暮らしと浄土

第15回

ホセとおじさんと青年

2022.12.19更新

 人と人はめぐりあう。
 偶然の出会い。
 一期一会とはよく言ったもので、一生のうちにその瞬間にだけ出会う人がいる。

 この日もそうだった。
 珍しく仕事で街へ出て、ホテルに泊まっていた。最上階には夜景を一望できる眺めのいいバーがあったので、普段飲むことのなさそうなウイスキーで一杯やることにした。
 酔いが回り始めた頃に、近くから声が聞こえてきた。
「ハァー、ヨッパライナッタヨ」
 誰に言うでもなく、そう呟いたのは隣のテーブルに座っていた男性。鼻の下に立派な白い髭を蓄えた初老の外国人だ。
 その言葉のイントネーションはどこかしらお茶目な感じがあり、ついこちらも笑顔になってしまった。
 気づいたら僕は話しかけていた。
 日本語お上手ですね。どちらの出身ですか?
 彼は「ドコダトオモウ?」と逆に質問してきた。
 僕にはまるで見当がつかなかった。英語圏の人ではなさそうだったことと、どことなくエキゾチックな風態からイラン? と当てずっぽうで言うと、
「ソレ、タマニイワレルヨ」と言って笑った。

 彼の名前はホセ。メキシコ人だ。日本人の奥さんと、3人の子供がいて、日本にもう35年も暮らしているという。家族とメキシコに暮らしたこともあったそうだが、奥さんが馴染めなかったとか。彼はとてもお喋りで、たくさんの話をしてくれた。
 ITの仕事をしているが、最近はそれほど仕事がないこと。こうして全国のあちこちに時折、仕事で出かけること。色々な映画やミュージックビデオにエキストラで参加してきたこと。星野源のビデオにも出たこと。踊りが得意なこと。
 英語と日本語を織り交ぜながら話してくれたが、感情的になるとスペイン語が飛び出す。それは主に料理の話のときだった。
 メキシコ料理。
 それがどんな料理でどれほど美味しいものなのか、彼は身振り手振りで話してくれた。
 中でも印象に残ったのはバルバッコアという料理だ。
 それはなんでも土の中で作る料理だという。土の中に穴を掘り、炭を起こす。その穴の中に大きな蒸し器を置き、塩とオレンジでマリネした子羊の肉を入れる。その一切を無駄にせず、子羊の全てを使う。肉を入れたら、独特の苦味を持つマゲイという大きな葉っぱで蓋をし、さらにその上から土で蓋をして、8時間もの間を待つという。
 再び土を掘り、蓋を外していくとあたりに蒸気が上り始める。それはなんとも言えない素晴らしい香りだ。
 目を瞑って話すホセ。今、彼は魔法に包まれている。瞼の中には郷土の料理が映し出され、すぐ鼻先にはバルバッコアがある。鼻から大きな息を吸って、バルバッコアの香りを嗅ぎ、そして吐き出した。

 それってそんなに美味しいの?
 僕の質問が全くの愚問であると言いたげに、彼は片手でその場の空気を勢いよく払い落とした。
「オイシイナンテモンジャナイヨ。モノスゴイ。モノスゴオイシイ」
 ホセは目を見開いてそう言った。
 彼の料理への情熱的な話はそれからバーの閉店時間を過ぎても続いた。店の奥の方から段々と電気が消され、バーテンダーの皆さんから、「まだ話すのかよ」という無言の圧力が滲み出ても彼は構わず話し続けた。

 翌朝、フロントでチェックアウトしていると、よほど縁があるのだろう、再びホセと一緒になった。
 仕事はもう済んだから、これから宮島を観光してから帰るのだという。肌着の上に直接リュックサックを背負い、日除けの帽子を被る彼は、今日はヨッパライではなく、冒険家スタイルだ。肌着からは彼のぷっくりと出たお腹がはみ出しそうだったが、そこから彼の愛嬌も一緒に滲んでいた。ホセと僕は笑顔で握手をして別れた。

