからね」とのことだった。へえ、そんな時代もあったんだなあ、くらいに聞いていたのだが、仰天したのはここから。
 なんとキヨシは、生まれたときの体重が4600gだったという。いくらなんでもデカすぎる。調べたら「超巨大児」に類するらしい。祖母は出産中に気絶したという。ありえないサイズで生まれてきた男。左利きのAB型。彼が特異な人物であることはもはやそのときから運命づけられていたのかもしれない。
 そんな父も、先日ついに還暦を迎えた。
 メルヘン男・キヨシによる洗脳、もとい英才教育のおかげで、我が家は全員ディズニーリゾートを愛しているので、還暦記念の旅行先はもちろんディズニーへ。両親と自分と弟とで、公式ホテルに三連泊もした。
 それまで常日ごろ、食うや食わずで必死に貯金した甲斐があり、ここが人生の最高到達点なのではないかと不安になるほど豪華絢爛で、まさしく夢の世界に耽溺した四日間であった。
 この旅行中における自分の使命は、もちろん父の還暦を盛大に祝うことだった。
 レストランのサプライズプログラムをこっそり予約しておいて、場内に響き渡る高らかな声で「キヨシさん、還暦おめでとうございまーす!」と宣伝してもらった。驚き慌てた父の様子を見て爆笑。
 バースデーケーキについてきたプレートにも、記念写真に添えられたコメントも、すべて「キヨシくん、還暦おめでとう!」と克明に書いてくれていた。さすがは夢の国である。ただの「誕生日」ではなく、「還暦」というところがミソなのだ。ジジイになった喜びをはっきりとかみしめてもらいたかった。明るい老後を予見させることができただろうか。まだまだ元気でいてもらわなくては困るのだ。
 レストランの祝福だけではまだ飽き足らず、Amazonで買ったちゃんちゃんこを着せ、大量のお手伝い券をプレゼントし、さらに帝国ホテルのペア宿泊券まであげてしまった。本当に高かった。貧乏な娘が血涙を流しながら購入したかけがえのない贈り物なので、どうかそのとんでもない重みに押しつぶされながらも有用に使ってくれることを願うばかりである。
 すっかり空になってしまった自分の財布を眺めつつ、このサプライズ好きは、完全に父譲りだと実感する。幼かったあのころ、キヨシが繰り出したさまざまなサプライズの数々が心に残っている。自分がどんなに驚いたか、嬉しかったか、いまだにはっきりと思い出せるのだ。還暦祝いの機会に、少しは父に仕返しができただろうか。
 キヨシのサプライズといえば。
 中でも一番驚いたのは、小学二年生の参観日に起きた出来事である。
 前述のとおり、当時のキヨシは週末にしか会えないレアキャラだったので、父に学校生活の様子を見せるということはかなりの珍事で、幼心に無性に楽しみにしていた。
 八歳の自分にはまだ可愛げというものが残っており「お父さんいつ来るかな、いつ来るかな」とワクワクしながら、何度も教室のドアを振り返っては待っていた。
 そして、ついに現れた父の姿を見て、本当に驚愕した。
 ハゲていたのだ。完璧にハゲていた。
 それまでも「髪の毛が薄くなってきた」レベルのハゲではあったのだが、一応それなりの頭髪を残していたというか、頭頂部をのぞけば普通に黒髪が生えていた。見慣れた父の頭は黒だったのだ。
 ところがその参観日の日、キヨシの頭は、完璧な肌色に輝いていたのである。いわゆる丸坊主にイメチェンしていた。
 あまりにも衝撃的すぎて、まったく授業どころではなかった。「え、ハゲすぎじゃね?」という驚きと困惑、そして「なんでわざわざ今日......?」という疑問で頭がいっぱいだった。
 帰宅後、第一声に「なんで?」と聞いたら「なにが?」と嬉しそうにとぼけていたハゲの父。とかくサプライズが好きな男なのである。
「......っていうことがあったんだよ、子どものとき」と友人に何気なくこの話をしたときのこと。
 聞いていたその友だちは、しばし沈黙したあとに「お父さん、その日に覚悟したんだねえ」とやけにしみじみした調子で言った。
 よくわからずに「なんで?」と尋ねる。
「髪の毛がだんだん減ってきて、「じゃあ、全部なくして潔く丸坊主にするか」っていうタイミングって、やっぱり結構な覚悟がいると思うよ。いつにしようか考えたときに、「そうだ、参観日に急にハゲて行って驚かせよう」って思ってくれたってことでしょ? たしかに変だけど、いいお父さんだよ」とのことだった。
 なるほどたしかに、あの日、正真正銘のハゲが生まれた日。父はどんな心境だったのだろう。
 別に落涙するタイプのエピソードではないのだが、そこにはたしかに、父の愛情っぽいものがあるような気もする。
 そういうわけでキヨシくん、還暦おめでとう。末永くお元気で。

佐藤ゆき乃

佐藤ゆき乃
(さとう・ゆきの)

1998年岩手県生まれ。立命館大学文学部卒業。第3回京都文学賞一般部門最優秀賞を受賞し、2023年にデビュー作となる小説『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を上梓。小説「ながれる」で岩手・宮城・福島MIRAI文学賞2022を受賞。

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