人生に効く!医学古典の知恵

第17回

蓄財、発財、現世利益について

2026.07.16更新

 お金を儲けるということに、ちょっと罪悪感があったり、「悪いことをしないと大金持ちにならない」という感覚があったりしませんか? もしくは、お金は汚いものである・・・という考えだったり。日本人は金儲けに対してダークなイメージを持っている人、少なくないのではないかと私は感じています。

 日本のお正月は、家内安全・無病息災を祈願することの次に「商売繁盛」がくる気がします。しかし、台湾のお正月は「恭喜発財」が一番最初に来るんだそうです。「おめでとう!お金持ちになれますように!」という挨拶です。「新年快楽」じゃないの!? ・・・確かに、旧正月の中華街、恭喜発財と書かれている赤い紙があっちこっちに貼られてますね。

 台湾では「八」の数字が縁起が良いとされ、車のナンバープレートの8並びのものが高額で取引されたりします。これは「発財」の「発」と「八」が発音が似ているためだそうです。日本だと末広がりとして喜ばれていますが、それとは違うわけです。たいていの場合、意味のある数字とされるのは周易や陰陽・五行に関連した数なのですが、8はこういった民間発祥の縁起担ぎ、しかも、お金を儲けるというガッツリした現世利益に関連しているわけなのです。

 なぜ中国人が現世利益にこだわるのかというと・・・道教が関連しているのです。実は道教の世界観では、人間は死んだらほぼ全員地獄行きが決まっているようなものでして。なぜなら、人間、生きているだけで罪を犯すことがほとんどで、善行のみで死ぬまで暮らせる人なんて居ませんでしょう? そうすると、我々のようなフツーの人々は死後に冥府へ赴き、そこで裁きに遭って、多かれ少なかれ犯した罪と善行との釣り合いを見られて、悪行の方が多ければ地獄へ行ってお勤めが終われば転生、善行の方が多ければ天界へ・・・という形になっています。

 自信を持って言えますが、私は短期間だろうけど(いや短期間であって欲しい)地獄行きだろうと思います。だって悪行より善行の方が多いなんて口が裂けても言えないですもの。絶対悪行の方が多いはず。・・・というわけなので、古代中国人、「どうせ無理なんだから天界に転生するなんて不確かなことを求めるより、現世で思いきり楽しく暮らす方がいい」と考えていたようなのです。なので、現世利益は絶対に大切。そして、できる限り長生きをして死ぬのを先延ばしにしようと考えていたようなのです。不老長寿は無理でも、なんとかして長生きしようと。

 ですが。こういう文章が残されています。『史記』の一節、私たち鍼灸師の大祖先様である扁鵲のことが記されている『扁鵲倉公伝』にある文章です。

<扁鵲倉公伝>

・原文

使聖人預知微.能使良醫得蚤從事.則疾可已.身可活也.

人之所病.病疾多.而醫之所病.病道少.故病有六不治.

驕恣不論於理.一不治也.

輕身重財.二不治也.

衣食不能適.三不治也.

陰陽并.藏氣不定.四不治也.

形羸不能服藥.五不治也.

信巫不信醫.六不治也.

有此一者.則重難治也.

・現代語訳

病気は、できるだけ早い段階の小さな異変を見つけ、優れた医師がすぐに治療を始めることができれば、多くは治り、命を救うことができる。人が病(うれ)うのは、疾病の多さである。医者の病(うれ)うのは、病の道理がないということである。だから病には「六不治」がある。

一つ目は、自分の考えを過信して高慢で、人の忠告や医学的な道理に耳を貸さない人。

二つ目は、自分の命や健康よりも財産を惜しみ、必要な治療費をかけようとしない人。

三つ目は、食事や生活習慣が極端に乱れ、養生がまったくできない人。

四つ目は、病気が進みすぎて体の陰陽の調和が崩れ、五臓の働きも著しく乱れ、回復する力そのものが失われている人。

五つ目は、体力が衰弱しきっていて、薬を飲んだり治療に耐えたりすることさえできない人。

六つ目は、まじない師や祈祷師ばかりを信じ、医師の診断や治療を信じない人。

これらのうち一つでも当てはまると、治療は非常に難しくなる。

 二つ目に身を軽んじ財を重んじる、が出てきています。こういうのをみると「どうせ医者がぼったくるために書いてるんだろ!」と思うでしょう。でも、これをわざわざ書いてくるってことは、かなりケチる人が多かったということを示すと思いません? ・・・しかもこの時代にまともな医療を受けられる人となると相当な金持ちなんですよ。それがケチだという。それと、一番最後の医者を信じないでまじないを信じるもおそらくすごく多かったのでしょうね。

