「ない」ようで「ある」

第28回

なんとなくの気分が変わると、物語の色合いは少しだけ

2022.01.29更新

連載再開

 二週間に一度、高齢の人が入所している施設に診療に行っています。普段そこで毎日働いているわけではないので、完全なるよそ者が生活空間に訪問してくるという認識をされているかもしれません。何歳になっても、からだからこころまでお悩みは様々です。からだの悩みは、そこでは主に内科医が診療しているので、僕はこころの悩みを担当するわけですが、眠れないとか、イライラするなど、一見こころの悩みに近いものが実はからだの不調に基づいている場合も少なくありません。この傾向は、年齢関係なしにあるものですが、高齢の人の方が比率的には高いかもしれません。からだが不調になれば、連鎖的に眠れなくなったり、イライラしたりしてむしろ当然な気がしますが、恐らく年齢が若いと心身のどこかの不調を別のところが補完するような機能が働きやすいのだと思います。年齢が高くなるにつれて、その補完機能が働きにくくなるのではないかと感じます。だから、高齢の人のこころの悩みに対して、からだの調子を整える漢方薬を使ってみるなどのことは少なくありません。僕はもともと、漢方がからだの曖昧で複雑な仕組みを、西洋医学よりも丁寧に、簡易的にせずに扱っているような気がするので趣味で学んでいました。趣味なので、主に西洋医学の仕事に従事するという視点からすると無駄に近い価値と言えそうですが、しっかりと仕事にも役立っています。「ないある」感を感じさせる瞬間がここにもまたありました。連載が再開されたことを実感できますね。よろしくお願いします。

施設で

 先日も、その施設に定期診療に行きました。その施設では、生活しているそれぞれの人に個室があるのですが、食事やレクリエーションなどは、集まることが可能なスペースが確保されたデイルームで行われます。僕がその日行った時間は昼過ぎだったので、多くの人はデイルームに集まっていました。みなさんが何やら楽しそうな感じで、「談笑」という言葉がぴったりな雰囲気。どんなことで盛り上がっているのだろうと興味を覚えつつ近づいて行き、しばらくその雰囲気を味わわせていただこうと黙っていました。それで驚いたのが、盛り上がっている五〜六人の方々の話が、全く噛み合っていないことでした。驚きすぎて詳細は覚えていませんが、雰囲気だけでも再現するとしたら・・・

「孫がね、今からくるんです、この家に。受験で大変で、でもかわいくてね」
「それはね、空手で言ったら正拳突きだよ。今はちょっと足が痛くてできないけど。あ、肩か。はっはっは」
「きゃははは。もうほんとに今日のお味噌汁は濃くて。でも飲んだんですよ、我慢して。濃いのにねぇ」
「ちょっと、ねぇお兄さん。目が開きにくいから目薬出してちょうだいよ」
「やっといてね。うん、そう。やっといてね」
「甲板に誰か出てないか。危ないからな。頼むな。楽しいのはわかるけど」

 大げさに書いているわけではありません。これほど食い違っているのに、机を囲んで輪になって楽しそうに話していたのです。話の内容の軸が全くもって別だというのに、とても一体感があって、近くに行くまでは一つの話題で盛り上がっているようにしか僕には見えませんでした。

 僕はこの日、対話で重要なのは言語的な内容だけではないということを体感させてもらったのだと思います。僕もその輪の中に入れてもらって、「診療にきました」「調子はいかがですか」などの話をさせてもらったのですが、「サイコー! 元気はつらつ!」とか、「あら、まぁお久しぶり。どこからいらしたの? ごめんね何にもできなくて」とか、「あぁ、もうあいつなら○○丸に乗ってるだろ」とか、それぞれのお返事が返ってきました。僕の質問に真摯に答えるようなお返事はほとんどなかったのですが、なんだか輪の中にいると楽しい気持ちになってきました。みなさんのように、話したいことをどんどん話す領域まで達することはできませんでしたが、なんとなく楽しくウキウキした雰囲気に包まれて、徐々にそれに馴染んでいった感覚があったのです。

周波数の話

 この時の僕の楽しい気持ちがなぜ湧いてきたのかを詳しく説明することは、実はなかなかに難しいです。会話の言語的なやり取りで満たされたわけではないのは間違いありません。何かを分かってもらえたとか、相手の言うことがやっと理解できたとか、そういう分かりやすい理由が見つけられないからです。なんだか楽しそうな雰囲気を感じて輪の中に入ったものの、僕は診療でその場に訪れているという自覚があったので、輪の中に入った当初は特別に楽しい気持ちを持っていたわけではありません。でも、輪の中に入るうちに、だんだんとその輪の中の楽しい感情に、自分の感情のチューニングが合ったような感じでした。
 この感覚、ラジオの周波数を合わせる時を想像すると伝わりやすいかもしれません。最初の僕の周波数は、やや硬くて真面目なラジオ局に合わされた周波数でした。デイルームの楽しそうな方々に近づき、輪の中に入って過ごすにつれ、気持ちや感情のダイヤルが少しずつ回されます。真面目チャンネルからずれて、ジジジと雑音が入りつつ、なんだか楽しげなチャンネルに周波数が少しずつ近づいていきます。さらに周波数が楽しげチャンネルに合っていくと、雑音も減り、理由はわからないけど本格的に楽しい雰囲気に馴染んだ感覚になります。そんな気持ちのまま回診したその日の診療は、全体的になんとなく楽しい雰囲気を帯びたものになりました。人が人と関係性を持つとき、「ないようであるかもしれない」周波数のチューニングが生じているというのは、僕にはなんだかしっくりくるような気がします。

