一晩でなんとかなりすぎる

第14回

お振袖の日もサングラス

2025.05.22更新

 結婚式、というものをしたがる人たちの気が知れない。
 実は長年、ずっとそう思い続けてきた。もはやこれだけで性分のいびつさが露呈してしまいそうだが、しかし本心でそう考えていた。
 まず、「自分で自分の祝い事」を開催しようとする行動原理そのものが、どうしてもわからない。「私にめでたい出来事がありましたので、ぜひお祝いに来てください!」と宣伝するのは、なんだか自己中心的ではないか?
 幼いころ、ちびまる子ちゃんのアニメで『まるちゃん、お誕生日会を開く』というお話を見たことがある。タイトルのとおり、まる子が誕生会を主催するというストーリーなのだが、この回はなかなか衝撃的で、今でも覚えている。まる子は、「自分の」誕生会を開くのである。たまちゃんのでも、はまじのでもなく、「自分の」。
 これを見た当時、まる子の明るさにたまげた。もし私が同じことをしようものなら......と想像しては身震いしたものだ。「誕生会をするから、〇〇ちゃんと〇〇ちゃん、〇〇くんと〇〇くんも、ぜひ来てね」と招待したとして、いったい何人が本当に来てくれるのか? 万が一、全員にドタキャンされてしまった場合、お母さんが作ってくれたせっかくのごちそうや、人数分のお皿、ホールサイズで用意したケーキ、そしてわざわざたんすからひっぱり出して着た一張羅のワンピースなどなどは、すべて行き場を失うのである。こんなに悲しいことはない。それなのになぜ、まるちゃんはそのリスクを恐れないのか? 「自分の誕生日はおめでたい日だから、みんな必ず来てくれる」と信じきれるなんて、そんなたいそうな自信はどこから来るのか。
 結婚式もこれと同じような構造に思われる。自分で自分の祝い事を主催して、そのために人を集めるということは、よっぽどポジティブな性格で、主人公としての自覚が強くないと難しいだろう。
 と、いうようなことを友人に熱弁したところ、「ひねくれすぎだろ(笑)」と一蹴されてしまった。「おめでたい日には人を呼びたいし、みんなも行きたいものなんだよ」と教わる。
 そのとおり、ひねくれすぎているためか、悲しいことに友だちが非常に少なく、これまでの人生において、結婚式という場に招待された経験がなかった。だから、この友人の示教もどうにもぴんとこない。「幸せな空間すぎて泣けるよ」とのことだったが、正直、いったいどういう理屈で他人の成婚に際し涙を流すことができるのか、まったく意味不明であった。
 そんな折、従兄が結婚した。
 先のゴールデンウィークに式が行われ、私もようやく、結婚式への参列デビューを果たす機会に恵まれたわけである。
 あれだけ散々言っておきながら、実は結構楽しみにしていた。なにしろ披露宴といえば、浮かれたごちそうがあれこれ供されるイメージがある。わくわくしながら、母に「結婚式って飲み放題なのかな?」と尋ねてみたところ、「非常識」と叱られた。いろいろ説教されたのを右から左に聞き流してしまったのでなんだかよくわからなかったが、とにかく、結婚式=飲み放題と認識するのは違うらしいということを一つ学んだ。
 自分もちょっと綺麗なワンピースというか、可愛いパーティドレスみたいなものを着たりできるのかな? とそれもちょっと期待していたのだが、「お振袖を着なさい」と厳命された。そういえばたしかに、成人式の際、せっかく作ってもらったとっておきの振袖が、考えてみればそれ以来、日の目を見ることなく眠っている。年齢的にもリミットが迫っており、この機会に着ない手はなかった。
 式の当日は快晴だった。初夏の陽光が燦々と降り注ぎ、式場は壁も床も真っ白だったので、反射がとても眩しかった。
 自然光が不得意なので、父に「サングラスをかけてもいいかな?」と尋ねたのだが、ここでもまた「非常識」と怒られた。「こういうきちんとしたおめでたい日に、振袖姿にサングラスをかけている珍奇な親戚がいるなんて、新郎新婦が気の毒でならない」というようなことを言われて、なるほどたしかに、と思った。ハレの日に、暗いもので目を覆っていてはいけないのである。
 披露宴に先駆けて、なんだかこじゃれた庭のようなところで、フラワーシャワーなるイベントがあった。参列者みんなが並んで花道を作り、そこを通過する新郎新婦へ、事前に配られるお花を撒いて祝福する。
 新婚の二人が自分の前を目の前を通って、手元の花びらを数枚、宙に放った瞬間。
 これはなんという美しいシーンであろうか、とあっけにとられてしまった。
 なにより色彩がよかった。空の青、庭の緑。新郎の着ている袴の黒、隣には、新婦の白無垢。これは純白より白く、というか、もはや透明に思われるくらい、ピュアで高貴な、麗しい感じがした。そこへあざやかな花々の雨が降る。
 肉眼で見えるカラフルな色彩のほかにも、もっともっとたくさん、無数の色が見えるような気がした。それは、新郎新婦がこれまでに積み重ねてきた長く尊い時間が外へにじみ出ていたからかもしれないし、またあるいは、参列者の一人ひとりが持ち寄った柔らかい気持ち、二人に寄せる祝福の思いが、その庭に溢れていたからかもしれない。
 サングラスをかけていなくてよかった、と思った。素敵な色がたくさん見えたから。
 同時に、自分の眼球にいつ何時もこびりついている、それはたとえばコンタクトのような、暗く重たく、いびつなレンズが、ぽとんと落ちたような気がした。いつものひねくれた見方がぱっとなくなって、幸福な世界はそのまま、光は光のまま、自分の網膜へ素直に届いた。
 そうしてみれば、なるほど、先の友人の言うとおり、結婚式ってこの上なく幸せな場面なのだと、この身体でやっと理解することができた。
 披露宴では、(こういうとまた母に怒られるのかもしれないが、)しかし実質、やっぱり飲み放題状態であったと言わざるを得ないくらいお酒をいただいた。
 そして、そのせいもあるかもしれないが、何を見てもものすごく感動し、泣けて泣けて仕方がなく、自分はどうかしてしまったんじゃないかと思うくらいだった。この世にこれほど温かく、優しく、どこもかしこもきらきら光って綺麗で、かけがえのなさばかりがあふれかえる場面があったのか、と、ほとんど打ちのめされるような気持ちで体感していた。
 この従兄がいなければ、私は「結婚式」という至極の幸福を知らぬまま死んでいたのかもしれない。ありがとう。本当にありがとう。最終的に、新郎新婦が永遠に生きられますように......とめちゃくちゃに重い感想を抱きながら、はじめての結婚式参列は終わった。

