一晩でなんとかなりすぎる

第15回

犬の飯を食うプリンセス

2025.06.23更新

 人生に疲れ気味なので、金持ちの犬か、プリンセスになりたい。
 けっこう真剣に考えていて、このあいだ、金持ちの犬用のドッグフードを食べてみた(しかし長くなるので、この話は今回は割愛する)。
「プリンセスになりたい」という願望については、子どものころからそれなりに強く持ち続けてきたのだが、身の程をわきまえてずっと遠慮してきた。
 幼いころ、厳格な祖母の崇高な教育理念によって、常にショートヘアにさせられていた。
 そのため、保育園でディズニーのプリンセスごっこをするときに、クラスメイトから「ゆきのちゃんは髪の毛が男の子みたいだから、プリンセスにはなれないよ」などと意地悪を言われ、たいそう傷付いたものである。
 それでいつも「ジャスミン」の役をもらっていた。ジャスミンだけはほかのプリンセスたちと違って、衣装がズボン型なのである。「髪が短いから、スカートの役はだめだよ」だなんて、いま思えばひどい話だが、当時は反論が思い浮かばず、仕方なく納得していた。
 本当は、シンデレラやオーロラ姫の役をもらって、ふわふわのドレスの裾をつまんで歩く仕草をやりたくてたまらなかったけれど、いつもなんだかよくわからない毛布やござの上に座り、魔法のじゅうたんで移動せざるを得なかった。
「プリンセス不適合」の烙印はけっこう深刻に残り続けて、その後もさまざまな悲劇を招く。
 年長のお遊戯会でくるみ割り人形の劇をしたとき、本当はこんぺいとうの妖精役をやりたかったのに手を挙げられず、(そもそもどうしてそんなポジションがあるのか謎だが)和太鼓叩き係になってしまった。
 また、小4のころ、英会話教室のハロウィンパーティに参加した際も、可愛い魔女のワンピースが着たかったけれど勇気が出ず、「まあ身の丈に合った衣装を......」と思案した挙句、なぜか曾祖母の遺品である大正時代のもんぺを履いて、座敷わらしの仮装をする羽目に。
 さらに、高校時代の文化祭でのこと。所属していた文芸部では、部誌の販売ブースを出しており、部員の服装は「浴衣」と決まっていた。しかし、「自分のようなクラスの末端構成員が、学校で浴衣なんか着たらお笑い草だ......」と悲観して、苦肉の策として灰色の甚平を着た結果、地味すぎて逆に浮いてしまったという思い出もある。
 などと、こんなにも謙虚につつましく生きてきたのに、フェアリーゴッドマザーはいまだ現れず、ゆえに、魔法のドレスに変身する機会にも恵まれない。思いがけない奇跡が起きて「えぇっ!?まさか、この私がプリンセスになるなんて~!?」という台詞を言える日は、いったいいつになったら来るのか?
 おとぎ話はさておいても、実際問題、今後の人生において、プリンセスのようなふわふわのドレスを着られる機会なんてないのではないか。今のところ、結婚式を挙げる予定も、アイドルになる予定も、バチェラー・ジャパンに出演する予定も皆無なのだ。このままでは、憧れのドレスを一度も着ることなく、卑屈でかわいそうな貧乏人のまま死ぬことになる......。
 それに気づいてたちまち青ざめ、いてもたってもいられなくなり、もう待っている場合ではないので、自力で変身することにした。
 調べてみたところ、都内にある撮影スタジオが、うってつけのプランを出しているのを発見。無人のコンセプトルームを借りて、2時間いっぱい自由に撮影ができるというもので、ドレスや小物などの備品もついて一人4000円ほどだった。
 当日、Googleマップでようやく探し当てたそのスタジオは、信じられないほど古くて暗いビルの中にあり、ボロボロにくたびれた階段をのぼりながら、一緒に行った友人と二人でものすごく不安になった。もしかしてこれは全部詐欺で、指定された部屋に足を踏み入れた途端、恐ろしい事件に巻き込まれてしまうのでは......と真剣に話し合ったほどである。
 おそるおそる扉を開けたが、妄想したようなことはもちろん杞憂で、とことんスイートでラブリーな空間が目の前に広がっていた。
 スタッフなどはいないので、自分たちで電気をつけ、喜び勇んで奥の更衣スペースへ。
 ハンガーラックに、色も形もさまざまなドレスが10着ほど吊り下げられており、ドレッサーの引き出しには、ティアラやネックレスなどのアクセサリーも用意されていた。ほかにも、ティーカップ、ケーキの食品サンプル、キラキラのステッキ、キャンドルなど、撮影の幅を広げてくれそうな備品があれこれ充実している。