 なんかこう・・・このお金に対するスタンス、現代人にも通じるところがあるような。医者の言うこと聞かない・養生しない・病気になってもお金払うのはイヤ・スピ系は大好き・・・とか。「財を重んじる」なら、医者の言うことを聞いて養生して、よくわからないスピリチュアルに大金を積まないようにした方がお金は貯まる気がするんですが、意外と逆のことしますよね、人間って。

 ちなみに、お金を一気に失ってしまった人がかかる病が『黄帝内経 素問 疏五過論篇第七十七』に書かれています。

<疏五過論篇第七十七>

・原文

帝曰.

凡未診病者.必問嘗貴後賎.雖不中邪.病從内生.名曰脱營.

嘗富後貧.名曰失精.五氣留連.病有所并.

醫工診之.不在藏府.不變躯形.診之而疑.不知病名.

身體日減.氣虚無精.病深無氣.洒洒然時驚.病深者.以其外耗於衞.内奪於榮.

良工所失.不知病情.此亦治之一過也.

・現代語訳

黄帝は言った。

「まだ病気を診察する前に、まずその人が以前は身分が高かったが、今は没落してしまったのかを尋ねなければならない。

たとえ外から病気の原因(邪気)を受けていなくても、そのような人は心の傷から病気が内側で生じることがある。これを『脱営』という。

また、かつて裕福だった人が貧しくなった場合には、『失精』という状態になる。

こうした精神的な打撃が長く続くと、五臓の気の巡りが滞り、さまざまな病気が重なって現れる。

医師が診察しても、その病変は特定の臓腑に限られるものではなく、体つきや外見にもまだ大きな変化は現れていない。そのため診断に迷い、病名もはっきり付けられないことがある。

しかし時間がたつにつれて、体は次第にやせ衰え、気は虚し、精も失われていく。病状が深くなると生命力そのものが衰え、落ち着きを失って、ちょっとしたことにも驚いたり、おびえたりするようになる。

病が深刻になるのは、体の表面を守る『衛気』が消耗し、体の内側を養う『営気』まで奪われてしまうからである。

たとえ優れた医師であっても、この病気の本当の原因を理解できなければ治療を誤る。これが医師が犯しやすい第一の過ちなのである。

 以前はお金持ちだった人が財産を失った時のショックによってかかる病に焦点を当てて、これだけの長さで書かれていることが驚きです。当時の医者がいかにお金持ち専業だったかが窺い知れます。これよりも時代が降ると過剰な過労によってかかる病について「勞傷」と記されるようになってきます。特に諸病源候論には多数記載されています。

 ところで日本人がお金儲けにダークなイメージを持っているのは、おそらく仏教の世界観が浸透しているからではないかと私は考えています。神道では五穀豊穣・商売繁盛を願いますから、こちら由来の感覚ではないのは確かです。仏教では現世への執着を捨てるため、できるだけものを持たずに過ごし、お金をたくさん儲ける経済活動はやってはならないことと考えるのですが、これが現代人にもなんとなく浸透しているのであろうと。

 私も例に漏れずお金を儲けるのはよろしくないこととうっすら考えていた節があるのですが、これからは積極的に「恭喜発財」を叫んでいく所存であります! おめでとう! みんなもお金持ちになれますように!

若林 理砂

若林 理砂
(わかばやし・りさ)

臨床家・鍼灸師。1976年生まれ。高校卒業後に鍼灸免許を取得。早稲田大学第二文学部卒(思想宗教系専修)。2004年にアシル治療室を開院。予約のとれない人気治療室となる。古武術を学び、現在の趣味はカポエイラとブラジリアン柔術。著書に『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』 『気のはなし』 『謎の症状』(ミシマ社)、『安心のペットボトル温灸』(夜間飛行)、『決定版 からだの教養12ヵ月――食とからだの養生訓』(晶文社)など多数。

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