自分の地図をかきなおせ

第20回

冷房を考えなおした結果

2021.08.21更新

 気が滅入っている。体が重たくて、もう少しで地面にめり込んで身動きが取れなくなりそう。友達と会えない。どこかへ遊びに行きたいけど行けない。緊急事態宣言とやらは繰り返し延長され、行きつけの店は閉店したまま。好きなケーキ屋も潰れた。仕事が延期を繰り返していて予定が立たない。部屋が散らかったまま片付ける気も起きない。そのうえ連日、正気を失ったかのような為政者の言葉や、影響力のある人間による醜い差別発言、深刻な気候変動を伝えるレポート、信じがたい入管の状況に関する報道、メダルをかじるおじさんなど、バッドニュースのデパートみたいになっている。なにより悪化するばかりの新型コロナウイルスの流行を伝える報道に晒され続けている状態がつらい。おまけに最近の東京は信じられないほどの猛暑が続いたかと思えば、突然気温が下がって何日も雨が降り続いたりして、たまったものではない。未来に希望などひとつもないような気にさせられる。人間の文明はここで行き止まりであり、お前の生活もここが終着点だ。ここで時間は止まり、ここから先に進むことはないと、現実が囁いてくるようだ。皆がそれぞれに苦しい思いをしていると思う。僕たちは、一人一人がそれぞれの現実を生きる生活者であったはずだが、その各々の生活がコロナ禍という、社会的に共有された「現実」から直接影響を受け続けている。このままでは自信が失われてしまう。

 もう笑っちゃうほどお先真っ暗な雰囲気なので、この現実を相対化する自分の現実を立ち上げたかった。自分だけの実感と自信を取り戻したかった。今考えるとそんな動機にも支えられていたプロジェクト「広告看板の家」を7月の名古屋で行ってきたのでここに報告する。

 前回の記事でも書いたけれど、外壁に広告を掲げた家を作り、広告収入を使ってその家で暮らすというものだ。前回は水の気化熱を利用した自然冷房の家を作ろうと試行錯誤した結果、壁をテラコッタタイルにすればそこに水が沁みて蒸発することで室内を冷やすことができるという結論に至ったが、室内の湿度が高くなりすぎるという問題が浮上したところまで書いた。

 僕は東京で作った家を分解して軽バンに積み、73日に名古屋まで運び、四間道というエリアにあるNO DETAIL IS SMALL(このプロジェクトのスポンサーであり、敷地の提供をしてくれた矢田さん夫妻のお店である。以下NDISと書く)の軒先にて、4日から家を組み立て始めた。東京でもそうだったのだけど、僕は今回の制作において、ホームセンターなどで素人でも手に入れられる材料しか使わないこと、そして仕組みがわからないものは使わない(ソーラーパネルなど)というルールを定めた上で臨んだ。

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 単管パイプを使って足場を作り、その上に家を組み立てて固定する。家の中へは床から入る形にする。高床式にすることで地面からの熱が家を温めてしまうのを防ぐこともできるし、湿気対策にもなる。ここまで完成した時点(711日昼)ではまだ家の中では寝ておらず、NDISの二階に寝泊まりさせてもらっていたのだけど、テラコッタの壁がどの程度の冷房能力を発揮するのか試してみるためにホースで水を屋根と壁に撒いた。

 一時間半ほど放置して、屋外と「広告看板の家」の内部それぞれに設置した温湿度計を見た。

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外気温(日陰の温度)33.8度、湿度55%
室温28.7度、湿度80%

 なんと気温差5.1度! 素晴らしい。名古屋の暑さは凄まじいが、気化熱の自然冷房は夢じゃなかった。しかし湿度80%は少し高いな、もう少し落としたいな、どうにかせねばと思いながらNDISで一晩眠り、翌朝もう一度見てみたら

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外気温30.7度、湿度65
室温27.2度、湿度90

 昨日よりも湿度が上がっている。90%は高すぎる。ほとんどサウナのような環境で、床に開けた入口から室内に上半身を出しているだけで汗が噴き出してきて、居られたものではない。しかもこの翌日13日からこの家に住み始めることになっている。一刻も早く湿度をどうにかしなければ眠れない夜が待っている。気持ちが昂って眠れないとか、恋をして眠れないとかではなく、家の湿度が高すぎて眠れない夜が。

 それは良くないので対策を講じていく。世の状況がどうであろうと、私は私の湿気対策工事を粛々と進めていくのみであります、などと呟きながら、まずは床に珪藻土を塗る。珪藻土とは、中学の理科の教科書にも載っているプランクトンのケイソウの殻の化石を原料とした土で、室内の湿度が上がると吸湿し、下がると放湿することで人間にとって快適な湿度を保つという魔法の土である。ネットで買った珪藻土の粉を水で溶いてコテで塗る。人生初の珪藻土塗りである。普通は壁に塗るものだけど、テラコッタの壁に塗るわけにはいかないので床に。終わった頃には汗だくになっていた。