 縁とは不思議なものだ。
 たとえ一度しか会うことのない人だとしても、そこにはやはり磁石のように何かひきつけあう力がある。
 こう書いてみて、仏教の言葉を思い出した。
「袖ふれあうのも他生の縁」。
 多少ではなく、他生だ。つまり輪廻転生でいうところの前世。
 今日一緒に食事をする人。
 今日挨拶を交わした人。
 あるいは今日すれ違うだけの人。
 その人たちはみんな、もしかしたらどこかの前世でつながりをもった人なのかもしれない。

 偶然の出会いを必ず引き起こす最たる例は、ヒッチハイクだろう。
 僕は今までにヒッチハイクをする機会は一度もなかったが、車に乗せてあげたことは二度ある。そのどちらもが高速道路での出来事だった。

 あれは確か琵琶湖付近のサービスエリアだった思う。
 トイレ休憩を済ませてから、車までの道を歩いていると、1人のおじさんが話しかけてきた。
「あのぉ・・・すいません、ちょっと財布を落としてしまって困ってるんですが、どこかその辺まで乗っけてくれないでしょうか」
 力なくそう話すおじさんの口から見える歯は何本も無かった。そのせいだろうか、角度が変わると急におじいさんのようにも見えた。
 どこまで行きたいんですか?
「東京方面ならどこでもいいんです」
 東京まで行きますよ。乗って行きますか?
「本当ですか!?」
 きっとすでに多くの人に断られたんだろう。諦め半分の細かった目が急に開かれ大きくなった。
 断られるのも無理はない。正直言っておじさんの髪はボサボサで、服も薄汚れていた。時と場所によっては、ホームレスとすら疑われてしまうだろう。
 助けてあげようなんて気持ちはそれほど無かったが、こちらとしても東京までまだあと半分、6時間もあるのに、すっかり運転に飽きてしまっていたから話し相手が欲しかったのだ。
 一緒に車へ向かうおじさんの足取りはとても軽く、ほとんどスキップしているようにすら見えた。どうやら悪い人ではなさそうだ。
 おじさんが車に乗り込んでから、静かだった車内の空気は一変した。
 ありがたいことに彼はとんでもなくおしゃべりだったのである。

「昨日からいたんですよあそこに。いやあよかったなあ、本当よかったなあ。危うくもう一泊野宿するとこでしたよ。本当ありがとうございますねえ」

「アタシ? アタシは鹿児島です。鹿児島から東京へ向かってたんですがね、気づいたら財布がなくてねえ・・いやあ参った参った参りましたよ。本当ありがとうございますねえ」

「周防大島? 瀬戸内海の? それはまた最高な場所に住んでますねえ。釣り人が集まるとこじゃないですか。あの辺は釣れるでしょう? え? 釣りやらない? なんでまた? それは勿体無いなあ。いや絶対やったほうがいいですよ。そんないいとこに暮らしてて、やらない手はないですよ。最高の場所じゃないですか。タコもいるでしょう。楽しいですよタコ釣りは。え? 釣れますよもちろん。蛸壺じゃなくて、釣り。簡単なもんですよ。イカじゃなくてタコです。まあ確かにイカもいいですがね。私はタコの方が好きです。ボートみたいなのがあればいいんですよ。あれで少し沖に出る。楽しいですよお。釣りやらない? 絶対やったほうがいいんですがねえ」

「養蜂? ミツバチ? はあ、なんとも変わったお仕事ですねえ。そうだなあ、そういう仕事もいいなあ、よかったかもなあ。アタシ? アタシは石を積んで生きてきました。そうです。石積み。面白いもんですよ。そうそう石垣とか。あるでしょうそちらにも? 私は上手に積みますよお。まあ小さいのは手でもできますがね。難しいのはこんなでっかい岩を積んでいく時ですよ。そうです。こっちも大きなユンボに乗ってね、でかいやつを積んでいくんですよ。これが面白いんです。そうそう、自分で足場を作りながら上っていくんです。コツ? ・・・うーん、そうですねえやっぱり石を見極めないのとダメですねえ。みんな違う石だから。おんなじように見えても、みんな違う石だから。・・・そうだ。なんなら今度行きますよ。車に乗せてくれたお礼に。石積むとこあったらアタシにやらせてください。呼んでください。うまいもんですよ」

