人生に効く!医学古典の知恵

第16回

お風呂に入る?入らない?

2026.06.17更新

 私は毎朝、「きょうの養生」という、その日の天気に基づいた体調予測とその対処法に雑感を混ぜ込んだ文章をアップしています。

 ここに頻繁に登場する文言に「バスタブに入ってくださいね」があります。シャワーではダメなんですよ。暖かいお湯に浸かって、体に水圧がかかる必要があるのです。これによって下肢にとどまっている体液を押し上げ、暖かさにより血液循環を促すことが養生につながります。シャワーは水圧がかからないのと、頭のほうが暖かく足元に行けば行くほど水温が下がり、温めたい下肢に温熱が適切に伝わらないのです。

 どうしてもシャワーだけで済ましたいなら、バケツを用意してそこにお湯を張り、足を突っ込んでシャワーを浴びてくれと言ったことがあります。こうするなら普通に風呂に入った方がいい気がしますが、バスタブにお湯を張るのが面倒でバケツ足湯+シャワーを選択する人も少なくないのです。そんなみんなが言うのは、「お湯を張っている間に寝落ちしてしまう」「あとでバスタブを洗うのが面倒」などなど。まあそうか、そうだねえ。

 東洋医学の考え方では、陽気は頭にあがりやすく、陰気は下部に沈みやすいので、人体の上は涼しく下は暖かくするとバランスがとりやすくなるのです。バスタブならそれが可能なわけです。そして、気・血・津液(体液一般のこと)が滞りなく流れることが大切なので、お湯に浸かって循環を促すことが大変役に立つわけです。

 とはいえ。古代中国にマイコン制御の自動でお湯が溜まって「お風呂がわきました♪」と喋るバスタブがあったわけではないですね。というか、カランからお湯が出るような仕組みすらなかったので、別の場所でお湯を沸かしてそれを浴室にある金属製のたらいに入れて体を浸すのが一般的だったそうです。上流階級の家には排水設備を備えたバスタブがあったのですが、たらいにはそんな機能はないので、人力で汲み出して捨てるしか無かったのです。

 入浴の頻度は儒教的に決められていました。もちろんこんなのは庶民には関係がないので守っていたはずがありません・・・庶民のお風呂事情に関してはほぼ記録がないのですよ。キャリア官吏は官舎に泊まり込みで働いており、礼記の記載に基づいて「沐浴のため」という名目で、5日に1度の頻度で休みを与えられていました。休沐・洗沐と呼ばれる休日です。とはいえ、5日に1度では匂うでしょう? 官舎にも湯浴みの場所は設えてあったそうなのですが、これがトイレのすぐ脇なのが慣例だったそうで・・・汲み取り式よこの当時のトイレ。超臭いところでささっとお湯をかぶるのが浴だったんだとさ。

『礼記』内則篇

父母唾洟不見,冠帶垢,和灰請漱;衣裳垢,和灰請浣;衣裳綻裂,紉箴請補綴。五日,則燂湯請浴,三日具沐,其間面垢,燂潘請靧;足垢,燂湯請洗。少事長,賤事貴,共帥時。

<現代語訳>

父母のつばや鼻水などの汚れを放置してはならない。冠や帯が汚れていたら、灰汁を用意して口をすすいでいただけるよう申し出る。

衣服が汚れていたら、洗濯を申し出る。衣服が破れていたら、針を通して繕うことを申し出る。

五日に一度は温かい湯を用意して入浴を勧め、三日に一度は髪を洗う支度をする。

その間でも、顔が汚れていたら温めた米のとぎ汁で顔を洗っていただくよう勧め、足が汚れていたら温湯で洗っていただくよう勧める。

年少者は年長者に仕え、身分の低い者は高い者に仕え、すべて礼の時節と秩序に従って行動するべきである。

 ここでわかることは、沐浴って別々の行為だったのね! ということですね。沐は髪を洗う、浴はお湯に浸かることを指しています。髪を洗う方が頻度が高かったってことよね。なので、こんなことも起こる訳です。

『扁鵲倉公列伝』

菑川王病.召臣意診脉.

曰.蹶上.爲重頭痛.身熱.使人煩懣.臣意即以寒水拊其頭.刺足陽明脉.左右各三所.病旋已.

病得之沐髮未乾而臥.診如前.所以蹶頭熱至肩.

