「ない」ようで「ある」

第12回

キラキラしている人の胸の内には、

2019.11.27更新

長岡のHAKKO trip

 11月9日に長岡に行ってきました。目的は「HAKKO trip」というイベントに参加するためです。このイベントは、長岡技術科学大学の研究者である小笠原渉先生の発案で今年初めて開催されたイベントです。小笠原先生とは今年の3月に青山ブックセンター本店で開催された、長岡と発酵に関するトークイベントで一緒に登壇したのですが、その日の打ち上げの時に「長岡に呼ぶのできてください」と言ってくれていました。こういう打ち上げの席での話って、あまり実現しないことが多いし、そう言ってくれるだけで嬉しいので実現しなくても何とも思わないのですが、小笠原先生は有言実行の男だったわけです。かっこいい!

 長岡駅に到着すると、会場までは徒歩3分。その道中に、Bリーグの新潟アルビレックスBBの選手たちの手形がたくさん展示されていました。僕は、次の人生でも、その次でも、その次の次でも良いので、バスケットボールの選手になってみたいと思っているだけに、この道中でかなり興奮して手形の写真を撮り倒しました。会場であるアオーレ長岡に着くと、なんと、体育館で高校生のバスケの大会が行われているではないですか! これはもう・・・。

 いや、違う。全然違う。
 僕は発酵のトークイベントに呼んでもらって来たのであって、バスケ観戦に来たのではないのです。今にもバスケのチケットを購入しそうな自分を抑えて、様々な発酵食品が楽しめそうなマルシェに向かいました。このマルシェがまた素敵で、早速クラフトビールを飲んだりおでんを食べたり、数分でバスケのことをすっかり忘れたような気がします。飲食への欲動は力強い。

 トークイベントまではまだ時間があったので、ビール片手に会場をウロウロしていると、ワークショップの他、しょうゆや甘酒、チーズと日本酒の講座など様々な場所がありました。その中でも僕が釘付けになったのは、「発酵を科学する」アイディア・コンテストです。これは、全国の高等専門学校生が、発酵を使った様々なアイディアを発表する場でした。それぞれのアイディアをポスター発表の形で展示していて、その場所だけまるで学会会場のようでした。アイディアの発表なので、それを実験してみた結果は求められません。だからとても自由で、阿波番茶などの発酵茶をもっと飲みやすくして、最強のいいとこ取りサラブレッド茶をつくるアイディアとか、宮崎に植えられている伸びすぎてしまったヤシでワインをつくるアイディアとか、これからついに下火になりそうなタピオカを発酵の力でもう一度ブームにするとか、実現できるかは分からないけど理論を基盤にした夢に溢れていてとてもワクワクしました。このワクワクは何かに似ているなと考えていたのですが、僕が大好きなロボコンでした。ロボコンの正式名称は、「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト」です。どうりで。座組みがほとんど同じでした。高専生の、専門分野に対する熱い思いが、僕の胸を高鳴らせたのかもしれません。きっと将来、アイディア・コンテストで発表していた人たちの何人かが研究者になって、今度はアイディアの実現に向けて試行錯誤をしていくのだと思います。社会人になると、こういう熱さは忘れてしまうことが多いかもしれませんが、研究者でも実践家でも、キラキラしている人の胸の内には、これに似た「ない」ようで「ある」初期衝動が蠢いているのかもしれないなぁと連想しました。イベントの主催者の小笠原先生もそんな研究者の一人なのでしょう。

トークイベント

 さて、ポスター発表の会場で感動にひたっていると、スタッフさんが呼びにきてくれました。トークイベントは、発酵デザイナー小倉ヒラクさん、情報学研究者ドミニク・チェンさんとで、司会が編集者の安東嵩史さんでした。様々な分野で発酵の発想を応用しながら活動している人たちによるトークイベントというわけですが、そこに僕も入れてもらえたことはとても嬉しいことでした。

 登壇者はそれぞれすでに酔って入場しましたが、特に飲んでいたのはヒラクさん。会場の脇に新潟の日本酒が並んでいたこともあり、トーク開始早々に、「酒を振る舞う」と宣言をして会場脇に移動し、席から離脱しました。自由すぎる! でも、個人的にはトークイベントって、登壇者であるなし関わらずその場にいるみんなが発言したくなるような、それぞれの心の中に言葉がブクブク湧いてくるような形が良いと思います。そのためには、前に登壇者、向かい合うのがお客さん、という形は崩していけた方が面白いはずなのです。これは前回の記事で、飛騨高山のお話会のところでも書きました。だから、ヒラクさんが席を離れて会場の後方から話をしたり聞いたりしているというのは、会場の雰囲気をかき混ぜて柔らかくするような大きな役割を果たしていたと思います。前で話す我々も我々で、もはや何かの話題について話し合うという形ではなくなっていました。それぞれが何かを思いつくたびにマイクを取ってそれを言い、言いたいことを言い終えたらまとめるでもなく急に「以上です」なんて言いながら話し終える。それを聞いているうちに、誰かの中に話したい連想が湧いてきてそれを同じように話す。その連続。思いつくままにまとめずに話すという点で、この形は自由連想的でとても面白かったのですが、これにはやや酒が入っていたことも功を奏した気がします。また、まとめず、着地を想定しないで衝動的に話し始めるという点では、トークのアイディア・コンテストとも言えるものだったかもしれません。このように、一見非常にまとまりのないようなトークでしたが、そこにはまさに「ない」ようで「ある」円環的な流れがあります。その流れをその場にいた皆が感じたことによって、直接的ではない、簡単にはいかないものにこそ豊かさは宿るという感覚が共有できたように思えました。まさに場が発酵していたという印象です。また、トークの最後には小笠原先生がなぜか用意してくれていたギターがあったので酔いながら僕は歌ったのですが、それだけは発酵だったのか腐敗だったのか今でも分かりません。

