自分の地図をかきなおせ

第19回

冷房を考えなおせ

2021.06.28更新

 気がつけばこの連載も19回目になっている。信じられない。ここ1年はコロナ禍の影響で隔世の感があり、19回という時間の積み重ねに現実味がない。連載をしていなければ、僕の1年間は雲散霧消していたに違いない。みなさん本当にありがとうございます。

 ずいぶん昔のことのような気がするのだけど、この連載の初回は「暖房を考えなおせ」というタイトルだった。冬の札幌において、自作したテントの中を暖めるのに電気や火を使わず、落ち葉の発酵熱を使う試みについて書いた。何度か書いている通り「広告看板の家」というプロジェクトの一環なのだけど、実はこのプロジェクトで冬の暖房だけでなく、夏の冷房も自作できないかと、ここ1年ほどずっと考えていた。今年の夏に名古屋で「広告看板の家」を行うことが決まっていたので、そこで作る「家」を冷やしたかった。しかし良い方法が思いつかなかった。冷房は暖房を作るよりも難しい。発酵熱の例がわかりやすいけれど、生命は熱を作り出すようにはできていても、「冷やす」という活動は基本的に生命維持にはマイナスなので、生き物の力は借りられない。その上太陽光や自分の体温など、世界には熱源が溢れている。でも何か方法はあるはずだと思っていた。そうしたら今年の春先ごろ、ウェブ上でたまたま「ジーアポット」という、ナイジェリアで考案された電気を使わない冷蔵庫についての記事を目にした。陶器質の植木鉢の中に、それよりも一回り小さな植木鉢を入れ、その間に砂を詰め、水を入れて蓋をし、屋外で放置しておくと、中の水が蒸発して植木鉢を冷やし、結果的に内部の温度が下がるという。要するに水の気化熱を利用した冷蔵庫である。濡れたまま風呂場から出ると寒く感じるアレだ。ついに冷房のアイデアを得たと思った。

 そして僕は先月から東京のアトリエで、今年もきっちり活動を始めている蚊の軍団と戦いながら実験を始めた。要するに陶器質の板で壁を作り、そこに水をしみこませて蒸発させられれば良い。

 幸いにも名古屋で一緒にプロジェクトを進めている人が陶芸用の電気釜を持っているということで、最初はテラコッタの陶板を自作してみた。テラコッタ粘土を買い、短く切った単管パイプを伸ばし棒代わりに使って、30センチ角の板にする。これを乾燥させて電気釜で焼成すれば陶板ができあがる。

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 しかし板状に伸ばすのが、予想を超えて重労働であった。一枚作ったころにはもう汗だくになっていた。これで壁を作るには、これを何十回も繰り返さなければならない。面倒臭い。それによく考えたら、電気を使わない冷房を作ろうとしているのに、その材料作りに電気釜を使うのはおかしいじゃないか。ということで陶板の自作は諦めた。

 自作が面倒なら既製品を使うしかない。インターネットでタイル販売業者を探し、釉薬を塗っていないテラコッタタイルの取り扱いがあるか問い合わせた。釉薬が塗られていると水を遮断してしまうので、タイルに水が沁みない。一種類だけ扱いがあるというので、試しにそれを十二枚買い、実際に作るサイズの20分の1ほどの箱を作って実験した。

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 底には断熱材を敷き詰め、中には部屋に見立てた木箱を入れ、タイルとの間に砂を詰めて水を入れ、最後に断熱材で蓋をする。冷やすことを第一に考えれば、底の断熱材も木箱もタイルの方が良いのだろう。しかし人が入れる実物大の大きさでこれを作った時の総重量を考えると、できなかった。テラコッタタイルは重すぎる。六枚で24キロある。全てタイルにすると600キロくらいになってしまう。今まで基本的に軽いものばかり作ってきたので、重いというだけで抵抗があるのかもしれない。軽いほうが施工も楽だし、これで冷えてくれたら最高じゃないか。

 しかし結果は微妙だった。1時間ほど放置したのだけど、外気温27度に対して木箱内の温度は26度までしか下がらず。やはり木が断熱材になってしまい、タイルの冷却が室内まで伝わらないらしい。やはり中もタイルにしなければダメなのか。でも重いものにしたくない。

 そこで次に考えたのが、砂を使うのもやめて、普通にタイルだけで壁を作り、そこに水を染み込ませるというタイプのもの。見た目はもうただのタイルの箱だけれど、この壁面に水が継続的に落ちてくれれば良い。その方法は後で考えることにした。温度計を入れて日差しに置き、3時間ほど放置した。すると外気温27度に対して、24度までは冷えてくれた。15度くらいまで冷えてくれると嬉しいなと思っていたのだけど、「ジーアポット」は外気温が高く日差しが強いほど冷却効果も高まるらしいので、外気温27度程度ではこのくらいなんだろうと思うことにして、この方法で実制作に入る。そのためにテラコッタタイルを合計54枚買った。重量は216キロ。軽バンで運べる重さである。

 フレームは木材で制作した。防水のためにニスを塗ってある。そこにプロジェクトに協賛してくれているスポンサーのロゴをシルクスクリーンで印刷(シルクスクリーンの版はインターネットで手軽に注文できるし、インクも大きなホームセンターに行けば売っている)したタイルを入れていく。細い角材でタイルの両辺を挟む形である。幅1センチの細い材で挟んでいるだけなので、タイルがフレームから落ちないかと心配した。買ってきたものが細すぎた。しかしこのタイルは既製品ながら、一枚一枚焼いて作っているので、それぞれの形が少しずつ違う。その一つ一つの歪みが幸いして、結果的に出来上がった壁はがっちりと固まってくれた。一つ一つの形が違うことで全体が強くなるなんて、なんだか示唆に富むなあと思いながらタイルをはめていった。

