35歳大学院生

第26回

なぜ挑戦を続けるのか?

2025.12.19更新

 師走の文字通り、あっという間に12月が、2025年が終わろうとしています。今年はどのような一年だったでしょうか? 私はママ2年生に突入し、育児と仕事のリズムがようやくできてきた、そんな一年でした。しかし、リズムはできてきたものの、仕事をしているときは「もっと働きたい!」と思う一方で、「家族との時間をもっととることができないのか?」という想いもあり、理想とするワークライフハーモニーにはまだまだ到達できていないなとも感じています。
 ワークライフハーモニーは、Amazonの創設者ジェフ・ベゾス氏の言葉で、仕事と生活を分けて対立させるのではなく、融合させる考えです。別々に考えると、仕事が〇割、家庭が〇割と割合で比較してしまい、どうしても仕事をしているときに罪悪感が芽生えてしまいます。しかし、融合させることができれば仕事をしている時にもそのような考えが浮かぶことなく、集中できるのではないかと思うのです。まだまだ試行錯誤が続いていますが、今回はこの先ワーママとしてどのように働いていくのか、今考えていることや挑戦について綴ります。

「小さなお子さんがいながら働いて、なんでそんなに頑張れるんですか?」とよく言っていただきます。自分の中で頑張っているという意識は全くないのですが、余裕がないときはもちろんあります。そんなときに支えになっているのは、ワーママの友人たちです。
 周囲の友人はほとんどがワーママで、フルタイム勤務をしたり、起業したりしています。とても仲の良い友人なんかは、ご主人が海外に単身赴任中。自身も大手企業で管理職としてフルタイム勤務しながら2人の子を育てています。私も夫の出張が多く息子との2人生活も少なくないのですが、友人がスーパーウーマンすぎて、自分のワンオペなんて大変とは思っていられないのです。そんな友人たちに支えられながら、ピラティストレーナー業、アナウンサー業、招聘研究員活動を日々行っているのですが、中でもトレーナー業で大きな挑戦をしています。

 実は、大学院を修了するタイミングでアスレティックトレーナー(以降AT)の養成講座を受講しないか? というお話をいただきました。日本スポーツ協会公認のトレーナー資格です。私自身、ピラティストレーナーとして活動している中で、ピラティス以外のトレーニングも学び、より選手の力になりたいということは感じていました。ただ、講習会を受けるには、各都道府県のスポーツ協会や、各競技団体からの推薦が必要で、中には推薦をもらうのに約10年待つ人もいます。その中で、野球現場や他競技のアスリートへの指導実績があることで運よく推薦をいただけるとのことでした。トレーナー仲間でも「AT取れるならとりたい!」と喉から手が出るほど欲しい資格でもあり、断る理由は一切ありませんでした。

 道のりは、想像以上に大変。そもそも試験に5年以内に合格しなければ、養成者資格が失効します。推薦をいただいてすぐに妊娠が発覚し、1年を棒に振っているので残された時間は4年。さらに、試験を受ける前に講習を4つ受講しなければいけません。1つ目が朝9時から夕方5時までをオンラインで3日間。2つ目は1泊2日、東京での実技講習。テーピングの巻き方などを学びます。3つ目は6泊7日缶詰めになり、東京での実技講習です。朝8時から夜8時まで、救急対応で心肺蘇生法を実施したり、トレーニング指導で200メートルを何本も走ったりします。そして4つ目は2泊3日、愛知県での実技講習。こちらも朝8時から夜8時ごろまで、リハビリメニューを考えたり、実際に受講者同士で指導しあったりします。この4つの講習をおよそ10か月の間で受講し終えると、ようやく試験の受験資格を得ることができます。その間にオンラインでの確認テストに合格しないといけなかったり、課題を提出しなければいけなかったりもしました。
 ただでさえハードな講習会なのですが、子連れの私は長期間の東京滞在などもあり、子守りのオペレーションをどうするのか。ここの調整がもっとも大変でした。

 1つ目の講習の際は1泊ということもあり、家族に息子を預けて一人で東京へ行きました。この頃は息子もまだ物事がそれほどわかっていなかったので、スムーズに離れることができました。産後初めての外泊だったように思います。ただ、講習会中も「大丈夫かな?」と、こまめに状況を聞いては、送られてくる動画や写真をみて「早く会いたいなぁ」と思っていました。
 2つ目が最大の難関。1週間の長期講習です。さすがにずっと息子と離れるわけにはいきません。最終的にたどり着いたのが、ベビーシッターさんに同行してもらうという選択でした。両実家とも遠方で、夫婦ともに不規則なスケジュールの仕事をしている我が家では、ベビーシッターさんに月に1回ほど来ていただいています。シッターさんなしでは仕事も家庭も回りません。いつも来ていただいている方は発熱などの病児保育もOK、出張同行も可能という方で、万が一のことがあっても安心してお願いできる方です。東京でのシッターさんも見積もっていただいたのですが、大阪から同行していただくのとそれほど料金も変わらなかったこと、息子も長時間一緒に過ごすには馴染みのある人がいいだろうということで、大阪から同行していただきました。
 当時はまだ離乳食だったこともあり、キッチンなどの生活環境が整っているほうが良かったので、Airbnbというバケーションサイトで1軒家を借り、1週間3人で生活することにしました。講習でヘロヘロになって帰ると、シッターさんが洗濯も済ませて、私の夕飯まで用意して待ってくださっていて、講習に全力で向き合うことができました。
 が、それも3日目まで。緊急事態が起こったのです。シッターさんは、朝はお願いしている時間より早くリビングに来てくれていたのですが、その日は少し遅く・・・顔色も浮かず、昨夜から吐き気がありますということでした。でも、私も講習を休めば、また来年受講しなおさなければならず、4年以内に合格するには1日でも早く受講終えておきたい状況でした。すぐに家族に状況をシェアすると、義両親が車で6時間かけて東京まで飛んできてくれました。それまでシッターさんに頑張ってもらい、息子を引き渡すことができました。残りの数日は義実家でみてもらい、なんとか緊急事態を乗り越えました。
 3回目の講習会も息子同行で、クリア。すべての講習を受け終えることができました。お察しのように、自身の旅費交通費だけでも相当かかるのですが、シッターさんに同行してもらい、莫大な費用を使いました。でも、それ以上に同行してくださったシッターさん、そして、飛んできてくれた義両親、頑張ってくれた息子。みなさんのご理解、サポートがあってこそ試験の受験資格を得ることができました。このような背景から、試験に落ちるわけにはいかないのです。合格することが、恩返しになると思っています。

