「ない」ようで「ある」

第16回

地味で地道な努力を省略しないことが

2020.04.03更新

 新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるっています。基本的にのほほんとしている僕でも、思っていたよりも随分大変なことになっているようだと焦っています。 

 診察室で会う人の不安も当然大きくなっています。人によってはコロナに対する恐怖や不安を直接は訴えないものの、なぜだか日々がうまく回らなくなって、人間関係がうまくいかなくなったり、イライラしたり、眠れなかったりすることも多くあるようです。それは、思ってもいなかった環境変化による余裕のなさと、未知と遭遇しているような恐怖がじわじわ続いていることが関係しているような気がします。

普段通りじゃない

 環境変化はあまりに突然に訪れました。例えば、子供がいる家庭では本来ならば、3月中旬まで子供は学校に行って、区切りになる学年ならそれぞれの式典に出て門出を祝うはずだったと思います。それが、急に学校に行けなくなって自宅で過ごさざるをえなくなりました。子供はどこに行ったらいいか分からずストレスがたまるし、あるはずの式典が思っていたように行われないなどのフラストレーションもたまり、普段よりも不機嫌になったりわがままになったりしたかもしれません。それを受ける両親は、2月3月としては今までになかったほど子供の世話をしなければならなくなったと思います。これが夏休みなどの、もともとある長期休暇であれば、突然訪れるものではないから心の準備ができて、集中的に家だけで子供の世話をするということは例年通りでしょう。でもそれが突然訪れると、面食らって頭が混乱してしまう可能性があります。専業主婦の人であれば、日中の子供がいない時間に家事をこなしたり、休憩したり、自分の趣味のことをしたりなどだったのが、急にそれができない環境に変わるので、じわじわと確実にペースが乱れます。「ない」ようで「ある」プレッシャーに昼夜問わずさらされるような状態になりかねません。

 また、客商売をする人たちも大打撃を受けています。3月に入った頃から、好きな店にこれまで通り遊びに行ったとしても、やはり少しお客が少ない。店の人たちは「いやぁ、厳しいですね」とか「まぁ、日によりますよ」とか「こういう時は回復した時の盛り上がりがすごいんで期待してます」とか、仰る言葉はそれぞれですが、つまり好調の方向では全くない状態がもうだいぶ続いているということです。客商売といえば、音楽や演劇など生の公演を主な活躍の場にしている人たちもそうです。3月以降、予定していたイベントがどんどん中止になると、当然その分稼ぎは減ります。配信などで対応するとしても、予定していたのと同様の経済的な効果はなく、これは大げさでもなんでもなく死活問題と言えます。観光の仕事をする人たちのことは間接的にしか聞いていませんが、観光業の状況が苦しいのは想像に難くないでしょう。これまである程度の経済的な算段が立てられたものが急に立てられなくなるというのは、全く嬉しくない方向の突然な環境変化です。

 このように、普段通りではない形に環境が変化すると、それに慣れる必要がありますが、これは簡単なことではありません。心身はデジタル機器のように、数字やプログラムで微調整をして順応させられるものではないので、新しい環境が今までとどう違うのか、どのように構えれば新しい環境における辛さは少ないのか、などのコツを掴むには思いのほか時間が必要なのです。イメージ的には、固い革靴や革ジャンが身に馴染むような、全部は自分でも把握できない細やかな、「ない」ようで「ある」馴染みも必要なはずで、それまでは、なんだか窮屈で過ごしづらい日々が続くことになります。新しい環境が日常になるまでは、その環境は非日常。つまり緩やかに非常事態が続くようなもので、かなり余裕がなくなります。

 余裕がなくなると、それまでよりずっと冷静さを失い、判断力や理解力が鈍ります。先ほど人はデジタルではないから、と話しておいてこの例えもおかしいのですが、必要な動作が多すぎてビジー状態になっているパソコンを想像してみてください。メモリを多く使っていてパソコンとしては余裕がない状態です。この状態だと、普段通りのサクサクした動作は難しく、作業の途中で止まってしまったり、驚くほど遅い動きになったりすることが多くなります。人の判断力や理解力も同じで、余裕がなくなると普段通り働かなくなります。しかも多くの場合、その状態には知らない間に陥っているので、自分の余裕がなくなっていることも、自分の判断力や理解力が鈍っていることも把握はしていません。だから、普段通り過ごし、物事を考えたり行動したりしているはずなのに、普段通りにいかないということが多くなります。これが続くと、なぜだかよく分からないけど気分が晴れなかったり、イライラしたりすることが多くなるのです。

