「ない」ようで「ある」

第30回

「いまここ」にじっくりと向き合わざるをえない状況と響きあうような

2022.03.28更新

陽性

 先日、新型コロナウイルス陽性となりました。喉の違和感を感じた日があり、あれあれ? と思った翌日には発熱。体温を測定してみると、思っていたよりも高くて、検査をしたら陽性の結果でした。新型コロナの話題って、いろいろな側面で気をつかうものだと思います。一方で、陽性になることは悪いことではなく、ひとつの現象だと僕は感じています。自分が新型コロナ陽性になったことで感じた色々なことを書き記してみようと思います。

 僕が今住んでいるのは東京都です。2022年1月から、発表される東京の感染者数はどんどん増えていました。僕の通勤手段は電車。主な職場のひとつが救命救急病棟。振り返ってみると、陽性になる可能性は常にあったと思いますが、なぜかしばらくの間はならないだろうという確信がありました。でも2月の中旬くらいから、理由は全くわかりませんが、もしかしたら陽性になるかも、という、予感とまで言えないほど小さい感覚が時折湧くようになりました。そのたびに、これはまさに「ないようであるかもしれない」感覚であり、できれば「ない」でとどまってほしいものだ、と考えていました。その時に頭をかすめたのは、無意識の存在です。

 精神分析の用語で、無意識とは、抑圧されていて普段は意識化されにくいこころの部分のことです。つまり、本人も自覚していないこころの部分と言えます。この無意識についての定義は、科学の実験で証明されたことを根拠としているわけではありません。でも、実は、意識できる意思決定の以前に、「準備電位」と呼ばれる無意識的な電気信号が立ち上がっているということが、脳科学実験でも確認されています。つまり、何かをする、などの意思を決定したと意識する前から、その決定の電位は生じているということになるのかもしれません。
 新型コロナ陽性は、意思決定によるものでは恐らくないので、この知見とは関係がなさそうですが、自分に意識化されているものだけが自分に起きていることではない、ということで考えると、からだはすでに陽性になる何かしらを察知しているけど、まだ明確に意識化はされていないだけという可能性もあるのではないか、という考えも浮かんだりしました。これの妥当性は、僕には確かめようがありませんが、その数日後に喉の違和感、発熱を呈して、陽性になりました。この経験を経て、「こうなるのではないか」という、予感に満たない小さな感覚は、改めて、ないがしろにできるものではないなと思いました。

陽性後

 発熱してからは、僕の場合は漢方と鍼を中心に治療を試みました。自分の状態に合わせて考えたもので、誰にでも当てはまるものでは全然ないので詳しい内容は書けませんが、熱を抑えるのではなく、熱をなるべく外に放出するようなイメージで取り組みました。鍼については、自分を練習台にして、日々取り組んでいるので、師匠にメールで相談して、「うぅぅ」とか言ながら打ちました。でも、うまく打てると、発熱が激しい時はほんの一瞬ではあるものの、スッと熱が取れる感覚があるのは印象的でした。
 色々な試行錯誤をして治療をするうちに、徐々に体調は楽になっていきましたが、この回復には、1月末からやってみた7号食が関係していたような気がしています。自分のやっていたことは正しかった! と言いたいわけでは全然ないし、思ってもいません。そもそも、7号食を終えてからほどなくして新型コロナ陽性になっているので、むしろ免疫力が落ちたなど、体調にとってマイナス方向の見方もできる可能性があります。でも、陽性になった後に治っていく過程では、7号食は功を奏したと感じているのです。これには、治療とはなんぞや、という話が関係します。

治療とはなんぞや

 一般的なイメージで、治療というと、医師の技や知識で病気をなくすというものだと思います。でも、医術の力だけで病気をなくすことはできるのでしょうか。これは疑問であり、盲点です。また、病気をなくすことが着地点ということで考えると、僕が尊敬する人たちや僕がこころがけているような、その人の困りごとを一緒に探して、それがなるべく緩むように試行錯誤するという姿勢は、病気をなくせているわけではないので、治療、と言い切れないような気もしてきます。そもそも治るとは、どういうことなのでしょうか。
 例えば、症状として不安が強い人に抗不安薬を処方したり、眠れない人に睡眠の環境を調整する助言をして睡眠薬の使用について考えたりすることがあります。これは薬による対症療法です。一方、不安や不眠など、症状と捉えられるものを枝と考えて、その根本にある生活や人間関係の困りごとを一緒に考え、それが少しでも緩むようにすることは、その人の悩みの本質的な部分を捉えようとする試みであると言えます。これらには、小さくない内容の違いがありますが、医療者がかかわって行われるという意味で、医術と捉えられるとも思います。医術のみで病気を治すことは可能でしょうか。恐らく無理です。なぜなら、いくら医術側があの手この手を使って治そうとしても、本人のこころやからだが治る方向を向かなければ、治る、は達成されないからです。医術はどこまでいっても本人を支えるだけ。治るには本人の力が、きっとどうしても必要です。