 考えてみれば、僕は診療の時にも、そうでない時にも、周波数を意識しているような気がしてきました。例えば、ものすごく辛い気持ちを抱えている人と話をする時を想像してみます。
 診察室に入ってきて、パッとみて、あぁかなり辛そうだなと感じることはきっと誰にでもできます。特に比較的多くの人と会う職業の人はその感覚に長けている人が多いかもしれません。でも、辛そうだと感じたとしても、どれくらい辛いのか、どう辛いのか、どんな事情で辛いのか、辛いだけではなくもっと複雑な感じではなかろうか、など最初は本当に分からないことだらけです。だから、とにかく地道に話を聞くしかありません。話を聞いて、その人の辛さがどんな姿をしているのか、なるべく解像度高く捉えられるようにしたいと考えます。それでも分かり切ることはできないけれど、分かり切ることはできないことを諦めながら、できる限り分かろうとすることを諦めない、というのが、禅問答のようで全然禅問答ではない僕のテーマだと思っています。
 この、「分かる」ということは、話を聞いてなるべく理解をするという要素と同時に、その辛さを感じる、体感する、という要素を含んでいます。いや、同時に、というのは僕の実感としては少し違うな。はじめは理解だけの感覚ですが、一生懸命に理解しようとするうちに、その人の辛さの「感じ」を体感するようになるという方がしっくりきます。理解だけではなくその人の「感じ」を体感してはじめて共感と呼ぶ現象が生じるのだろうと考えています。共感するというのは、簡単なことではないわけです。
 この「感じ」を、これまでどのように表現したら良いのか分かりませんでした。でも、先ほど書いた周波数という考えを導入してみると、その人と話しているうちに、その人の周波数を見つけてチューニングがある程度合わせられるというのが、その人の「感じ」を体感するということなのではないかと思えます。最初はどの周波数か分からないけど、話を聞き、理解が少しずつ深まるにつれて帯域的な当たりがついてきて、雑音が入りながらもその人の周波数を体感できるようになるという感覚です。

あ。

 ここまで、自分の中での新発見なものを猛進するように書いてきているのですが、今ふと振り返ってみると、この話ってとても曖昧で怪しいのかな・・・。この感覚、分かるよ! という人はどれくらいいるのだろう。連載再開初回から急に不安な気持ちになって、ちょっと猛進の足を止めてみました。うーん。
 まぁ、いっか。というか、ええじゃないか! 多分、自分が新発見に喜びを感じていることが何より大切。同じようにハッとしてくれる人もいるに違いありません。初回だろうが、何回目かだろうが、怪しいものは怪しい。でも、それに僕はピンときてしまっているのです。あぁ、落ち着きました。失礼しました。

からだの半分は自分の周波数

 さて戻ります。話を聞く時に、相手の周波数にチューニングが合うというのは、相手そのものを体感するということなので、全く同じ周波数は永遠に見つけられないにしても、できる限り目指したいものです。それと同時に僕が意識しているのは、からだの半分くらいは自分の周波数を保っておくということです。
 先ほどの例えを続けると、とても辛い人と話す時、多くの場合で恐らく僕の方が辛くありません。僕にも調子の波が当然たくさんありますが、相談に乗る業務をできているうちは、僕の方が辛くはないだろうと思うのです。これは、僕の周波数の方が辛い周波数ではないことが多いと言えます。
 もちろんその場ではまず、その人に辛さが生じざるをえなかった物語があり、理由があり、事情があるので、何よりそれを丁寧に紐解くことが大切です。話を聞いて、紐解けるものは一緒に紐解きながら、話を聞く自分の周波数がその人の周波数に合うのを体感したいと思っています。同時に、僕の半分が、その人より大丈夫な自分の周波数を保っておくことで、その人の周波数が少しでも自分の周波数の方向にチューニングされ、なんとなくの気分という側面において、わずかだとしても楽な影響を与えることができないだろうかと考えている気がします。事情や、理由がすぐには動かしがたいものだったとしても、なんとなくの気分が変わると、物語の色合いは少しだけ楽なものになるのではないかという仮説を信じているといったところでしょうか。

 どれだけ伝えられているか自信はありませんが、僕は診療でも、書き物でも、公開されたトークのような場面でも、自分の周波数はこんな感じだけどどうでしょうか、ちょっと合わせてみませんか、といったことがしたいのかもしれません。理解してほしいということではなくて、感じてみてもらって、なんとなく楽になった気がするという「感じ」を体感してもらえたら嬉しいのだと思います。

 さぁ、ぐるぐる感満載の「ないある」が再開されました。本が出版された時のトークイベントで榎本俊二さんにもご指摘いただきましたが、相変わらずオチがないんだなぁと自覚する初回。今後、変化は生まれるのでしょうか。「未来」は「今」には「ない」ものなので、どのように変化した未来の「今」が「ある」ものになるのか、自分でも楽しみです。これからもよろしくお願いします。

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星野 概念

星野 概念
(ほしの・がいねん)

1978年生まれ。精神科医 など。病院に勤務する傍ら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。主著に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』『自由というサプリ』(リトルモア)。また、本連載をまとめた『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』が2021年2月にミシマ社より刊行。

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編集部からのお知らせ

この連載が本になりました!

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 本連載をもとにした『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』が2021年2月に発刊されました!
 刊行を記念して、装画を担当された榎本俊二さんや、人類学者の磯野真穂さんとの対談イベントがおこなわれ、その一部が文章としてミシマガに掲載されています! ぜひご覧ください。

【榎本俊二×星野概念 『ムーたち』ラブな精神科医と榎本俊二の妄言対談】

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【磯野真穂×星野概念 「病む」と「治る」ってなんだろう。~精神臨床と医療人類学の話から~】

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