犬のうんちとわかりあう

第3回

うんちは世界を吸いこんで

2023.09.18更新

 子どもが、とてもいいうんちをしました。寝床で思い浮かべると、安心した気持ちで眠りにつけるような、どっしりとしたとてもいいうんちでした。

 子どもを産んでからそろそろ2年、1000を超えるうんちを見ました。今まで私は、うんちは自分のものしか見たことがなくて(アクシデントで他人のうんちを見ることはありました。)、子育てとは、自分以外がしたうんちをめちゃくちゃ見ることなのだと知りました。

 とは言え、子どものうんちは、とても重要でした。まだ言葉をわずかしか獲得していない子どもは、体の具合が悪いことも、泣くことでしか私たちに伝えられず、うんちは、私たちが子どもの内側を知るための、重要な手段のひとつでした。子どもがうんちをした気配があったら、私たちはおむつを開け、うんちの状態を確認してからおむつを替えました。うんちの粘度はさまざまで、やわらかすぎるときは要注意でした。下痢状のときは確実に保育園を休ませなければなりませんでした。保育園を休ませると、私と夫は仕事が出来なくなりました。私たちの経済も、うんちがつかさどっていました。

 元気なときは、子どもは保育園に通い、私たちは自宅で仕事をしています。一日のうちの半分を違う場所で過ごしているので、その場所で、子どもがどういう心境や状態で過ごしているのか直接はわからず、保育士さんから聞く情報がすべてでした。帰宅後にその日の出来事を語れるようになるのは、もう少し先の年齢です。でもうんちは、常に子どもと一緒にいて、子どもの内側から子どもの世界を記録していました。私たちはうんちから、子どもがその日吸いこんだ世界を、少しだけ感じることができました。

 家に帰っていつもの時間にうんちが出ないときは、今日はなにか、緊張するようなことがあったのかもしれない、と思いました。水分が足りず、硬いときは、今日は暑かったから、汗をたくさん流したのかもしれない、と思いました。粒々がたくさん混じっていたときは、なんなのかよくわからず、保育園の献立を確認すると、おやつにとうもろこしが入ったパンを食べたからだ、とわかりました。おいしくて噛まずに食べたんだろうな、と思いました。

 子どもからは、一度たりとも同じうんちが出ることはなく、そのときの生活や、食べたものによって、見た目もにおいもタイミングもちょっとずつ違ううんちが出ました。休日には、私と子どものうんちから似たようなにおいがすることもあり、今日は同じものを食べてずっと一緒にいたんだな、と実感しました。

 これから、子どもは成長し、私たちに何かを伝えるために、言葉を使うことが増えていきます。そしてお尻も自分でふけるようになり、うんちは子どもだけのものになります。意思疎通がなめらかになるのはすごく楽しみなことではあるけれど、そこには、うんちが私たちに共有されなくなる寂しさも含まれているんだな、と思いました。

 言葉を使うということは、より深く伝えることができる便利さと、なんだか簡単に済ませられてしまうような変な便利さと、両方の感じがある気がします。そんな中で、うんちを通して世界を感じるということができなくなる寂しさも、きちんと底の方に携えながら生活を送っていきたいな、と思いました。

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三好 愛

三好 愛
(みよし・あい)

1986年東京都生まれ。 イラストレーター。ことばから着想を得る不思議な世界観のイラストが人気を集め、装画や挿画を数多く担当するほか、クリープハイプや関取花のツアーグッズなども手がける。著書に、エッセイ集『ざらざらをさわる』(晶文社)、『怪談未満』(柏書房)がある。ミシマ社が刊行する雑誌『ちゃぶ台』8号、9号、10号に「絵と言葉」を寄稿。

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