 が、そう簡単にはいきません。実技試験合格→筆記試験合格→資格取得。という流れなのですが、前年度の合格率は実技試験の一発合格は約10%、最終的に1年目で資格を取得したのは一桁という難しさです。同期は100人ほどいましたが、私ともう一人を除いた全員が理学療法士や鍼灸師などの医療資格保持者。試験には触診なども必要だったので、圧倒的に不利でした。でも、現場でより選手の力になるためには必要なこと。試験に合格するためだけではなく、現場で対応できるようにと思いながら、必死に勉強と練習をしました。同期との実技試験対策練習会に参加するために、日帰りで東京都町田市まで行ったことも。試験前夜も日付が変わるまで、会場隣のお店で対策をしました。長くハードな講習会を乗り越えた同期との絆は確かなもので、医療資格を持たない私にとても親身になって様々な知識や技術を教えてくれました。
 テーピングは毎日夫の脚で練習し、できることはやって臨んだ実技試験。3つのカテゴリー全てで合格しなければ筆記試験に進むことができません。大人になってから一番緊張した時間でした。テーピング以外のカテゴリーは、正直練習もあまりできずに自信がなかったのですが、日帰り東京練習のおかげでなんと一発合格。しかし、毎日練習したはずのテーピングでまさかの不合格となってしまい、仲間にも「もったいない」と言われました。それでも家族は、難しい2つ通ったんだからすごいねと言ってくれました。
 次回はテーピングだけ受かればいいので、筆記試験勉強を並行して進めながら、年明けのテーピング再試験に向けて準備しているところです。こんなにも応援してくれる家族のため、そして、より現場で幅広く対応し選手の力になるために、難関と言われる資格取得に挑戦している最中です。

「なぜ挑戦を続けているのですか?」と聞かれることがあります。自身のモットーとして"現状維持では後退するばかり"というものがあります。渋沢栄一さんの言葉でもあるのですが、世の中は進み続けているのに、自身が現状維持であるとそれは後退であるということで、立ち止まることが、気づかないうちに自分を置き去りにしてしまうこともあると感じています。もちろん、仕事、家事、育児に追われる毎日の中で、新しいことに挑戦する余裕なんてない。そう思う日も、正直あります。それでも、ほんの少しでも前に進んでいると感じられる時間があると、心が満たされるのです。
 大好きな野球に、アナウンサー、トレーナー、研究者として関われている今、"好き"を仕事にできている幸せを噛みしめています。そして、仕事も学びも楽しむ姿を、息子はきっと見ているはずです。完璧じゃなくても、遠回りでもいい。限られた人生を、自分の「好き」に正直に使っていいのだと、私自身が体現していたい。そんな想いが、今日もまた一歩を踏み出す原動力になっています。

 実は、この連載は、今回で最後になります。振り返れば約2年間半、幼少期から育児をしている現在までを振り返り、悩み、立ち止まり、それでもまた一歩を踏み出す日々を綴ってきました。この連載を通して出会えた、同じように日々を懸命に生きるみなさん。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。感想をいただき、すごく励まされることも多々ありました。また、このような機会を与えてくださったミシマ社の三島社長、毎回同じ女性として寄り添ってくださった編集担当の角さんにも感謝申し上げます。

 それぞれの場所で、それぞれのペースで歩んでいきましょう。私たちは今日も、ちゃんと前に進んでいます。



【編集部より】
この連載が書籍になる予定です!

『35歳大学院生』は、今回で最終回となります。
これまでお読みいただき、ありがとうございました。
本連載をもとに、2026年夏頃に市川いずみさんの書籍を刊行予定です!
楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです。

市川 いずみ

市川 いずみ
(いちかわ・いずみ)

京都府出身。職業は、アナウンサー/ライター/ピラティストレーナー/研究者/広報(どれも本業)。2010年に山口朝日放送に入社し、アナウンサーとして5年間、野球実況やJリーグ取材などを務めた後、フリーアナウンサーに転身。現在は株式会社オフィスキイワード所属。ピラティストレーナーとして、プロ野球選手や大学・高校野球部の指導も行う。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了(スポーツ医学専攻)。スポーツ紙やウェブにて野球コラムを執筆中。アスリートのセカンドキャリア支援事業で広報も担い、多方面からアスリートをサポートしている。阪神タイガースをこよなく愛す。

Twitter:@ichy_izumiru

Instagram:@izumichikawa

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