 おじさんのおかげで東京までの道中は退屈することはなかった。おじさんは喋り続けた。僕はすっかり聞く側で、大して質問しないままずっと話をし続けてくれた。それはまるで僕だけのための生放送ラジオのようで眠くなることもなかった。
 僕たちが出会った琵琶湖のサービスエリアまで、誰か別の人の車にヒッチハイクで乗せてもらったと話してくれた時に、やっぱりこの人は初めから財布なんて落としていないんだろうなあと思ったが、それは最後まで聞かないことにした。
 僕らのドライブは順調に終わりを迎えた。
 おじさんは誰か友人を頼って電車で行くというので、僕の目的地近くの小田急線の駅で下ろすことにした。
 しかし何しろ彼には財布がない。
 僕は財布から幾許かのお金と連絡先を出して彼に渡した。
 おじさんはそのお金を両手で握りしめるように受け取り、頭を下げて合掌した。
 涙ぐんだ目で、
「必ずこのお金はお返します。本当に会えて良かったです」
と言った。僕はこのお金が返ってくることは多分ないだろうと思ったが、それでも構わなかった。僕は彼に感謝していた。一緒に過ごした6時間余りの道中、彼の生放送のおかげで眠ることもなく無事に着いたのだから。
 駅の改札口へと向かうおじさんの後ろ姿は、さっきまで話していた時よりずっと小さくなったように見えた。

 先日、アメリカの作家ポール・オースターが編集したナショナルストーリーズという本を読んだ。これはアメリカで実際にあった本当の話を一般の人たちから集めるというコンセプトで作られた本で、どれもとても面白いものだったが、一番印象に残ったのはあるヒッチハイカーを拾った男の話だった。
 一人の男が親切にもあるヒッチハイカーを車に乗せるのだが、拾ってもらった男は実は悪人で、最初に自分を乗せた人間を銃で撃ち殺してやると心に決めている。自分の今までついていなかった人生に別れを告げて、車を奪って人生をやり直すのだと。そして実際にその恩人の頭を銃で撃つ。
 この話の結末は奇跡的なもので、ぜひ一度読んでいただきたいからここでは書かないが、とにかく僕はこれを読んで、2度とヒッチハイカーを拾うことはないなと心に刻み込んだ。

 かつて僕が出会ったもう一人のヒッチハイカーは若者だ。
 あれは多分愛知を少し過ぎたあたり、岐阜県だったのではないかと思う。東京での仕事を済ませた僕は一人で周防大島への帰り道を運転していた。
 眠気覚ましにコーヒーを買うため、大きめのサービスエリアに入った。
 コーヒーを片手に車に戻ろうと外の道へ歩き出した時、視界にプラカードを持つ青年が目に入った。メガネをかけた20代前半の痩せた若者で、どことなく元気はなさそうに見えた。彼の手にした大きめの紙には、
「福岡」
そう書いてあった。
 周防大島は、山口県だ。
 言うまでもないが山口といえば福岡のすぐ隣の県だ。そしてここは岐阜県。福岡はまだまだ遥か彼方だ。
 考えながらも歩き続け、彼の前を黙って静かに通りすぎた。
 ・・・僕っぽいなあ。
 この福岡と大きく書かれた紙は、どうやら僕宛の手紙っぽい。なぜと問われても答えられないが、そう感じてしまった僕は引き返し、彼に話しかけた。
 山口行くけど乗ってく?
「本当ですか!? ぜひお願いします!」
 青年は元気な声で威勢よく返事をした。
 まさに青年という言葉がぴったりの彼は、丸い眼鏡をかけており青白い肌をしていた。おそらく外で働いたことはないだろう。アルバイトをするならカフェか本屋さんがよく似合いそうだ。彼は、ひと昔前の外国人が日本人と言われて思い浮かべそうな、そんな痩せた真面目な雰囲気を身に纏っていた。
 僕はいつか拾ったおじさんを思い出しながら、これで帰りの道中も楽しく過ごせるに違いないと思ったが、青年はおじさんとはまるで違っていた。
 車に乗ってから、彼はあまり喋らなかった。挨拶もそこそこに済ますと、ずっと黙りこくっている。
 なんだか辛気臭い。これだったらカーラジオの方が良かったかなあ、などと思ってふと彼の顔を覗き見ると、彼は泣いていた。曇ったメガネのレンズから涙をぼたぼた流していた。
 僕は驚いて、ハンドルを握っていた手に思わず力が入った。
 ・・・ど、どうしたの?
 彼は答えない。
 ・・・なんかあったのかな? 話してみたら? 聞いてあげるよ? なにしろ時間はたっぷりあるよ。軽く6時間くらいあるから(笑)
 やっぱり青年は答えない。
 車中の空気がどんどんと重たいものになっていく。山口まではまだまだかかる。どうする? すでに運転に疲れているというのに、こんな空気じゃ10分と持ちそうにない。こっちがへばってしまうぞ。いっそのこともう一度その辺に降ろしちゃう? いやいや待て。ダメだ。それはできない。こっちが泣かしたみたいじゃないか。もう乗りかかった船だ。
 それから僕は話した。重たい空気を変えようと思いつくままに話しまくった。
 自分がなぜ周防大島に向かっているのかという話。
 震災をきっかけに都会から移住したという話。
 養蜂という仕事の話。
 島での暮らしの話。
 周防大島の人がいかに魅力的であるかという話。
 島の年寄りがいかに逞しいかという話。
 生まれたばかりの赤ん坊を育てるのが大変だという話。
 君と同じくらいの年頃には自分も悩んでいたという話。
 旅をした話。
 出会って助けてくれた人の話。

