「ない」ようで「ある」

第8回

信頼というのは、信じて頼ると書くわけで、

2019.07.30更新

はじめての整体

 去年の12月31日、初めて整体に行きました。これを言うと結構驚かれます。40年生きてきて一度も整体の施術やマッサージを受けたことがないというのは珍しいことのようです。まぁでも、僕もそれまでそういうものを全く必要としていなかったわけではないのです。むしろ、髪を切りに行って簡易的なマッサージをしてもらったり、友人に肩を揉んでもらったりした時には決まって、「ものすごい凝っている」と言われてきました。でも、自分としては首にも肩にも不具合を感じていなかったし、不用意に整体に行って、「ない」ようで「ある」凝りの存在に気づいてしまったら、日々結構うっとうしいのではないかと考えると、積極的に行く気にはならなかったのです。そんな僕がどうして整体に行く気になったかというと、よく行く居酒屋でたまたま居合わせることが多かった整体師の人がきっかけでした。 

 僕がその居酒屋に行く時は一人だったり、一人ではなかったりするのですが、その人は毎回一人。何度か会ううちに話すようになりました。風貌としては、スキンヘッドの男性で、タイトめのTシャツを着て、いつも小さな手さげのバッグを持っています。荷物はそれだけ。装備としては、近所へお出かけ程度の軽装です。でもそのお店があるのは渋谷。多くの人にとって渋谷は、近所にお出かけ程度の装備で出向く場所ではないはずなので、話すようになってからまずはそのことを質問しました。

「やたら軽装だと思うんですけど、お近くなんですか?」

「そうなんですよ、この近くで開業してて」

「え、開業? お医者さんなんですか?」

「いや、整体師なんですよ」

「あぁ、なるほど」

「お仕事は何されてるんですか?」

「僕は精神科の医師なんです。結構近い業界ですね!」

「え、医者!? うわ〜、待ってました。名前は?」

「あ、がいねんです」

「がいねんさん、あのさ、ちょっと飲まない?」

「いや、飲んでますけど」

「飲んでさ、もっと身体の話しようよ」

 こんな調子で、最初はよそよそしかったのですが、僕が医療者だと告げた途端、急に2人の間にあった垣根を一方的に低くして、タメ口で色々な筋肉の話を始めました。次から次に、解剖学の専門用語が出てきます。僕からしたら、肩周辺の筋肉の細かい名前なんて大学2年の時の解剖実習以来ご無沙汰なので、もはや、聞いたことあるなぁくらいなのですが、彼はそんなことお構いなしです。

「がいねんさんさぁ、ちょっと首、傾いてない? 自分でわかる?」

「わからないけど、子供の時は斜頸で、手術したみたいです。まぁ、覚えてないですけど」

「あぁ、だからか! なんかさ、胸鎖乳突筋の起始部が左右で違うなぁって前から思ってたんだよね。なるほどね。だからか〜」

「前からそんなとこ見てたんですか?」

「いや、だって気になるもん。あ、ちょっとさ、肩揉んでいい?」

「え? あ、はい、ありがとうございます」

「おぉ、結構いい筋肉してるけど、硬いなぁ。これだと凝ってること自体分からないんじゃないかな。あぁ、もっと触りたいなぁ」

「そうなんですよ。凝ってるって言われるけど全然実感ないんです。え? 触りたい?」

「今度施術受けにきてよ」

 こんな感じで、酒を飲んでいる最中に身体を触られたり、自分の筋肉に対して評価を頂いたりすることが何回か続きました。はじめのうちは、触りたいって言われても・・・、って思いましたが、徐々に、この人は本当に筋肉と骨、神経が好きなだけなんだということが分かりました。何しろ、1年で元旦を除く364日施術しているんです。もうこれ、人間の骨組みオタクということになるのではないでしょうか。何かの分野をオタク的に突き詰める人の話は必ず面白いです。彼はいくら酔っていても身体のことばかりまくし立てるように話し続けて他の話はしないのですが、僕は日に日にひきこまれて、僕の方の垣根も下がりました。相手に対して垣根が下がるということは、信頼に近づいている印です。こうして僕は、重い腰を上げて去年の大晦日についに整体の施術を受けに行きました。

垣根と信頼

 コミュニケーションをする時、相手との間には「ない」ようで「ある」垣根が存在するように思います。その垣根の高さによって、会話や雰囲気の柔らかさは決まり、垣根が低くなれば、会話や雰囲気は柔らかくなっていくのです。ただ、この垣根は通常、会話をしてお互いが徐々に下げていくか、もしくは自然に下がっていくものです。会話や関係性がうまくいっている時は、無意識的に「我々の垣根、今これくらいだよね」という、「ない」ようで「ある」合意のもとにお互いの垣根の高さを認識して、適宜タメ口になったり、連絡先を交換したりするのだと思います。この垣根をどちらかが一方的に下げようとし過ぎると、多くは不自然な形になります。例えば悪徳商法のような手口はこれに当たるかもしれません。僕は中学生の時、路上でいきなり「ハイ、ハゥワーユー」と一般的な日本人の風貌をしたおじさんに声をかけられたことがありました。その人はいきなりものすごく馴れ馴れしく「君はこのままじゃ英語が喋れないままだけど、いいのかな」と話しかけてきたので、警戒心と意味の分からなさから僕の垣根はグーンと高くなりました。でもそんなことお構いなしに、「君が英語を喋れるようになる、つまり、イングリッシュグッドスピーカー(ここ、発音がすごく英語っぽい感じ)。夢じゃないよ」とか言いながら、英語塾への入塾の話を進めていきます。もう月謝などの細かい条件は覚えていませんが、恐らくまともなものではなかったはずです。最終的に「レッツサイン!」みたいなことを繰り返し言うのでいよいよ怖くなり、どうしたら良いか分からなくなって走って逃げました。 