よく分からない

 よく分からない、というものは人を不安にさせます。その証拠に、漠然とした不安にかられている人に、「こんなことが原因で不安が生まれているのかもしれないですね」という不安のカラクリを紐解けるようなフィードバックをすると、解決したわけではないのにそれだけでだいぶ落ち着いて過ごせるようになるというのを何度も経験しています。よく分からないことのカラクリが「ない」、から、「ない」ようで「ある」という認識に変わることは大切なことなのです。

 だから最近、診察室で会う人たちには、先ほどまで書いていたような、普段通りではないことがじわじわもたらす不安や焦りについて話すようにしています。ただ、今はそれだけで楽な気分になることが難しい状況です。現在我々が混乱する大きな要因は、新型コロナウイルスの正体不明さです。まさによく分からない。最初の頃と知見は変わってきていて、しかもそれは、思ったよりも大丈夫だった、というのと逆の方向に向かっています。いつどうやって収束するのか、もしかしたら経験したことがないくらいの世界的な非常事態にもっともっと突き進んでいくのではないか。得体が知れないだけに、先が読めません。突然迷いこんだ洞窟の中で、光も地図もほとんどないままいるようです。何も分からない洞窟の中にいたら、時々聞こえる音とか、突然触れるもの、垂れてくる水滴さえ恐怖の対象になりえるわけで、今我々が不安や焦りを強くしているのは当然なことと言えます。

 不安や焦りが強くなると余裕が減り、余裕が減るとさらに不安になり焦り、冷静な判断力、理解力を欠く方向に進んでしまう。この悪循環は、入ってくる情報の多くを「とりあえず不安」と認定してそれ以上は吟味せず、その不安の対処として衝動的な行動に至らせるという連鎖を生みます。一連の買い占め行動などがその例です。脳が緩やかにパニックを起こしている状態が続いているし、自分や身近な人をまずは助けたい一心であるとも思うので、そういった短絡的とも言える行動をする人を簡単には責められないような気もしますが、全体的に見ればもちろん良い流れではありません。

どのように構えたら

この状況、どのように構えたら良いのだろう。きっと、今抱えている不安とか焦りを生んでいる根本的な出来事はすぐには変えられません。その中で、どれだけ気持ちに余裕を持たせられるか。危機に瀕した状況において、「ない」ようで「ある」ゆとりを持つことは、現状を冷静に吟味できることに恐らく繋がると思うので、焦りを抑えて一旦立ち止まって考えてみたいと思います。

 コロナがどんなウイルスで、その対策はどうすべきかという議論は毎日たくさんのところでされていて、どうしようもなく我々は振り回されている状況です。みんなコロナに困らされているのです。手洗いをして顔や口や鼻をなるべく触らないようにすべし。無症候性のキャリアの可能性もあるので、自分が大丈夫だと思っても、万が一の拡散を防ぐために今は不要不休の外出は控えるべし。これらは、これ以上なるべくコロナに困らされないようにする手段と言えます。この、困らされないようにする、という姿勢は、なんとなく主導権がコロナ側にあるような気がします。「ない」ようで「ある」パワーバランス。基本構造として困らされる側であるという無意識的な認識は、人を弱気にさせます。もしかしたら、手洗いをするとか外出しないとか、そういう対策に少し消極的になる一因になっているかもしれません。

もっと積極的な姿勢はどんなものかと考えてみると、コロナを困らせようとする手段を講じるということになるでしょうか。コロナはどうやったら困るんだろう。これを考えるために、ひとまずコロナの身になってみるのはどうでしょうか。

コロナの身に

 コロナは微生物ですが、細菌や真菌などの菌類と違ってウイルスです。だから「コロナ菌」という表現は間違っています。菌類は単細胞生物なので1つしか細胞がありませんが、細胞を確かに持っています。人間には何十兆もの細胞があるので、菌は究極にシンプルな形であると言えますが、細胞があれば環境次第で自分で増えることができます。生物はなんだって、数を増やして繁栄したいので、どうやったら自分が増やせるかということがとても重要です。一方、ウイルスにはなんと、細胞がありません。これが菌類とウイルスの「ない」ようで「ある」大きな違いです。細胞がないのにどうやって増えるかというと、他の生物の細胞に入りこむしかありません。例えば、酒を造る菌は真菌類というカビの仲間ですが、真菌類は細胞があるので自分で増えることができます。酒造りの最後に大活躍する酵母は、酒の元になる液体の中でどんどん増えて、糖を食べてアルコールと二酸化炭素を生みに生み、発酵を進めていくのです。(あぁ、酒が飲みたいなぁ。)ウイルスだとこうはいきません。とにかく生体の細胞に入りこまないと増えることができないので、酵母のように液体の中で自分だけで増えていくことは叶わないのです。