<現代語訳>

菑川王が病気になり、臣(扁鵲のこと)が呼ばれて脈診を行った。

扁鵲は、

「気が逆上しています。激しい頭痛があり、身体に熱がこもり、胸苦しく落ち着かない状態です」

と言った。

そこで冷水で頭を冷やし、足陽明胃経の経穴を左右三か所ずつ刺鍼したところ、病はすぐ治まった。

この病は、髪を洗ったあと、まだ乾かないうちに寝たために起きたものである。診断法は先ほどと同じである。

気が逆上し、頭部の熱感が肩にまで及んでいたのである。

 ・・・洗い髪が乾かないうちに寝ると頭痛が発生すると。私は短髪のため基本髪を乾かさずに寝ていますが、頭痛持ちではありません。髪が濡れたままで寝ても病気になることはないはずです。

 この時代、髪を結い上げて簪を差してまとめるのが身だしなみだった訳なので、男性でも長髪です。もちろん、吸水性の良いタオルなんてない訳なので、平織りの布地で叩いて水を吸い取らせて・・・の繰り返しな訳です。ドライヤーだってありませんからね。なので、これは結構な量の水を含んで濡れた髪が肩にもかかるような状態で寝て風邪引いたんでしょうねえ・・・。こういう入浴に関する養生上の禁忌がいくつもあったようです。

『備急千金要方』

凡居家,不欲數沐浴。若沐浴,必須宻室,不得大熱,亦不得大冷,皆生百病。冬浴不必汗出霡霂。沐浴後,不得觸風冷。新沐髪訖,勿當風、勿濕縈髻、勿濕頭臥。使人頭風、眩悶、髪秃、面黒、齒痛、耳聾、頭生白屑。

饑忌浴,飽忌沐。沐訖,須進少許食飲,乃出。夜沐髪,不食即臥,令人心虛、饒汗、多夢。

又,夫妻不用同日沐浴。常以晦日浴,朔日沐,吉。

凡炊湯經宿,用洗體成癬、洗面無光、洗腳即疼痛,作甑畦瘡。熱泔洗頭,冷水濯之,作頭風、飲水沐頭,亦作頭風。

時行病新汗解,勿冷水洗浴,損心包,不能復。

凡居家,常戒約內外長㓜。有不快,即須早道,勿使隱忍,以為無若。過時不知,便為重病,遂成不救。

小有不好,即按摩挼捺,令百節通利,泄其邪氣。

凡人無問有事無事,常須日別蹋脊背四肢一度頭項。若令熟蹋,即風氣時行,不能侵人。此大要妙,不可具論。

<現代語訳>

およそ家では、たびたび沐浴してはならない。もし沐浴するなら、必ず閉め切った室内で行うべきであり、熱すぎても冷たすぎてもいけない。どちらもさまざまな病を生じる。

冬の入浴では、必ずしも汗を出す必要はない。小雨に濡れる程度の軽い発汗でよい。

沐浴の後には、風や冷気に当たってはならない。髪を洗い終わったばかりの時に風に当たってもいけない。濡れたまま髪を束ねてもいけない。

また、頭を濡らしたまま寝てはならない。

そうすると、頭風(慢性的な頭痛・めまい)や眩暈、気分不快を生じ、髪が抜け、顔色が黒ずみ、歯痛や難聴を起こし、頭に白いふけが生じる。

空腹時には入浴を避け、満腹時には洗髪を避けるべきである。洗髪後には少し飲食してから外に出るのがよい。

夜に髪を洗い、食事もせずそのまま寝ると、心気が虚し、汗が多くなり、夢を多く見るようになる。

また夫婦は同じ日に沐浴しないほうがよい。常には晦日(月末)に浴し、朔日(ついたち)に髪を洗うのが吉とされる。

およそ湯を炊いて一晩置いたものを身体洗いに使うと癬(皮膚病)を生じる。顔を洗えば艶が失われ、足を洗えば痛みや「甑畦瘡(そうけいそう)」という湿疹様の病を生じる。

熱い米のとぎ汁で髪を洗い、その後冷水ですすぐと、頭風を生じる。

また、水を飲みながら頭を洗っても頭風になる。

流行病で汗が出て解熱した直後に冷水浴をすると、心包を傷つけ、回復できなくなる。

およそ家に居る者は、内外・年長年少を問わず、少しでも体調不良があれば早めに言い出させねばならない。我慢して「大したことはない」と隠してはいけない。時期を過ぎて気づけば重病となり、ついには救えなくなる。

少し具合が悪い程度なら、すぐ按摩・揉捺をして、身体の関節や経絡の巡りをよくし、邪気を発散させるべきである。

人は、用事の有無に関わらず、毎日一度は背骨・背中・四肢・頭頸部を踏ませる(踏みほぐさせる)べきである。十分によく踏みほぐしておけば、風邪や時行病(流行病)は侵入できない。

これは極めて重要な養生の要点であり、とても詳しくは語り尽くせない。

 治療方法としての沐・浴もありました。「神農本草経」に入浴剤にすると良い生薬が挙げられています。

『神農本草経』

●茺蔚子.一名益母.一名益明.一名大札.味辛微温.生池澤.明目益精.除水氣.久服輕身.

