「ない」ようで「ある」

第26回

その時はもしかしたら、苦しい仕事を乗り越える23の方法、といった

2021.06.14更新

 人が集まって仕事をし、それが単発ではなく日々続いていくようなものであるとしたなら、そこにはシフトが生まれます。きっとある程度の人数が集まる職場には必ずシフトが存在するでしょう。いや、職場に限らないか。最近、自分のまわりでも子育てをする人が増えてきたように思います。むしろ、なぜ今までまわりのほとんどの人たちが子育てをしていなかったんだろう。こういうところからも自分の交友関係の偏りがみて取れるわけですが、それはまた別の話。子育てをしている人たちに話を聞いてみると、みんなもシフトを組んでいるようです。そりゃそうですよね。きっとあまりにたくさんの作業があって、休む時間もないはずだから、やることとやる時間とやる人を整理しておかないとうまくいかなくなりそうです。子育て経験がない僕は詳しく分かっていませんが、とんでもなく複雑で大変な子育てという取り組みに、子に関係する人たちが一丸となって向き合うというのは良い形だなぁと思ったりします。

 一方、子供のいる場所にいると、いくら育てる側がシフトや決め事を考えたとしても、育てる側が心から安心できるほどの安全管理を巡らしきることは難しいとも思います。小さめの子供が複数人いる友人宅へ遊びに行くとそれを実感します。あぁ、こんな序盤ですが、もともと書こうと思っていた内容から逸れている。無理やり戻ろうともしませんが、いつか戻るのだろうか・・・。それはそうと子供の話。僕の友人こと、小さめの子供達の両親の連携は素晴らしく、遊びに来ている僕らの相手をし、談笑に近い形を取りながら、子供の一挙手一投足から目を離しません。例えば食事をする時。どちらかがキッチンに入れば、どちらかは子供の食事を見ます。でも、食事を見られていない方の子供は目を離すと何かをこぼしそうになっていたり、思いつきで何かを口にしてむせたりしています。あまりに両親の手に負えなくなると、友人軍団も加勢。子供が繰り出す、唐突で脈絡のないおしゃべりに対応したり、こぼしたものを拭いたり、一緒にゲームをしてみたり。その間に親が別の子供を食べさせたり、キッチンから新たな食べ物を持ってきてくれたりなど、怒涛のようです。そうこうしているうちに、子供の誰かしらか、場合によっては全員が眠くなるので、寝かせ役のシフトの親が寝かせに行きます。あぁ、少し落ち着いた、とホッとしていると、まだ寝ずに元気が余っている子供が、椅子のそばにヨギボーを置いて倒れこもうとしたりしていて、そりゃヨギボーは柔らかいけど、間違えて落ちたらどうするんだと、育てる側のあたふたは続きます。
 子供の大きな魅力の一つは、こんな感じで大人たちが考えた決め事などを無邪気にかいくぐって予想外の事態を起こし続けるということだと思います。これは、僕の大好きな日本酒の酒造りで言えば、温度や湿度を機械などで管理しすぎない、つまり菌のあるがままに任せる方向性の酒造りにおいて、造る側の、大体何日くらいで酒が出来上がるだろうという予測をはるかに超えて醗酵し続けるなど、菌たちが起こす予想外の出来事を連想させます。子供と同様、菌たちにも特別な意図はなく、ただ活動した結果、予想を思いっきり裏切ったりすることがあるのです。予想外のことの何が良いかと言えば、何より、驚かせてくれるということです。予想していない光景を見れば驚くのは当然ですが、驚きとともに、物事にはこんな可能性があったのか! と気づかせてもらえるのは、とても豊かな体験です。