 肝心のドレスの中で特に気に入ったのは、やはりシンデレラを想起させるような、華やかな水色のドレスであった。これでもかとボリュームたっぷりに膨らんだスカートが本当に嬉しくて、虹色の刺繍糸、ちょうちょの絵、シフォンの飾りもたまらなく可愛い。幼いころに恋焦がれ、何度もこっそりおえかき帳に描いたそのままのドレスであった。あの憧れの格好をいま、こんなに大人になった今、ようやくできているのだ、と思うと、感激で胸がいっぱいになった。
 撮影はものすごく楽しかった。部屋の壁に沿って、たとえば大きな階段が置いてあったり、ピアノがあったり、ケーキのオブジェが建てられていたりして、それぞれのブースの世界観に合わせた写真を撮ることができる。
 プロに撮影してもらうわけではなく、友だち同士でiPhoneを使ってお互いの写真を撮り合うスタイルなので、ポーズや光の加減などがうまくいかないことも多々あるのだが、別にいくらでも撮り直しが効くし、その気楽さもありがたい。
 階段に座ってそれっぽく物憂げな表情を作ってみたり、さも心のこもった素晴らしいクラシックを奏でているかのようなポーズでピアノを触ってみたり、小道具のティーカップとマカロンを持って、お茶会の設定で小芝居をしてみたりと、ノリノリでプリンセスごっこを続けるうち、だんだん本気で「私って、本当はプリンセスだったんだ......」という確信が、みるみる芽生えてくるので不思議である。そしてこの強い自覚は、あくまで、「堂々たるプリンセスごっこ」という行動を通じて心の内側にたくましく芽生えるものであり、「たまたま今、ドレスを着ているから」という薄っぺらな外的要因に依拠するものでは決してなかった。装いではなく、ふるまいが、気持ちを根から変えるのだ。これが大きな発見だった。
 撮った写真を見返すと、そこに写っているのは、まぎれもなく普段通りの顔をした自分である。見違えるほどの美人に変身できているとか、そういうことはないのだけれど、むしろだからこそ、プリンセスの心を宿した自分自身を、すんなりと受容できそうな気がした。
 普段の自分のままでもプリンセスになれたのだから、人生は、いまのところこれで十全。昨日までもこの顔で生きてきたし、明日からもこの顔で生きていく。重要なのは、この容姿の内側にどんな心があるか。
 プリンセスになるために、外見は関係ないのだと知った。ドレスを着ていても、着ていなくても、自分は自分で、胸に自覚を持ちさえすれば、それだけでプリンセスになれる。
 重要なのはマインド、気位の高さだと思う。
「自分はきらきらのドレスを着るに値する人間だ」と信じ切ること。卑屈を捨て、堂々とプリンセスごっこに興じる度胸。写真に写った己の顔を「可愛い」と言い切れる胆力、態度のデカさ。
 日常生活の中でも、できるだけの尊大さを心がけていきたいと考えるようになった。
 たとえば、家がめちゃくちゃ散らかっていても、仕事で使えない奴だと思われていても、貯金がなくても、酒を飲みすぎて顔がむくんでいても、それでも自分は価値ある存在だと認めて、堂々と誇りを持ちたい。そしてそれを保つために頑張りたい。それがプリンセスマインドだから。
「髪が短くたって、大きくなったら、ちゃんとプリンセスになれるよ」と、子どものころの自分に教えたい。プリンセスの形に決まりなどなにもないのだから。おえかき帳の中でだけ、ひっそり見ていた夢だってちゃんと叶うのだ。魔法のドレスはたしかにあった。つくづく未来は思いがけない。
 この調子だと、やがて金持ちの犬にもなれてしまうのかもしれない。それはさすがにまだ怖い。なのでいったん、とりあえずドッグフードを試食してみたところでこの夢は保留にし、引き続き、人間としての生活を頑張っていく所存である。

佐藤ゆき乃

佐藤ゆき乃
(さとう・ゆきの)

1998年岩手県生まれ。立命館大学文学部卒業。第3回京都文学賞一般部門最優秀賞を受賞し、2023年にデビュー作となる小説『ビボう六』(ちいさいミシマ社)を上梓。小説「ながれる」で岩手・宮城・福島MIRAI文学賞2022を受賞。

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