 激情のゴールデンウィークが明けて、再び社会の荒波にもまれていたある日のこと。酒場でがぶがぶ飲酒していたら、たまたま出会った人に「ちょっと占ってあげるよ」と言われた。
 その人によると、「君は頑固で思想が強く、些末なことでも悩み込みすぎて、悲劇のヒロインになりたがる性格だね」とのこと。
「悲劇のヒロイン」という言葉はとてもインパクトがあり、なんとなく自覚もあるだけに、すごく印象的だった。
 それで後日、片手に収まる数しかいない友人のほぼ全員にこの話をしてみたのだが、見事なまでに百パーセント、みんなが深くうなずいて、「たしかにそうだね」と言われてしまった。
 なんということ。そのとき気がついた。結婚式をしたがる人や、自分で自分の誕生会を開催していたまる子ちゃんに対し、「主人公の自覚が強すぎる」などと冷笑しておきながら、結局自分だって、主人公になろうとする性質をはっきりと持っていたのだ。しかも、ハレの場で正々堂々と明るい主役になれる彼らと違って、自分の場合は「悲劇の」主人公になりたがるなんて、よりいっそう最悪である。

 そんなこんなであっという間に五月も折り返し、この原稿の締切である本日、二十七歳になった。
 せっかくの誕生日は、朝から最悪であった。ここ数日、いつにもまして寝つきが悪すぎて、ずっと目がギラギラし続け、やがて気力も体力も限界に近づいて、もはや箸が転がってもめそめそ泣ける状態に。
 今回は従兄の結婚式の話にしよう、と決めたはいいものの、ちっとも書き出しが決まらない。これではだめだ、もう才能は死んだんだ、というかそんなものは最初からなかったのかもしれない。もう今日が締切なのに、もはや一晩でなんとかなっていないし、めそめそ、めそめそ......とまたしても眠れず迎えた明け方にスマホの画面をつけたら、時刻が「4:44」と表示された。
 不吉すぎる。ふざけているのか。誕生日なのに。あまりにひどい。つらくてもうやっていられない......!という、ほぼヒステリックなまでの熱い悲しみを込めて、指先に思い切りパワーをかけ、力強くその「4:44」の画面をスクリーンショットした。
 そのとき、ふと我に返る。私はいったいなにをやっているんだ。こんな写真をいつ見返すつもりなのか。
 そう考えるとばかばかしすぎて、なんだか笑えてくる。なるほど、悲劇のヒロイン体質って、たぶんこういうところなんだろうな、と具体的に腹落ちする。
 自分が悲しんだ証拠は進んで欲しがるわりに、嬉しいこと、幸せな日を直視する勇気がなかなか出ないのである。
 スクリーンショットは削除した。かわりに、別の写真を表示する。前回のこの連載を読んでくださった方からいただいたお手紙の写真。感想をいただけることはめったにないので、あんまり嬉しくて、スマホの中にも保存してあったのだ。もう何度目かわからないが、また読み返したら、やっぱりすごく力が湧いてきた。たまたま目にした4:44がなんだというのだろう。そんな言いがかりのような悲しみスイッチよりずっと近く、この手がすぐ届くところに、前を向けるきっかけだってちゃんとあるのだ。
 暗いレンズを外してみれば、光が、色が、美しい世界がきちんと見える。だからいつもポジティブに! というのは性格上、やっぱり難しいかもしれないけれど、少なくとも、お振袖の日くらいはサングラス、かけないほうがきっとよい。今日は誕生日なのだから、めそめそするのはいったんやめておこう。
 二十七歳の抱負は、「態度をでかくする」にしようかなと思っている。自己卑下でヒロインを気取るシーズンをもう終わりにしたい。そして一年後には、自分で自分のために、盛大な誕生会を開催できるくらい、明るい主人公になれるといいな、などと壮大な目標を抱いてみる。

佐藤ゆき乃

佐藤ゆき乃
(さとう・ゆきの)

1998年岩手県生まれ。立命館大学文学部卒業。第3回京都文学賞一般部門最優秀賞を受賞し、2023年にデビュー作となる小説『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を上梓。小説「ながれる」で岩手・宮城・福島MIRAI文学賞2022を受賞。

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