 そうそう、書こうと思っていたことを若干無理やりですが思い出しました。予想外といえば、今年度の4月から僕は大学病院のシフトづくりをしています。医療職のシフトにも色々ありますが、僕が担当しているのは当直表です。例えば外来診療の週間担当表などは、そこに通院する人と、院内で外来をする医師の1週間の生活リズムを左右することになるので、最初につくるのはとても大変ですが、やってしまえば半年とか1年とか流用をすることができます。むしろ流用できるものでないと通院や仕事のペースがつかめないので、最初にしっかりしたものをつくることが必須になります。一方、当直表は、シフトづくり自体は2〜3日でできますが、それを毎月流用するわけにはいきません。僕の勤務先では、曜日によって当直の大変さが変わります。当直中、入院中の人が急な不調にみまわれるなどすれば、当然それに全力で取り組むので業務は緊迫感を帯びますが、それは予測できるものではありません。でも、それ以外のある程度予測できる要素で業務がたてこむこともあります。例えば、夜間の救急業務。僕の勤務先の地域では、夜間の救急を担当する当番を、いくつかの病院で持ち回っていて、救急当番の日に当直をしていると、院内がとても落ち着いていたとしても朝まで何時でも救急を担当することになるので全く気が抜けません。また、病院では、休みの日でもそれぞれの診療科で誰かしらが病院にいることになっています。休日の当直をする時はその日の朝から翌朝まで業務ということになり、拘束時間が長くなるのです。最も緊張するのは、休日で勤務が長くなることが確定している日に救急の当番が重なる日です。大げさではなく、1日中緊張が解けません。そして毎月暦は変わるので、病院の休日や、救急の当番の日は、規則性が、あるようでない、ということになります。だから、当直表は流用できないし、毎月予測されるきつい日を、できるだけみなが偏りなく担当するためには、前月までの当直の大変さも加味しながら、その月の当直表を注意深くつくる必要があるのです。

 この作業が僕にとってはとても大変です。まずはみなにメールをして毎月のスケジュールの都合を聞き、それを踏まえて、シフトを配置します。かなり集中して行わないと、月間での当直回数にばらつきが生じたり、業務の大変さに大きな差ができたりします。毎日の当直は、指導医に当たる上の立場の人と、それより下の年次にいる人と、基本的に2人ペアで組むので、上の立場の人のシフトと、そうでない人のシフトを2種類考えます。それぞれ、10人ずつくらいいるので、1ヶ月あたり1人3回程度の当直を、大変さに偏りなく、3日間の日程が近くなりすぎないように注意しながら2種類作成します。どうですか、ものすごく過酷なシフトづくりだと思いませんか。これをこなすには、数時間の間、シフトづくりに集中し続ける必要があります。そうでないと、つくっている最中に、自分が全体のバランスをどう取ろうとイメージしていたのか分からなくなってしまうのです。そうなると最初からやり直さないといけない気がして、実際に何度かやり直しています。分かるかなぁ、この苦悩。取り組んだ人でないと、分っかんねぇだろうなぁ・・・。

 こんなはずではなかったんです。去年度までこの当直のシフトづくりを担当していた人は、エクセルを駆使して独自の計算システムのようなものをつくり、難なくこなしているように見えていました。その人が職場を異動することになり、誰が当直表をつくるかとなった時に誰もやろうとしないので、まぁ仕方ないかと軽い気持ちで立候補したのです。その人の計算システムを使えばきっとそんなに難しくないだろうと軽んじていたことは否定できないし、自分で予定をやりくりできるだろうという下心も多少あったかもしれません。でもやってみると、その人のシステムを引き継いだはずなのですが、まずそれをうまく使いこなせず、色々間違えているうちに計算式も多分おかしくなってしまってシステムが崩壊しました。結局、「自分で考えまくる」というものすごくアナログなやり方で毎月挑んでいるのが現状で、予定のやりくりも、誰も入れないなら自分が入るしかない、というあまり健全ではなさそうな自己犠牲を払いそうになったり、払ったりしています。何人かの優しい人が、一般的なシフトアプリなどを教えてくれましたが、それは先ほど書いたような、今の勤務先ならではの特性にぴったりと合うわけではなく、やり方を確立させるのが余計難しそう。ならば、勤務先の特性にぴったり合わせたものを注文できないか、と調べてみたところ、不可能ではなさそうですがとんでもない金額がかかるらしいことも分かりました。もう八方ふさがりなのです。八方ふさがりだから集中しないといけないのに、少し時間が経過すると、思わずNBAのYouTubeを観たり、そういう遊びでなくても、なぜか夢中で論文を調べ始めていたりすることもあります。それはそれで、学びになるし、NBAの知識も増えるので無駄ではないと思うのですが、とにかく毎回なかなか当直表が完成しません。そうすると、皆もプライヴェートの予定を組めません。集団に大きな迷惑をかけてしまうことになり、自分を責めたりしてさらに追い詰められます。でも、NBAをまた観たりしている・・・。これはもう多分、自分の脳に要因があるのではないかと思うようになってきました。