 これで多少は快適になるかと思われたが、さっそく問題が発生した。塗ったはいいが、全然乾いてくれないのである。翌13日朝になっても、指で触れると白い土がついてしまう。この上では眠れない。考えてみれば室内の湿度が高いので乾かないのは当たり前だ。しかも、仮に乾いたとしても珪藻土は無限に湿気を吸収してくれるわけではない。吸湿させるためには、放湿させなければいけない。例えば昼間に換気をするなどの工夫が必要である。でもこの家に窓はつけていない。こんな簡単なことも事前に予想できないのかと自分のアホさに呆れながらも、しかしどうしようもないのでとりあえず夜までに乾くことを祈り、この日はストッキングの屋根(前回記事参照)の上に農業用の黒いネットを敷き(東京の実験では天然芝を敷いていたが、近場のホームセンターに売っていなかったのでネットにした)、道路から見える高い位置に洗濯物を干す場所を作った。珪藻土を乾かすため、一時的にタイルを数枚外した。

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 食事をラーメン屋で、風呂を銭湯で済ませて、この家で過ごす初めての夜を迎えた。珪藻土はまだ乾いていないが、キャンプ用のマットを敷いて無理やり寝た。幸いにもそれほど熱帯夜ではなかった。曇っているが、少し夜空も見える日だった。

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外気温28.3度、湿度68
室温26.9度、湿度75

 26.9度とだけ聞くと涼しそうだが、苦しかった。家に入った直後は「辛い」と思った。しかも、自分という肉体が室内にいることで湿度は上がっていく。気がつくと82%になっていた。蒸す。暑い。寝られない。でもしばらく横になっていると、段々辛くなくなってきた。なぜなら「納得できる」からだ。自作した空間で寝苦しいということに清々しさがある。自分の活動に協賛してくれたスポンサーのお金を使って、自分で選んだ素材を買い、家を自作し、自分で寝ているのだから、この暑さは「納得」できる。そして僕はそこに「快適さ」さえ感じる。快適とはなんだろう。温度や湿度の調整によって実現するものなのか、体調の良さか。あるいは除湿機やエアコンや化学繊維などの高度な技術によって実現するものなのか。技術の発達と「快適さ」の関係とは何か。そんなことを考えているうちに時刻は120分になっていて、湿度は86%まで上がっていた。

 気がつくと眠っていたのだけど、翌朝520分に目の前の道路をトラックが通る音で起こされた。耳栓を買わなくては、と思った。温度計をみると

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外気温26.4度、湿度71
室温27.2度、湿度88

 これではサウナだ。外よりも暑いし、湿度も高い。なんとかしなくてはいけないのでいくつか作戦を立てたのだが、14日はその材料の買い出しと来客対応に丸一日を要し、15日に工事を進めた。

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 焼石に水であることは間違いないのだけど、まずは気持ちが変われば良いと思って竹炭の除湿剤と、重曹を瓶に詰めたものを室内に置いた。除湿には炭がいいんじゃないかという人からのアドバイスもあった。

 それから家の外観を完成させるために、既存の雨樋から水を引く樋を作った。こうすることでNDISの屋根に落ちた雨水を「広告看板の家」の屋根に落とすことができ、その水が壁に伝わって冷房効果を発揮してくれる。

7152330分(就寝時)
外気温25.9度、湿度82
室温24.9度、湿度92

 やはりこのサウナのような環境では、竹炭や重曹の効果は期待できない。気温が24.9度でも、湿度92%では汗だくである。おまけに窓もないので室内は完全に無風だ。風の流れがないことがこれほど辛いとは知らなかった。到底眠れたものではなさそうだけど、この日も僕は気がつくと眠っていた。体がこの多湿の環境に慣れてきているのかもしれない。東南アジアの国にいるような気持ちになっている。もう少し後になってからの話だけど、僕の家を訪ねてきたある人が僕の家に入るなり

「なんかバカンスに来てるような感じですねえ。東南アジアが好きでよく行くんですけど、これはラオスあたりの感じですね。ラオスの昔ながらの高床式の家にいる感じです」

 と言った。バカンスという言葉選びが素敵だ。僕は名古屋にいながらバカンスに来ている。こんな灼熱の都会でもバカンスは作れるということだ。

 翌16日、僕は別件の原稿の締め切りがあったのでカフェなどに籠る必要があり(バカンスに来ているのに)、家の工事を進めることができなかった。そして17日、ついに窓をつけた。

