自分の地図をかきなおせ

第9回

参加予定だった芸術祭が中止になった話

2020.08.24更新

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 アトリエの庭で育てていたじゃがいもを先日収穫した。初めての栽培だったので慣れないことも多くて、まず庭の面積に対して種芋を多く買いすぎていた。その結果株の間隔が狭くなり、1本1本への日当たりが悪くなり、それが影響したのか草丈が150cm近くまで成長してしまった。そして、最初の時点で「芽かき」をもっとやっておくべきだった。せっかく生えてきた芽を摘んでしまうなんてかわいそうで、なかなかできないのだけどこれを怠ると芋が小さくなってしまうらしい。

 獲れた芋は小ぶりなものが多かったけれど、それでも嬉しい。立派な東京産の男爵芋である。じゃがいもは一度植えたら水やりをしなくていい。できた芋が地表に出てしまって日光に当たらないようにする「土寄せ」だけ気を付けてやればいいので、手間があまりかからない。来年以降、仮に移動が今ほど制限されなくなり、滞在制作でアトリエを空けることが多くなっても続けてみようと思う。もしかしたらまた実ってくれるかもしれない。

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 同じく庭で育てているバジルとローズマリーと、市販の有機ニンニクを電子レンジで乾燥させてハーブソルトも作った。アトリエの他のメンバーが作った「草乾かし装置」を借りてバジルを1日干し、刻んだニンニクと一緒にキッチンペーパーに挟んで電子レンジにかけて(20秒ずつくらい様子を見ながら)、指でつまむとパラパラと崩れるくらい乾燥させる。すり鉢でごりごりと細かく挽いて塩と胡椒と混ぜる。

 このハーブソルトとジャガイモを、札幌、山梨、金沢、名古屋の知人に、それぞれの庭で収穫されたじゃがいもやトマトと交換する形で送った。自分で作った作物を人と交換するのは面白い。お金がなくても経済は回せるのだ。

 新型コロなんとかウイルスの流行によってアトリエに閉じ込められなければ、このじゃがいもやハーブソルトが生まれることもなかっただろう。栽培したものを近所の人に分けたり、逆にトマトをもらったりもしたのだけど、そういうことも起こらなかったと思う。部屋で机に向かう時間も増え、その結果小説が一つ生まれたりもした。文を書くことに飽きない自分を発見することもできた。

 昨年の今とは違う世界を生きている。移動することが難しくなり、6月に予定していたモンゴルでの滞在制作は無期限の延期に、9月に参加予定だった「奥能登国際芸術祭」延期に、12月の「札幌国際芸術祭(SIAF)」は中止になった。

 一応アーティストという肩書きで活動している僕としては、芸術祭だったり、美術館だったり、ギャラリーで行う「展示」が主たる発表先なので、事態はそれなりに深刻だ。時間をかけて練り上げてきたプランを人に見てもらえなくなるのは悲しいことだし、収入が減るという現実的な問題もある。

 最近はそれほど目立たなくなってきたけれど、少し前から芸術祭と呼ばれるものが大量に生まれては、泡のように消えていくということが日本中で起こっていて、「地域を活性化」し「芸術家に発表の機会を与える」という大義名分の元で特に美術が好きでもない行政の思いつきに作家が翻弄され、利用されるという問題があり、それはそれとして考えなければいけないのだけど、少なくともまともなディレクターや事務局のチームで運営されている芸術祭で発表するのは、何かやりたいことがある作家にとっては、予算と場所が与えられる上に、成果を人に見てもらえるので大切なことである。

 しかし発表先が中止になろうが延期になろうが、日々制作をするという毎日のサイクルは何も変わらない。僕は発表の機会があるから制作をしているわけではない。この世界の全ての美術館が閉鎖され、展示する機会が奪われても、全ての本が出版停止になっても、制作は続けるだろう。それが芸術というものだと思っている。