 きっかけは、書籍『ないようである、かもしれない』を読み返した時のことです。自分の文章を読んでみて思うのは、まとまっていない、ということです。文章中にも、なんてまとまらないんだ、というようなことを何度も書いています。これは、芸風としてわざとそうしているのではありません。あることを考えているうちに、違うことを思いついてしまいそのことに夢中になり、またどこかの段階で違うことが浮かんで、というように、その時々はかなり集中しているつもりですが、集中の矛先が色々なところに飛んでしまう傾向があるのです。それらに全く繋がりがないわけではありませんが、徹頭徹尾1つの話題や物事に集中し切るというのは僕にとってかなり難しいというか、あまりむいていないことのような気がします。だって、思い返してみれば、去年度までシフトづくりをしていた人は、自分と比べるとずっと落ち着きがありました。じっと机に座って作業をしていたように見えたし、話していても話題が飛んだりすることはありませんでした。

 今回の文章にしてもそうです。本当ははじめから当直表係の苦悩について書こうと思っていたのです。なぜいきなり脱線して、子供の話になったんだろう。でもきっと、それにも、ないようである理由が隠れている、かもしれない。冒頭あたりで話題にしていた子供や菌は、きっと状況が過酷な時もこんなにごちゃごちゃ考えたりしません。間違いなくもっとシンプルで、簡単にやめてしまうか、過酷なことなんて気にせず取り組み続けるかでしょうか。僕の場合、さすがに今の段階で投げ出してやめてしまうわけにはいきません。そんなことしたら、お前、立候補したやん、と皆思うだろうし、あまりにも社会性がなさすぎます。苦悩はあって我慢ばかりは嫌だけど、できれば波風立たないように、社会性は維持されたまま経過してほしいのです。こうなったらもう、毎月取り組み続けようと思います。いや、こうなったらというか、それしかないのですが。その先に、予想外の何か、例えば・・・などでは想像できない、予想外の豊かさがあることを密かに祈りつつ。もしそれが叶ったら、この連載で再び当直表の話を書こうと思います。その時はもしかしたら、苦しい仕事を乗り越える23の方法、といったような、自分としてはじめてのハウトゥの提案になるかもしれません。覚悟しておいてください。

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星野 概念

星野 概念
(ほしの・がいねん)

1978年生まれ。精神科医 など。病院に勤務する傍ら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。主著に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』『自由というサプリ』(リトルモア)。また、本連載をまとめた『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』が2021年2月にミシマ社より刊行。

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この連載が本になりました!

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 本連載をもとにした『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』が2021年2月に発刊されました!
 刊行を記念して、装画を担当された榎本俊二さんや、人類学者の磯野真穂さんとの対談イベントがおこなわれ、その一部が文章としてミシマガに掲載されています! ぜひご覧ください。

【榎本俊二×星野概念 『ムーたち』ラブな精神科医と榎本俊二の妄言対談】

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【磯野真穂×星野概念 「病む」と「治る」ってなんだろう。~精神臨床と医療人類学の話から~】

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