犬のうんちとわかりあう

第8回

うんちとの距離

2024.02.19更新

 子どもが、うんちと距離を取り始めました。

 言葉を覚えるにつれ、「うんち、でた」「うんち、でてない」と、自分とうんちの関係について状況を逐一知らせるようになったのです。それまでの子どもは、気づけば、うんちとともにありました。子どもからうんちが出てきた場合、本人よりも先に私たちがにおいに気づき、「うんち、したね!」と呼びかけてからおむつを変えるのが定番の流れで、それが私たちにとっても自然なことでした。その流れに、変化が起こっていました。

 「うんち、でた」と子どもがうったえてきても、おむつの中をのぞくと、うんちは出ておらず、おならかおしっこのことがほとんどで、うんちが出たふりをして、ふざけているのかな? と最初は思っていたのですが、ああ、うんちが出る、という感覚は、私たちが思っているよりも、ずっと難しいことなんだ、というのが、だんだんわかってきました。きっかけは、子どもが夫とお風呂に入っていたときのことで、私が台所で料理をしていると、子どもが泣き叫ぶ声がお風呂場から聞こえ、なんだ、どうした、と駆けつけたところ、浴槽にプラスチックのおもちゃとまざって、立派なうんちが浮いていました。たくさんのおもちゃの中にうんちがまぎれているシュールな状況に、「うんち、浮いてる」と私が笑いながら指摘しようとすると、夫が、「しっ、やめて」と私を静止し、そこで初めて子供の表情をよく確認したところ、おむつではないところで、うんちが出てしまったことに対して、ひどくショックを受けていました。私は、びっくりしました。

 私たちはそれまで、子どものうんちを子どもが生きていることの手がかりとして、扱っていました。なんというか、子どもから出たうんちのことも、子どもみたいに思っていて、子ども自身の延長なのだと、思っていました。だから、子どもが、うんちをして、ショックを受けている、という状況に、とてもびっくりしてしまいました。今までは、いつでもどこでもおかまいなしに出てくるのが、私たちにとっての子どものうんちでした。子どもにとっても、きっとそうでした。でも、いま出たうんちは、子どもの表情から察するに、本来出るべきではない場所で出たうんちなのだと、どうやら本人がわかっているようでした。

 私たちは、子どもを必死で慰めました。どこまで伝わるかわかりませんでしたが、大人でもうんちを漏らしてしまうことはあるのだと、抱きしめながら必死で伝えました。

 子どもは、自分のうんちを、自分の中から勝手に出てくるもの、から、自分の思うとき思う場所で出すもの、として変化させようとしていました。

 「出る」ものから「出す」ものへと、うんちと子どもの関係が、変わったように、私たちには見えました。

 このとき以降、子どもは、自分の中からうんちが出てくることに対して、より敏感になっていきます。

 「うんち、でる」と告げ、私の手を引きトイレへ行って、何回も何回も子供用の補助便座に座り直してはチョロチョロとおしっこをし、「うんち、でた」と笑顔で報告するときのはればれ具合は、それはうんちではなくおしっこなんだよ、と教えることをためらってしまうほどで、確かに人間には無数の穴があいていて、それぞれの穴から出すものっていっぱいあって、うんちもおしっこも本来の穴から間違えないで出す、ということがそもそもよくできているよなあ......と私は改めて自分の身体の感覚を振り返ったりもしました。

 内側から、未知の衝動がやってきて、それがおしっこをしたい気持ちか、うんちをしたい気持ちか懸命に見極め、対峙している子どもの様子を見ていると、その向き合い方の愚直さには目を見はるものがあります。これから先、この生きづらい世の中を通して、うんちとおしっこ以外にも、怒りとか悲しみとか喜びとか、子どもの中にはたくさんの衝動がやってくるはずです。いったいそれらがなんなのか、自分のどこからやって来てどこの穴から出すものなのか、いちいちこんなふうにじっくりと対峙して、大きくなっていけるといいんだけどなあなどと、日々、うんちを見ながら、思っています。

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三好 愛

三好 愛
(みよし・あい)

1986年東京都生まれ。 イラストレーター。ことばから着想を得る不思議な世界観のイラストが人気を集め、装画や挿画を数多く担当するほか、クリープハイプや関取花のツアーグッズなども手がける。著書に、エッセイ集『ざらざらをさわる』(晶文社)、『怪談未満』(柏書房)がある。ミシマ社が刊行する雑誌『ちゃぶ台』8号、9号、10号に「絵と言葉」を寄稿。

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