 次に屋根の小屋組を作り、厚さ5.5ミリのベニヤ板を貼り、防水のために少し厚手のブルーシートを載せる。幅1.5メートル、奥行き1.2メートル、高さ1.8メートルの箱ができた。あとは壁のタイルを水で濡らす方法を考えるだけだ。まずは雨水を壁のタイルに伝わせる方法から考えたい。できれば屋根に降った雨水が一定時間水を溜めて、すこしずつ壁に落ちるようなものにしたい。かつ見た目も可愛くしたい。などと思っていた今月の初旬にスポンサーの人から、建物の屋上緑化事業をやっている会社の社長がこのプロジェクトに興味を示しているという連絡をもらった。その会社は東京にあるということで早速会ってきた。

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 そこで聞いた話を元に制作したのがこのソーセージのような物体である。3年前に釜山の海鮮料理屋で見た「ユムシ」に似ている。ストッキングを切ったものに「アクアソイル」という細かい石を詰めたものだ。アクアソイルという素材は、その屋上緑化事業の会社が開発したものだけど、ホームセンターの園芸コーナーに売っている「パーライト」でも代用できる。アトリエを共同で借りている他のメンバーからは「村上がストッキングを大量に買い込んできて、気持ち悪いものを量産している」と笑われた。

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 話がすこし逸れるけど、ドラッグストアでストッキングを買い占めるという経験は刺激的だった。ストッキングを10袋以上持ってレジに並ぶのは恥ずかしかったけれど、店員さんが淡々と会計処理をこなしてくれたので救われた。ストッキングというものはタイツと違い「デニール」という単位がないことや、女性がスーツを着る時に"足を綺麗に見せるために"履くものであることを初めて知った。決して安くない商品なのだけど、履かなければ就活などでは怒られるらしい。いまいち意図がわからない風習だけど、履かないと怒られるなら支給されるべきだと思った。

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 このユムシのような物体を屋根に敷き詰めていく。これによって屋根の上に多少は水が蓄えられる。加えて、屋根から落ちてくる水をタイルに伝わせるためのアルミ板を取り付ける。アルミ板はホームセンターで厚さ0.4ミリのものを買ってきた。あまりにも肉肉しい姿になってしまったので、この上に芝生を敷くことにした。

210626-7.jpeg これが現在の姿である。あれほど肉肉しかったユムシがぷにぷにと美味しいそうな質感を醸し出し、良い感じに仕上がった。

 これが出来てから数日間雨が続き、中の温度を測ることができなかったのだけど、つい数日前に日差しが出る日があったのですかさず水を屋根に撒き、温湿度計を持って中に入り、3~4時間ほど過ごしてみた。3時間ほど経つと外気温26.8度に対して、室内の気温は25.6度だった。曇り空で涼しい日だったので気温差はそれほど大きくなかったけれど、第一段階としてはまずまずの出来だと思うことにした。

 しかし新たな問題に気がついた。湿度が高すぎる。外が湿度67パーセントに対して中は95パーセントまで上がっていた。考えてみれば、水を蒸発させているので蒸すのは当たり前だ。いくら温度が低くても、湿度が高ければ暑く感じることがよくわかった。外に出たときに思わず「はあ、涼しい」と呟いてしまった。

 なので、次に考えなければいけないのは除湿である。実験の舞台を東京から7月の名古屋に移し、このプロジェクトは続く。まずは珪藻土を床に塗り、屋根の作りをもう少し工夫して除湿を試みることにしている。

 すっかり冷房の話ばかりになってしまったけれど、そもそもこの「広告看板の家」は「広告費を使って、看板の中で生活する」というものである。経済活動と体の関係について考えるためのプロジェクトである。体の価値を確認する場所にしたい。僕の体は日頃から社会の原動力として、経済を回しているはずだ。原動力は体の他にはない。この体が食べ物を食べたがることや、暑いとか寒いとか感じることによって経済活動が作動する。「暑い」と感じることがエネルギーになるのだ。暑いと感じることも、お腹が減ることも「コスト」ではない。この自信をちゃんと持ちたい。持ちたいのだけど、都市で生活していると身の回りで商品の顔をして鎮座しているのは情報ばかりで、体の存在感が薄い。コロナ禍の影響で少しは存在感を取り戻してきたかと思っていたら、いま再び情報の攻撃に押されているような気がする。身近なところから反撃を試みたい。

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 からだの存在感を高めるため、スポンサーのロゴを服やバッグなどに印刷したもの。「広告看板の家 名古屋」で生活している間はこれらのアイテムを身につける。

村上 慧

村上 慧
(むらかみ・さとし)

1988年生まれ。2011年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。2014年より自作した発泡スチロール製の家に住む「移住を生活する」プロジェクトを始める。著書に『家をせおって歩く』(福音館書店/2019年)、『家をせおって歩いた』(夕書房/2017年)などがある。

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編集部からのお知らせ

村上さんが名古屋で行う「広告看板の家」プロジェクトに合わせて、トークショーが開催されます。

「村上慧 広告看板の家@名古屋」
場所:NO DETAIL IS SMALLの前庭にて
会期:2021年7月13日〜8月2日まで
特別企画:村上慧トークショー「快適広告生活についてのこと」

お申し込み・詳細はこちら

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