省略しないこと

 簡単にいかないといえば、精神医療も全く簡単にはいきません。時間をかけても一歩も前進できていないように感じることはたくさんあるし、それどころか、クライアントと関わることで、むしろ自分は悪影響を及ぼしているのではないかと感じることも少なくありません。三歩進んで二歩下がったり、四歩下がったりと、日々の自分の取り組みが全部無駄なのではないかと思えることもあるのです。でも、今回のトークイベントのように、一見無駄なやりとりばかりしているようだけど、そこに豊かさが見出せるということを経験すると、毎日の自分のグルグルも何かしらの形になるのかもしれないと少し思えます。発酵の主役は微生物。精神医療の主役はクライアント。どちらも、変化をしていくのは時間がかかるし、その時間をしっかりと経ることが大切なのだと思います。時間を経て、その人にとって楽な生活のリズムや方法を一緒に探していくことは簡単ではないし、なかなか良くならないという曖昧な状態が続くのでとても大変です。でも、その過程を省略しようとすると、本当は不要な薬をたくさん使うことになったりと負担をかけてしまうことになりかねません。そのジレンマを常に抱えながら「治療」というものを考えています。

 時間を省略しない、できない、つまり時間がかかるという意味で最近急激に興味を持っているのは漢方薬の分野です。普段僕が主に扱っている西洋医学の薬は、効能がはっきりしていて、比較的早く効果が出ます。解熱剤、鎮痛剤、抗菌薬、など薬の狙いが直線的ではっきりしているのです。これは言い換えると、各症状に特化した薬ということなので、主に対症療法をしているということになります。西洋医学の薬で、「何となく全体的に元気にさせる」といった、直線的でないフワフワした効能を持つものは恐らくありません。この全方位的なのか、方位がないのか分からない効能こそ、恐らく滋養強壮というやつで、漢方薬にはそれが可能です。体質改善ということもニュアンス的には近いでしょう。漢方薬は効果が出るのには時間がかかりますが、うまく選べばジワジワと自分の中の何かが「ない」ようで「ある」変化をし始め、結果、全体的にいい感じになるのではないかと僕は考えています。この形って、先ほども書いた、自分が精神医療で目指していることそのもののような気がするのです。だから、漢方薬の考え方をもっと知りたくて、勉強をしたり、自分で漢方薬を試したりしています。

歯医者

 ただ、漢方薬で全てが解決できるわけではもちろんありません。先日歯医者に行った時にそれを痛感しました。まさに、痛い感覚を経て、痛感しました。注射で使う鎮痛薬、歯科の麻酔薬は強力です。僕は、痛がりなのか、怖がりなのか、薬が効きにくいのか分かりませんが、歯科治療中、痛くて何度も「うっ」とか声をあげたり、手をあげたりします。その度に少量の薬が追加され、徐々に痛みは一時的とはいえ鎮まります。あの即効性は漢方薬には無理でしょう。時間をかけて準備するにしても、さすがに、あれ程の痛みを感じないようにさせる漢方薬はないはずです。もしあったとしたら、それは神経を麻痺させる毒に違いありません。

 治療中、鎮痛が効いた後は少し安心できるので、徐々に色々な考えがめぐり始めます。鎮痛薬以外の方法でこの痛みを乗り切れることは可能なのだろうか? その結果浮かんできたのは、僕の人生のバイブル、榎本俊二さんの漫画『ムーたち』でした。主人公ムー夫が歯科治療を受けている時に、お父さんに痛みを移動させる方法を伝授されます。例えば、歯から腕に痛みを移動させると、腕は痛いけど過敏な歯が痛いよりはマシではないか、という考え方です。この新しすぎる認知療法とも言えそうな方法によってムー夫の痛みは、やがてムー夫の体を抜けて、治療台を通り、歯科医師に伝わったり、最終的に余裕を持って見つめていたお父さんに床を通って伝わったりします。最終コマでついに痛みが伝わり、手をあげるお父さんの描写はとても味わい深いです。

 まぁただ、こんなことが実際にできたら超人的で、現実的な話ではありません。でも、思考実験漫画『ムーたち』は、こんなことあったら面白いなという思いつきが詰まった、ある意味秀逸なアイディア・コンテストのような作品なので、実際できるかどうかは問われません。そして、実際できるかどうかをすぐに考えるよりも、一見無駄なような、夢を語るようなことをしてみることが、もしかしたらいずれ驚くべき発見につながるのかもしれないのです。まさか、長岡に行ってきた話と『ムーたち』が繋がるとは、書き始めた時は予想もしていませんでした。でも、こういう円環的なことってやっぱりあるんですよね。きっと人生もそう。人生ってややこしいけど、豊かで面白いのです。改めて、アイディア・コンテストのような初期衝動を忘れずに生きていきたいものだと思いました。

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星野 概念

星野 概念
(ほしの・がいねん)

総合病院に勤務する精神科医。執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』がある。

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