 抗不安薬や睡眠薬を処方していたら、だんだん薬が不要になっていくということがあります。これは一見、医師が処方によって治した印象になるかもしれません。でも実際に生じている現象は、医師が対症療法をしてみたら少し辛さが和らぎ、その人の自然治癒力がのびのびと働きやすくなって、薬なしで過ごせるようになったということだと思います。薬には不安を一時的に滑らかにしたり、興奮を抑えて睡眠に至らせる作用はありますが、薬なしで生活できるようにする作用はないのです。医術は、一時的に辛さを和らげることはできますが、やはり最終的には、その人自身の治っていく力が必要です。これは、手術をするような、圧倒的な医術の力が働く時でも同じです。手術をして、病変を取ることはできますが、その後、病変周囲や手術による傷口の細胞が修復される方向に向かないと、生体として活動する状態に戻っていくことができません。また、一見治療っぽくない、生活や人間関係における困りごとを少しずつ探して、それが緩むような試行錯誤をするというのも、医術をする側の独りよがりになってしまうと、いくら丁寧な気持ちを持っていても、治っていきません。どのような場合においても、その人本人が治る方向に向く力が不可欠です。その力は自然治癒力と呼ばれます。医術ができることは、治す、ではなく、辛さを緩め、その人が自分を治す自然治癒力のお手伝いをすることと言えるかもしれません。

 僕が新型コロナ陽性になった時の治療で考えてみます。先ほども書きましたが、不調を実感してから僕は、がむしゃらに漢方や鍼を用いて治療行為を行いました。その効果もきっとあって、なんとか熱を放出した感じになり、測定される体温は平熱と呼べる数値になって、喉の痛みや咳も和らいでいきました。この時、きっと同時に、僕の自然治癒力も働いていたはずです。どう働いていたか、科学的なことは詳しくわかりませんが、医術によるアプローチを受けて、治る方向にからだが向いたのだと思います。医術とともに、僕の自然治癒力も頑張ったのでしょう。こう書くと、医術も自然治癒力も、本当にありがとう、本当にお疲れさまでした! と言いたい気持ちになります。でも、ややこしいのは、自然治癒力は自分の中のものだし、医術を行なったのも僕の場合は僕なのです。共闘したと捉えられることは間違いないのですが、少しだけメタ的に眺めてみると、全部自分によるものに見えてきます。なんだか自作自演しているようで恥ずかしいです。

流れがある? ない?

 7号食をしたことがなぜ功を奏したと感じるかというと、まずは自宅療養期間に関することです。症状が出てから約10日間、外には出られません。いつもは電車通勤で人の波に揉まれ、勤務先で多くの人と話す自分が、全く人と会わずに自宅療養するというのはあまりに特殊な期間です。でも、詳しくは前回の「ないある」を参照してほしいのですが、7号食をしていた期間、玄米しか食べないとなると人と会う機会が減るというか、かかわりの濃さが減ります。一緒にできる食事が限定されるというのは、コミュニケーションの濃度がかなり下がるのです。だから、7号食をしていた時は、結果として人とのかかわりがそれまでよりも減った、ソフト特殊期間だったと言えます。その時期を経ていたことによって、新型コロナ陽性に伴う自宅療養期間へのストレスが減ったはずです。ストレスが増えれば、それだけで自然治癒力は低くなりそうなので、特殊期間の練習のようなことを期せずして行なったという捉え方もできるかなと思っています。
 さらに、玄米だけを食べる生活をしてみたことで、玄米と、回復食で食べた味噌汁だけで、割と自分はいけちゃうなという感覚を持つことができました。買い物に行けないし、食欲も旺盛ではない。デリバリーを頼むにしても、最初の方はそんな気力もありませんでした。そんな時に、7号食の10日間プラス回復食4日間で、せっせと炊き続けた玄米と、後半にありがたみを噛み締めながらいただいた味噌汁を用意することは、シャワーを浴びるくらいの感覚で、ほとんど物事を考えずにできることになっていました。加えて、ごくシンプルな食事に慣れ、酒量もそれまでよりは抑えられていたことで、新型コロナ陽性になる直前のからだへの負担は少なくなっていたように思います。

 こういう視点で考えると、もはや7号食約10日間、その1カ月くらい後に新型コロナ陽性で約10日間という、10日前後しばりの流れがあったのではないかと思えてしまいます。ただ、食事がシンプルになり、酒量が減っていたのに、なぜ陽性になったのか・・・。そこはまた違う事情がありそうです。やっぱり酒は必要なのか! とか。えぇ〜!

 まぁ、実際にからだで生じていることはわからないことだらけなので、全て勝手な考察の範疇です。勝手で、ほとんどなんの役にも立たなさそうな考察をぐるぐるできるって豊かだなぁと感じています。発熱していた時はそんなことできなかったので、余計にそんな思いが強いかもしれません。
 それから、先ほど、流れがどうのこうのと言いましたが、3月末、やっぱり流れじゃないの、これ? と思いたくなるような取り組みが実現するかもしれません。でも、これを書いているのは3月中旬なのでまだ未来のこと。なんとも言えません。なんだか、7号食にしても、新型コロナ陽性に伴ういろいろなことにしても、「いまここ」にじっくりと向き合わざるをえない状況と響きあうような時期に自分はいる気がします。1日1日を、しっかりと踏みしめていきたい気持ちでいっぱいです。

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星野 概念

星野 概念
(ほしの・がいねん)

1978年生まれ。精神科医 など。病院に勤務する傍ら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。主著に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』『自由というサプリ』(リトルモア)。また、本連載をまとめた『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』が2021年2月にミシマ社より刊行。

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