莖.治隱軫痒.可作浴湯.

●爵牀.味鹹寒.生川谷.治腰脊痛不得著牀.俛仰艱難.除熱.可作浴湯.

●葱實.味辛温.生平澤.明目.補中不足.其莖中作浴湯.治傷寒寒熱.出汗.中風面目腫.薤.

治金創創敗.輕身不飢耐老.

●牛扁.味苦微寒.生川谷.治身皮瘡熱氣.可作浴湯.殺牛蝨小蟲.又療牛病.

●溲疏.味辛寒.生川谷.治身皮膚中熱.除邪氣.止遺溺.可作浴湯.

<現代語訳>

●茺蔚子(じゅういし)

別名を「益母」「益明」「大札」という。味は辛、性はやや温。池や沢に生える。目を明るくし、精気を補い、水気(水分停滞・むくみ)を除く。長く服用すると身体が軽くなる。その茎は、蕁麻疹のような皮膚のかゆみを治す。煎じて入浴剤(浴湯)にすることができる。

●爵牀(しゃくしょう)

味は鹹(しおからい)、性は寒。山谷に生える。腰や背骨の痛みで床に伏せていられないもの、前屈や仰向け動作が困難なものを治す。熱を除く。煎じて浴湯にすることができる。

●葱實(そうじつ)

味は辛、性は温。平地の湿地に生える。目を明るくし、虚弱で不足した「中」(胃腸の働き)を補う。その茎を浴湯にすると、傷寒による寒熱、発汗、中風による顔面や眼の腫れを治す。また薤(らっきょう類)は、刀傷などの傷口の悪化を治し、身体を軽くし、飢えに耐え、老化を遅らせる。

●︎牛扁(ぎゅうへん)

味は苦、性はやや寒。山谷に生える。身体の皮膚にできる熱をもった瘡(できもの・皮膚病)を治す。浴湯にすることができる。また牛につくシラミや小虫を殺し、牛の病気も治療する。

●溲疏(そうそ)

味は辛、性は寒。山谷に生える。皮膚内部の熱を治し、邪気を除き、尿失禁を止める。浴湯にすることができる。

 主に皮膚疾患を治すための入浴剤ですが、顔や目の腫れを直したり、尿失禁を止めたりもしています。しかし、葱實ってネギボウズじゃないかな。ネギ湯に入るのか。現代では良い香りのする入浴剤を気鬱を晴らすのに使うのですが、どうもそういった効果をもたらす生薬は治療目的で使われた形跡がない様子。

『養生月覽』には邪気払いとして香りの良い生薬を使っていた形跡があります。

正月十日人定時沐浴,令人齒堅。凡齋戒、沐浴、皆當盥沐五香湯。其五香湯法,用蘭香一斤、荊花一斤、零陵香一斤、青木香一斤、白檀一斤,凡五物切之,以水二斛五斗,煮取一斛二斗,以自洗浴也。此湯辟惡、除不祥氣,降神靈用之,以沐並治頭。(《雲笈七籤》)

 出典が雲笈七籤ですから、これは道教由来のスピリチュアルなものですね。唐代には香湯という美容目的の入浴剤があったそうなのですが、医学古典中にはどうやらない様子です。病に至った気鬱・気滞は香りの良い生薬を服薬することで対応していたようです。

 現代的なお風呂の効果は、深い浴槽と排水設備、いつでも温かいお湯が得られる給湯設備、機密性の高い浴室、吸水性の良いタオル類、煮出す必要がなく豊富な入浴剤などが各家庭に存在するからこそ得られるものでしょう。

 大昔は風呂を支度する方が漢方薬を煮出すよりも大掛かりだったため、気鬱・気滞なら服薬! だったのでしょうね。我々は風呂の方が簡単ですから、素敵な香りの入浴剤を使って遠慮なく風呂に浸かりましょう。げんきになるよ!

若林 理砂

若林 理砂
(わかばやし・りさ)

臨床家・鍼灸師。1976年生まれ。高校卒業後に鍼灸免許を取得。早稲田大学第二文学部卒(思想宗教系専修)。2004年にアシル治療室を開院。予約のとれない人気治療室となる。古武術を学び、現在の趣味はカポエイラとブラジリアン柔術。著書に『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』 『気のはなし』 『謎の症状』(ミシマ社)、『安心のペットボトル温灸』(夜間飛行)、『決定版 からだの教養12ヵ月――食とからだの養生訓』(晶文社)など多数。

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