自分の地図をかきなおせ

第6回

300キロで移動している自分に泣きそうになったので書き留めておく。

2020.06.13更新

 先日、僕が拠点にしているアトリエにインターネットが通った。これまではポケットWiFiしか持っていなかったので容量制限があったのだけど、これからはネットで好きなだけ映画が観れたり、展覧会が観れたり、人と飲み会ができるようになったのだ。僕はこれまで以上にアトリエに籠ることができるようになった。電車賃や宿泊費をかけずに目的の場所へ行き、目的の人と話したりできるのだ。なんて便利なのだろう。外に出たらお金もかかるし、交通事故にあってしまうかもしれないし、夜道で後ろから襲われるかもしれないし、何かのウイルスに感染してしまうかもしれないので、家から出ないほうがいい。そうに決まっている。しかし、せっかくインターネットが通ったというのに、いま僕は東京から京都を経て九州へ向かう新幹線に乗っている。あるプロジェクトのための現場を見るため、そして人に会うため。

 大阪、兵庫を経て、現在岡山県内を通っている。山陽道は過去に「移住を生活する」で家を担いで移動生活をしていたことがある。先ほど、岡山市の早島町のあたりを通ったときに通過時間を測ってみた。早島町から倉敷市の玉島町まで3分12秒くらいだった。この早島~玉島は、僕が家を担いで1日かけて移動した距離だ。それをわずか3分で通過してしまった。速すぎる。

 当時、早島町では丘の上にある薬師院というお寺の境内、玉島町では「百萬両」という居酒屋の駐車場に家を置かせてもらい、眠ったのだった。「百萬両」は川のそばにあって、気の良い常連客がたくさん集まってくるお店で、カウンターで話に混ぜてもらったのを覚えている。結構酔っ払ったような気がする。時速300キロで移動しながら、店はまだやってるだろうか、大将は元気だろうかと考えている。1日歩いてたどり着いた街で、人と出会い、話をしたことが、新幹線ですぐそばを通過している今の僕からしたらまるで別の世界の出来事のように感じる。なぜ新幹線はこんなに速いのか。いくらなんでも300キロはないだろう。ものすごく急いでいるみたいで嫌だ。乗ってるのが嫌になってきた。でもこれは環境が生みだした乗り物だ。いくら嫌でも、僕はこの速度での移動が常識的に求められる社会に生きている。より速く、より短い時間で目的地へ。他の乗客も僕と同じく九州に「目的」があるんだろう。そのために急いでるんだろう。人が縦に並んで300キロで移動している様子を想像すると笑ってしまう。

 でもインターネットなら1秒もかからずに九州の人とも話をすることができる。新幹線よりずっと速い。なのに、なぜわざわざ体を動かしているのか。外に出ないほうがいいに決まっているのに。家にいながらミーティングや飲み会ができればいいじゃないか。なぜそれではダメなのか。ダメだと感じるのか。オンライン上でやりとりするのはタイムラグがあるとか細かい問題はあるのだけど、一番大きな理由はたぶん人と言葉を交わすことだけが目的ではないからだ。インターネットは目的地へ一瞬で連れていってくれる。身支度をして、家を出て、暑くなってきたなあ等と思いながら歩いて、お金を払って乗り物に乗って、人に会ったり何かを見たりする。その過程を全てキャンセルして目的地へ連れて行ってくれる。身支度すら必要ない。自分がアクセスしたいものだけにたどり着ける。より速く、より短い時間で、より多くのお金を生み出すことが目的の世界の中で生きている人間にとっては、これ以上のツールはない。これだけあればいいじゃないか。でも現実には新型コロナウイルスの緊急事態宣言が解除されて、街はさっそく人で溢れつつある。僕と同じように、なぜみんな街へ出たい、移動したいと思うのか。

 6年前に「移住を生活する」を始めるにあたって考えていたことを思い返す。僕は高校生のころから歩くのが好きだったのだけど、家族からどこにいくの? と聞かれるのが嫌だった。僕はただ一人で歩きたいだけだった。それは「寝る」「ご飯を食べる」の次くらいに必要な時間だった。「歩くこと」が「目的」だった。同時に過程でもあった。それは過程と目的の二つには割れない時間だった。でも人に説明するときには、目的地のない移動は目的地のある移動に比べて重要度が劣るというか、なにか言い訳を必要とした。「ちょっとコンビニに」とか「タバコ吸いに」とか。あるいは「散歩してくる」とか。でも「散歩」という言葉は「周りの景色を見ながら歩く」というニュアンスが強いように思う。僕としては「散歩」がしたいのではなくて、純粋にただ一人で歩きたいだけなのだった。でも「ちょっと2時間くらい歩いてくる」では、出かける理由になりにくい。それは間違っているように感じられた。その原因は究極的には、僕たちが定住生活をしているからではないかと考えた。だから僕は、発泡スチロールの家を背負って歩いて生活するプロジェクトに「移住を生活する」というタイトルをつけた。「移動のなかにとどまる」状態を作り出すことで目的と過程の関係を曖昧にして、「目的地主義」とも言えるこの定住生活を相対化したいと思った。

 コロナ騒動にも関わらず、僕を含めて新幹線に乗っている人や街を歩く人を見ていると、みんな本当は「目的地にいくことが目的ではない」こと、目的と過程の境界は曖昧で、その関係は絶えず反転していることを体で覚えているのではないかと思える。僕も「移住を生活する」を含めて、過程を経るために目的を作ってきたのではないか。オンラインですぐに話したい人と話せる環境が整っても、連絡をとって会いに行くという過程をすっ飛ばして、いきなり人と話そうという気にならないのはそういう理由からかもしれない。人と会って話すことと、オンラインで話をすることは全く別のもので、もしかしたら全然関係のないことなのかもしれない。そう考えると人と人が会うという関係も、例え一晩一緒に飲んだだけの短いものだったとしても、関係が生まれた時点で立派な「結果」で、それ自体に価値があるのではないか。実現に至らなかったプロジェクトも、叶えられなかった約束も、疎遠になってしまった人間関係も、それがかつてあったというだけですでに「目的」は達成されているのではないか。300キロで移動している自分に泣きそうになったので書き留めておく。

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村上 慧

村上 慧
(むらかみ・さとし)

1988年生まれ。2011年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。2014年より自作した発泡スチロール製の家に住む「移住を生活する」プロジェクトを始める。著書に『家をせおって歩く』(福音館書店/2019年)、『家をせおって歩いた』(夕書房/2017年)などがある。

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