 あまり反応しないので、ちゃんと聞いているのか分からなかったが、僕はとにかく話した。
 青年はずっと静かだった。
 しばらくすると彼は話し始めた。堰を切って溢れ出る水のように話し始めた。
 中国の大学へ留学していた話。
 向こうで仲間と一緒に音楽をやって歌っていた話。
 人前で音楽を演奏することに興奮をした話。
 作詞家の松本隆が好きだという話。
 好きな女の子がいた話。
 自分が大学を中退してしまった話。
 日本に帰ってからの日々が苦しいという話。
 自分の父親が地元では有名な会社の経営者だという話。
 何もやっていない自分を責めるように、自衛隊へ入ることを勧めてくる父親の話。
 自分は自衛隊には入りたくないと思っているという話。
 目的地の福岡には友達がいるという話。
 そこへ行って友達と会いさえすれば、何かが変わる気がしているという話。

 青年は話ながら、ところどころでたくさんの涙を流した。
 メガネをとって、何度も涙を拭っていた。
 僕は相槌を打ちながら、ただ静かに彼の話を聞いていた。

 結局、僕たちは山口県ではなく広島県の宮島サービスエリアで別れた。
 僕が降りる出口の前で一番大きいサービスエリアがそこで、次の車を拾うには好都合だろうと思ったからだ。
 別れ際の青年はとても元気が良かった。涙はすっかり乾いていた。
「福岡へ行ってきます!」
 そう言った彼の声には、さっきまで無かった力強さがあるような気がした。

 あれから10年ほどの歳月が流れている。
 青年が今どこで何をしているのか知る由もないが、きっと元気にしているのだろう。
 そうであるといいなと思う。
 彼が好きだと言った松本隆の書いた歌を鼻歌で歌いながら、どこかの街角を歩いているかもしれない。
 それはきっとこの歌だ。

 街のはずれの背伸びした路地を散歩してたら
 汚点だらけの靄ごしに
 起き抜けの路面電車が海を渡るのが見えたんです
 それでぼくも
 風をあつめて
 風をあつめて
 風をあつめて
 蒼空を翔けたいんです
 蒼空を・・・

内田 健太郎

内田 健太郎
(うちだ・けんたろう)

1983年神奈川県生まれ。東日本大震災をきっかけに、周防大島に移住。養蜂家。「瀬戸内タカノスファーム」を主宰。2020年より、周防大島に暮らす人々への聞き書きとそこから考えたことを綴るプロジェクト「暮らしと浄土 JODO&LIFE」を開始。

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