 『北風と太陽』という、道ゆく旅人のコートを北風と太陽のどちらが先に脱がせるか争うというイソップ童話があります。北風は強い風で吹き飛ばそうとしますが、旅人はコートが飛ばされないように頑張るので脱がせられません。一方太陽は旅人を照らし、暖かくすることで、旅人は自然にコートを脱ぎます。僕が出会った英語塾の勧誘おじさんは、この話に出てくる北風のようで、とにかく無理矢理自分の要求を通そうとしています。でも、突然知らないおじさんに英語塾の勧誘をされた僕の垣根は高いままで、お構いなしに強行突破しようとする人を信頼できるはずはなかったのです。信頼できていない人に、いくら良い発音で「イングリッシュグッドスピーカー」と言われても、ついていく気にはなれないですよね。

 この垣根の高さ、信頼の有無はコミュニケーションにおいてとても大切なものですが、さらに、コミュニケーションから発展する色々なことにも影響を及ぼします。居酒屋で出会った整体師の施術を受けに行った時、すでに人間の骨組みオタクのその人のことを僕は信頼していました。しかも施術中もいつもと変わらずずっと身体の話をしているので、初めての整体で感じていた緊張もほぐれて安心できました。つまり信頼は施術中も揺らがなかったということです。施術後は、驚くほど身体が軽くなったような気がしました。施術した日は特に血流が良くなってかなり酔いやすくなるので、飲み過ぎに気をつけてと言われたのですが、その日は大晦日。飲まないわけにはいかず、友人とともに年越ししながら人狼ゲームをやっていたら、彼の予言通りすごく酔っ払い、人狼ゲームで全く使い物にならないお荷物のような存在になってしまいました。

 別の日、僕が整体初体験の話を色々な人にしていたら、友人の紹介で、ゴッドハンドと名高いらしい人にお試し施術をしてもらえる機会に恵まれました。しかし、会って話してみると、なんだかあまり打ち解けられません。居酒屋の彼と比べると全然身体の話をしないし、「何はともあれ私に任せなさい、なぜならゴッドだから」みたいな空気が出すぎている気がして、信頼し切れませんでした。その日受けた施術は、多分内容的には居酒屋の整体師と大きくは変わらないものだと思うのですが、むしろ身体が重くなったような気がしました。その日も酒を飲みましたが、酔いすぎることもありませんでした。

 この2例を比べてみると、相手に対して自分が信頼できているかどうかの、「ない」ようで「ある」垣根の高さは、施術が身体にもたらす効果にも影響を及ぼしたのではないでしょうか。「心身相関」という言葉があるように、垣根が高く信頼ができていない緊張した気持ちでいると、身体もほぐれるはずがないと言えるのかもしれません。

診療、信頼、暗示

 これは、日々の診療で僕が感じていることでもあります。精神科の診療では、薬による薬物療法と、それ以外の非薬物的な取り組みを組み合わせて行うのが一般的です。非薬物的な取り組みの中には、専門的な心理療法などがいくつも含まれますが、多分一番大切なのは専門的な取り組みの前に、雰囲気を柔らかくすることです。専門的な心理療法も、薬物療法も、受診に来る人にとってみたら今まで身に馴染みのない「異物」のようなものです。僕が整体の施術に対してずっと気が進まなかったのも、施術というものが自分にとっては未体験の「異物」と感じていたからだと思います。居酒屋で出会った整体師を人として信頼できたことは、僕の中で「異物」であった整体の施術を、彼の施術に限って「少し異物ではないもの」に変化させる、「ない」ようで「ある」触媒のような働きをしたのかもしれません。少し異物でなくなれば、怖さが和らぎ受け入れやすくなるので、技術が本来もたらす効果にブレーキをかける恐怖や不安の要素が減ります。場合によってはブレーキをかけるどころか、効果を盛るような作用さえあるような気がします。精神科における治療も同じです。心理療法に関しては、治療される側とする側の関係性が影響しそうなのは想像できると思います。一方、薬物療法は、化学物質である薬物を内服したり注射したりすることによる治療なので、そこに信頼の有無など入りこむ余地はなさそうです。でも、実際臨床をしていたり、大先輩である精神科医の診療に陪席させて頂いたりすると、薬物療法の効果にさえ、処方される側とする側の信頼の大きさが関係しているように感じられます。いわゆるプラセボ効果は、このようにして生じる場合が少なくないのではないでしょうか。

 この現象は、信頼ゆえに、「あの先生が出す薬は効くはずだ」と自己暗示をかけるようなことかもしれず、もはや小さい小さいマイクロ宗教のような形なのかもしれません。でも、信頼というのは、信じて頼ると書くわけで、信頼関係の中には、「ない」ようで「ある」宗教のような構造があるのかもしれず、そういう構造は、盲信するのではなく、「ない」ようで「ある」くらいで留めておくのがちょうど良いのかもしれません。

 あぁ、もう「かもしれない」がすごく増えてきました。人に信頼感を与えるには「かもしれない」と迷ってばかりいてはいけない、と思いがちですが、簡単に断言せずに、「かもしれない」と迷い続けている方が僕は信頼できるかもしれない。「そもそも」と物事を掘り続けることと、「かもしれない」と答えを決めないことを大切にしたいです。突然ですが、ここに「そもそも、かもしれない教」を開宗します。

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星野 概念

星野 概念
(ほしの・がいねん)

1978年生まれ。精神科医 など。病院に勤務する傍ら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。主著に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』『自由というサプリ』(リトルモア)。また、本連載をまとめた『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』が2021年2月にミシマ社より刊行。

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