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 道路から見えない位置で、かつ風が通るように西側と北側の壁に高低差をつけて一つずつ窓を開け、防虫ネットをつけた。おまけに近所の松川屋という、よく喋るおじさんが店主の古い店が提供してくれた風鈴もぶら下げた。それからホースで水をやって、4時間後の温度

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外気温27.5度、湿度72
室温26.3度、湿度80

 湿度は多少マシになってくれたけれど、外との温度差が小さくなってしまった。しかし風が少し入るようになった。これだけで全然違う。これはぐっすり眠れそうだ。そして気がつけば約一億円と約千五百万円を、学校で行われているレクリエーションのビンゴ大会か何かで当てる夢を見ていた。リアルな実感があったので、僕は夢の中で「夢じゃなくて嬉し~」と思ったが、夢だった。

翌朝7189時00分
外気温32.0度、湿度57
室温29.0度、湿度78

 起きた時はとても清々しくて、これなら日中もいられるかもしれないと思った。

 ここから数日間僕は、表札をつけたり、ポストをつけたり、「ジーアポット」と呼ばれる植木鉢の冷蔵庫を作って改良したり、映画を見たり、遊んだり、お客さんに説明したり、洗濯したり、お風呂に入ったり、夢を見たりと忙しく過ごした。ある日家の棚から、10日以上前に買って開けたまま放置していたかりんとうの袋が出てきて、「あ、家みたいだ」と嬉しくなった。そして725日に家の快適化工事が大きく進んだ。人からのアドバイスを受け、「気密シート」と呼ばれるものをホームセンターで買ってきて、家の内壁(つまりテラコッタタイルの室内側)に貼った。

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 このシートは水気を通さない。通常は結露を防止するために住宅の壁の中に入れるものである。僕の家はテラコッタに沁み込んだ水が蒸発する気化熱によって冷えるようになっている。それが室内にも蒸発してしまうから湿度が上がってしまうのであって、室外だけに蒸発するようにできれば、湿度を上げずに温度を下げることができる。そのために、水気を遮断するシートを内側に貼る。これが大成功だった。

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外気温28.9度、湿度67%
室温26.9度、湿度71

 湿度差が4%まで下がった。僕は結果が出たのが嬉しくて思わず一人で「ヤッター」と呟いた。ついでにネットで、小さなモーターと電池ボックスとプロペラを買って、単三電池で動く超小型扇風機も設置。これでもう我が家は快適以外のなにものでもなくなった。

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 この日からはもう自分の家で眠るのが楽しみになった。726日の日記にこの時の気分が書かれているので引用する。

夜、タイルを頭につけたほうが冷たくて気持ち良いことに気がつき、枕の位置を南西から北東へ変える。家の中に横になったとき、外の湿度がそれほど高くないおかげということもあるが、とても快適だった。自分で考えた仕組みの冷房の家を、協賛者のお金で、自分の手で建て、その中に寝ていることを思うと、手に取って眺めることができそうなほど濃い輪郭のある「幸福」を感じた。快適で、すごく幸せだと思った。みんな信じていないが、この家は快適だ。住んでいる僕当人が快適なだけじゃなく、誰かがここを訪ね、家の作りを理解することによって、普段はそれほど考えない家の作りそのものについて一緒に考えられるのが良い。壁に窓の穴開けたほうがですよね、とか、そういうことをみんなが口にする。このプロジェクトが媒介となって。

 快適さは幸福と結びついていた。僕はこの時本当に幸せで、ひとりでにこにこしていた。この幸福感のもとは主に以下の二つだと思われる。

1.使われている技術に透明性があること

 冒頭にも書いたが、今回のプロジェクトで僕は「仕組みがわからないものは使わない」というルールを決めた。自分で直せないものは使わない、と言い換えてもいい。使っているのは水の気化熱という現象だけだ。その現象を理解して自分の手である程度コントロールするところまで「練習」を繰り返したことも重要だった。ある仕組みをまずは頭で考え、次に一定時間以上実際に手を動かして作ってみることで、その仕組みのトリックがなんとなくわかってくる。頭で理解すると同時に手と体でも覚える。ある程度頭で考えて、ある程度手でも考え、そしてまた頭で考えるというサイクルが必要だ。そうやって机の上と現場を往復しながら、同時に「素人であること」から離れすぎないこと。これが「技術の透明性」につながる。

2.色々な人の知恵の結集によってこの構造に至ったこと

 この生活の目標は「家を快適にしたい」というシンプルなものだった。なので人が介入する余地があった。それはほとんどの人が普段から考えていることだから。このプロジェクトは人々の「ささやかな生活の知恵」を、家の構造そのものに当てはめていく行為の連続だった。造園業者の人からは「除湿するには大谷石もいいんじゃないか」と言われたし、窓を開ける前は何人もの人から「窓は開けたほうがいい」と言われた。今回は気密シートを使ったが、後にある建築家の知人から「アルミホイルでもいけるんじゃないか」という意見をもらったし、和紙を使ったらどうかというメールをくれた人もいる。特に除湿については誰もが人生のどこかで考えてきたことなので、みんなで話ができる。電気を使わずに冷房を自作したい僕がいて、その実現のためにどうしたらいいか、普段フロンガスを使った冷房を使って暮らしているみんなで考えるという楽しさがある。

