犬のうんちとわかりあう

第2回

おすしのおしり

2023.08.17更新

 一年くらい前のことだったと思います。近所のおすしが、まっすぐ走るようになりました。

 陸上で言うと、400mのトラックをぐるりと走っていたおすしが、100mの直線距離を走り抜くようになったイメージでしょうか。大手チェーンの回転ずし屋のレーンの仕組みが、回転レーンからストレートレーンへと変わったのです。もうおすしはまわらず、オーダーされたおすしが厨房からまっすぐに客の手元へ運ばれてくるとのことでした。コロナ禍にスマホのニュースでレーンの変貌を知った私は、さっそく店を訪れ、おすしの運ばれ方の違いを目のあたりにしました。

 私の家の近所には、徒歩圏内に三軒の回転ずし屋があります。どのお店も、それぞれの席に注文用のタッチパネルが備えつけられていて、レーンに流れているおすしを選ぶ、というよりは、オーダーしたおすしが流れてくるのを待つ、というやり方が主流です。エンターテイメント性のわずかな名残のような形で、あらかじめレーンに流されているおすしもあるにはあるんです。ただ、タッチパネルが浸透した今、なかなかそれを手にとる客はおらず、彼らはまるで野良のおすしのような哀愁を漂わせ、別に食べてもらわなくてもやっていけるし、と虚勢を張って回転レーンを何周かしたあと、客席の裏の厨房へと姿を消していくのでした。誰が食べるか決められたうえで生まれたおすしと、誰かの口に入るかすらわからない野良のおすし。おすし同士の格差に少し悲しくなる景色を、それまでの回転ずし屋では見かけることがありました。

 けど、そうなんです。ストレートレーンへと変化をとげたその回転ずし屋では、野良のおすしたちがさっぱり姿を消していました。まっすぐに、高速で流れるレーンには、これから持ち主が決まっているおすしだけが乗れるようになったのです。

 席についた私はまず、タッチパネルで「とろタク」を注文してみました。ピッ。店内、空いていたせいもあってかとろタク、ストレートレーンにのってあっという間にやってきました。おすしを注文した、というより、子犬を呼んだら駆け寄ってきた、という雰囲気です。とろタク、おいしかったのでもう一度注文しました。再び、キャンキャンと駆け寄ってきたとろタクを食べてみると、シャリッという歯応えがあり、少しだけまだ凍っています。凍っている。凍っていますが、なんで解凍されきっていないんだろう、と思ってしまうやるせなさはありませんでした。むしろ、呼んだからあわてて来てくれたんだね、よしよし、と心でおすしを撫でたくなるような愛嬌がありました。とろタクはもうやめましたが、私は、楽しくなって他のおすしも次々と手元へ呼び寄せました。

 自分のおすしを食べているあいだにも、かたわらを様々なおすしやサイドメニューがビュンビュン通り過ぎていきます。厨房近くの席にレーンの進行方向を向いて座っていたので、厨房から出てきたおすしたちが駆けてゆく姿が、とてもよく見えました。中トロも、炙りサーモンも、茶碗蒸しも、自分を求めてくれた人のもとへ、一目散に急いでいます。おすしのどちらが頭かおしりかを考えたことはありませんでしたが、私に向けているほうがたぶん、おしりでした。おすしたちは、きた道を振り返ることなど決してなく、自分を待ち侘びる人のもとへ、できる限りのスピードで駆けていました。そんな彼らの姿は、ひどく健気で愛らしく、とても、幸せそうでした。でも、その一方で、このうえなく無防備にも見えたんです。求められる愛に応えるためだけに駆けてゆくまっすぐなその姿は、邪な誰かから不必要な嫉妬さえされそうな気がして、これから先、彼らに不幸なことが起きないように、彼らの道行きを邪魔するなにかが現れないようにと、おすしたちのおしりを見つめながら、私は、そう願わずにはいられませんでした。

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三好 愛

三好 愛
(みよし・あい)

1986年東京都生まれ。 イラストレーター。ことばから着想を得る不思議な世界観のイラストが人気を集め、装画や挿画を数多く担当するほか、クリープハイプや関取花のツアーグッズなども手がける。著書に、エッセイ集『ざらざらをさわる』(晶文社)、『怪談未満』(柏書房)がある。ミシマ社が刊行する雑誌『ちゃぶ台』8号、9号、10号に「絵と言葉」を寄稿。

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