 この半年間の新型コロなんとかウイルス騒動のなかで、政治家の「芸術は人間に必要不可欠だ。だから政治は芸術の営みを止めてはならない」という趣旨の発言を何度か見かけた。まあそれはその通り、わざわざケチをつける必要は無いのかもしれないけれど、この言い方には少し違和感がある。なんと言うか芸術が、「美術館」や「芸術祭」の中に存在していると勘違いしている気がする。芸術はそういうものの中にはない。美術館などは倉庫みたいなもので、芸術が営まれた後のモノが集められているだけだ。「術」という名が指す通り、制作はそれぞれの現場で勝手に行われている事だ。政府という機構が生まれる遥か昔から存在しているこの営みが、政治の如何によって止まってしまうなどと思わないで欲しい。

 この「芸術が生活に必要か」という問いは、「秋刀魚は生活に必要か」「蝉は生活に必要か」みたいな議論に似ていて答えようがない。そもそも問いの立て方に無理がある。秋刀魚も蝉も、必要か否かにかかわらずこの世界に存在している(今のところ)。日本は文化予算が少なすぎるからもっと増やすべきだと思うし(僕はキャッチできる範囲で予算を増やせという署名には参加しているし、そういう活動に時間を割いてくれている発起人の人たちを尊敬している)、非常事態の時は文化芸術関係者に限らず全ての人に補償をするべきだと思う(僕も「持続化給付金」をもらった)けれど、それは制作者としての人間が生きている社会的な枠組みの問題であって、芸術自体をどうこうするという話ではない。

 札幌国際芸術祭は中止になったけれど、僕は予定していた「広告看板の家 札幌」のプロジェクトを実行するべく準備をしている。自分でも驚くほど平常な気持ちで、中止が決まる前と同じように進めている。

 僕が札幌の芸術祭に参加することになったのは、「広告看板の家」というプロジェクトをなかなか市井の現場で実現することができず、芸術祭の力を借りようと思って知人にディレクターを紹介してもらい、プレゼンしに行ったら面白がってくれて「やってみよう」ということになった経緯がある。もともとは「広告看板を作り、その看板の中で広告収入で生活している様子を展示したい」という単純なアイデアだったこのプロジェクトが、事務局との話し合いや札幌の下見を経て、雪と寒さが厳しい冬の札幌という条件をむしろ味方につける方向性に進化していった。落ち葉の発酵熱を暖房にしたり、雪を断熱材として使ったり、看板のLEDだけは太陽光発電で光らせるなど、こうしたアイデアが生まれたのは、芸術祭の事務局やディレクターの天野さんとの話し合いの影響が大きい。

 中止になったからといって、この連載第2回でも書いた実験によって生まれた札幌の人間関係が消えるわけではない。美術館と同じく芸術祭も一つの枠組みにすぎないものだし、運営側もそんなことは承知の上で企画している(と思う)。なのである意味では、祭を中止にせざるを得なかった彼らの無念を晴らすためにも僕は準備を進めている。敷地を探すところからやり直さないといけないし、芸術祭からの予算がなくなってしまったので全ての資金を自己調達する必要があり、スポンサーをもう少し集めなくてならず、実現は来年になってしまいそうだけれどやる気満々である。

村上 慧

村上 慧
(むらかみ・さとし)

1988年生まれ。2011年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。2014年より自作した発泡スチロール製の家に住む「移住を生活する」プロジェクトを始める。著書に『家をせおって歩く』(福音館書店/2019年)、『家をせおって歩いた』(夕書房/2017年)などがある。

satoshimurakami

編集部からのお知らせ

村上慧さんの作品が出展されています。

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"Identity XVI - My Home? –"
curated by Kenichi Kondo

会場:nca | nichido contemporary art
会期:2020年8月21日(金)-9月26日(土)
営業時間:火 – 土 11:00 – 19:00 (日・月・祝 休廊)
出展アーティスト: ターレク・アル・グセイン | 岩井 優 | 金城 徹 | キュンチョメ | リム・ソクチャンリナ
バスィール・マフムード| 村上 慧
キュレーター: 近藤 健一 / 森美術館シニア・キュレーター
*協力 Takuro Someya Contemporary art / The Third Line

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