 僕がコロナだったら、増えたい。主に人間の細胞に入りこんで増える体質ならば、どうにか入りこむようにしたいです。入りこむ経路はいくつかありますが、鼻や口なんて常にオープンになっているのでうってつけです。1人の人間の中で十分に増えたら、外に飛び出して他の人間にも入ってもっと増えたい。咳やくしゃみに乗って飛び出して、吸い込んでくれと思いながら浮遊するでしょう。

 順調に増えている時に怖いのは、駆除されることです。菌類の中にも人体に入り、増えて不調をもたらすものはたくさんあります。でもそれらはウイルスのように細胞に入りこむのではなく、人体の中に入って、増えやすい環境があると喜んで増えるというだけなので、人体からするといくら体内で増えても他者です。他者である菌類は、抗菌薬、つまり抗生物質の標的できます。一方ウイルスは、人体の細胞に入りこんで同化しているので、他者と言い切れない部分があります。つまり、ウイルスだけを狙う薬をつくるのはとても困難なのです。このことはウイルスにとっては好都合で、ウイルスを退治できるのは主に、人体の中にある免疫システムだけなのです。予防接種とは、そのウイルスにほんのちょっとだけ感染して、そのウイルスに対する免疫を獲得するために行います。でもウイルスはすぐに変異を起こすので、獲得したその免疫も効果がない場合があったり。こう考えるとウイルスはとても厄介者ですね。あ、間違えた。今僕はコロナ側に立っているから、「どうだ、参ったか!」という気持ちになるべきでした。なかなかそうはなれないけれど......。やっぱり人の気持ちになりきるというのは難しいですね。今回は人ではなくウイルスなのでなおさらです。

困らせるために

 でも、こう考えると、コロナを困らせるためには、まず侵入経路を閉鎖することが大切です。侵入されなければ細胞に入りこめず、増えることができないからです。そのためには、侵入経路である口や鼻をむやみにオープンにしないことです。手洗いを頻回にすれば口や鼻を触っても侵入の可能性は減らせるので、やはり手洗いも有効そうです。それから、人との接触の機会が増えれば、コロナが自分以外の生体に侵入できる機会が増えることになります。接触する全員が侵入経路閉鎖のための努力を必ずしているとは限らないし、基礎疾患があって身体が弱っていたり、高齢で免疫が働きにくい生体にはコロナは侵入しやすいはずなので、そうさせないことはコロナを困らせることに繋がります。やはり、しばらくはなるべく篭ることも有効そうです。

 次に、侵入されてしまった時のことを考えると、もう免疫頼みということになります。免疫に関しては複雑なので僕も理解できていないことがたくさんありますが、ものすごくざっくり言えば、健康的な生活が大切なのだと思います。栄養、休養、養生を心がけて間違いはないでしょう。食べて、寝て、冷えないようにする、などの基本的なことであれば気をつけることができそうな気がします。こう考えると、現状でコロナを困らせようとする戦術は、コロナに困らされないようにする対策と重なります。ただ、できる限り積極的に取り組むために、「困らせてやるぞ〜」という姿勢も少しは役に立つのではないでしょうか。

地味で地道なこと

 さて、改めて考えてみたわけですが、我々が今できることは限られています。どれも大層なことではなく、地味で地道な努力と言えます。これは今回のことに限りませんが、「ない」ようで「ある」地味で地道な努力を省略しないことが全ての物事において大切なのだと思います。逆に言えば、それ以外の時間はコロナに縛られる必要はなく、その時間は実は結構ありそうです。コロナのことを考える時と考えない時を分けてみて、後者では普段通りの生活だと持てなかった、自分のための時間に当てるなどしても良いのではないかと思いました。ちなみに僕は、ずっとやりたかったぬか床を始めてます。日々、ぬかがかわいいです。

 だいぶ文字数を使って考えた割には、大したことが導きだせませんでしたが、一刻も早く、さらに積極的なアプローチが発見されるように願っています。それまでは地味に地道にいきましょう。そして、客商売を主戦場にしている大切な人たちが困りすぎないアイデアや状況になることを渇望しています。

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星野 概念

星野 概念
(ほしの・がいねん)

総合病院に勤務する精神科医。執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。著書に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』がある。

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