 僕が人々の助言を聞きつつ家を作り、その技術を公開しながら生活する。その費用はそして、このプロジェクトに協賛するスポンサーからの広告収入で賄われている。僕はこの作品を通して、どこまでも無限に広がるこの資本主義社会の中に、おぼろげな「輪郭線」を作りたかった。

 僕はすっかり快適になった自分の家で、82日まで過ごした。最終日は晴れてカラッとした気候だった。14時に家に水をやって、2時間でどのくらい温度が下がるか見た。

82
14:01
外気温34.9度、湿度53%
室内温度32.9度、湿度59%

15:54
外気温35.0度、湿度52%
室温31.7度、湿度61%

 外気温は2時間前とほぼ同じだが、室温は1.2度下がっている。1.2度下がるのに2時間かかる。この遅さが愛おしい。この家は植物みたいだ。社会的な人間の生活スピードよりも遅い世界で生きている。この家の中に住んでいると、普段の生活の方が速すぎるんじゃないかと思わせられる。しかし、それでも31.7度は高温である。日中滞在するのには無理がある。でも対策は考えられる。壁の面積を増やせば冷房能力は向上するだろう。ここまでやってきたので、それには確信がもてる。次に同じことをやるとしたら、もう少し壁を大きくすればいいのだ。

822334分(この家での最後の就寝)
外気温30.3度、湿度71%
室温28.7度、湿度73%

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 僕は三週間この家で寝泊まりしながら、名古屋の街中に暮らしてきた。コインランドリーで洗濯し、コンビニや自販機で飲み物を買い、喫茶店で電子機器の充電をし、ご飯を食べ、銭湯で風呂に入る。銭湯が閉まる時間になってしまったらネットカフェでシャワーを借りる。家では粛々と工事に励む。家ではジーアポット冷蔵庫や、アルミホイルと段ボールでソーラークッカーも試作し、太陽光で温めたお湯を使ってご飯と味噌汁を作ったりもした。行動範囲がとても狭い上に、「家」のことしかやっていない。僕はスポンサーからのお金で、ただ生活を頑張ってこなす、いわば専業主夫であった。

 こんな事故もあった。緊急用のトイレとして家の中に空のペットボトルを常備していたのだけど、ペットボトルにした小便をお茶と間違えて飲んでしまったりもした。しかも2回。不思議なもので、ボトルを手に取りキャップを開け口に近づけた時点で「これはお茶ではない!」と頭では気がつくのだけど、手と口はすでに「飲む」というモーションに入っているので、止められずに口に入れてしまう。

 体に汗をかかせた状態のまま放置しておくと、汗の体温調節機能が下がるという発見もあった。皮膚になんらかの目詰まりが起きて、水分が気化しにくくなるのが原因ではないかと踏んでいる。また暑い風呂と水風呂に交互に入ることで自律神経が活性化するのか、体調が良くなり、それも「快適さ」につながるということもわかった。快適かどうかは温度や湿度だけで決まるわけではない。人間の感覚の深淵を覗くような三週間だった。

 僕の7月の現実は上記のようなものだった。最後に自分なりの現実を残すため、下のような地図を描いた。僕が名古屋で過ごした時間と空間が詰まっている。

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「広告看板の家」は、以下の方々の支援によって敢行されています

<協賛>矢田義典建築設計事務所, NO DETAIL IS SMALL・大久手計画工房 佐々木敏彦・道家洋建築設計事務所・()南川祐輝建築事務所・植村産業株式会社・グラストップ株式会社・不動産事務所大創・CHANNEL ORIGINALMORI YU GALLERY・夕書房・電気羊 Electric Sheep Design・箱屋・文房具朝食会@名古屋・わざもん茶屋・井上悠紀・棟田響・川村庸子・Gallery HAM・野中祐美子
<技術協力>池上靖幸(株式会社イケガミ)
<
制作協力・チラシデザイン>内田涼
<敷地提供>矢田義典建築設計事務所, NO DETAIL IS SMALL

村上 慧

村上 慧
(むらかみ・さとし)

1988年生まれ。2011年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。2014年より自作した発泡スチロール製の家に住む「移住を生活する」プロジェクトを始める。著書に『家をせおって歩く』(福音館書店/2019年)、『家をせおって歩いた』(夕書房/2017年)などがある。

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