「ない」ようで「ある」

第10回

共通するのは、「曖昧さに耐える」ということ

2019.09.28更新

 9月23日に、素晴らしいソウルバンド「思い出野郎Aチーム」の高橋一さん、通称マコイチさんと、思い出野郎Aチームのデザインを多く手がけている國枝達也さんとともに、思い出野郎Aチームの新譜『Share the Light』の発売を記念したトークイベントを行いました。

余談

 いきなりですが、しばらく余談です。

 僕は、子供の頃テレビ東京で繰り返し放送されていた、吹き替え版の「特攻野郎Aチーム」というアメリカのドラマが大好きでした。これは、アメリカ陸軍コマンド部隊出身のおたずね者4人組が、人々の依頼で悪と戦うドラマです。4人のメンバーにはそれぞれあだ名がついています。作戦を立案するハンニバル、超イケメンで老若男女を虜にしながら騙し、物資調達をするフェイスマン、モヒカンで大きい体ながら精密な機器の製作や修理が得意で飛行機が失神するほど嫌いなコング、天才パイロットだけど奇行が多く、退役軍人病院に入院しているクレイジーモンキー。この、すごくて、且つダメな4人組が痛快に活躍していくストーリーに夢中になり、大人になってからDVDボックスを買いました。

 特攻野郎Aチームを知って以来、僕は1人の圧倒的な人物が主役の物語よりも、チーム編成が素敵な物語を好むようになりました。いくら物語の主役といっても、1人だけあまりにも凄すぎるというのには違和感を感じるからです。それよりも、それぞれが自分の特性を生かす時は活躍するし、そうでない時は目立たなかったり失敗したりするという方がしっくりきます。悪役も含めて全員が主役であり、全員が主役でないという形の方が自然な気がします。つまるところ皆平等に、ただの登場人物である。そんな形がホントのところではないかと思うのです。その後、「オーシャンズ」シリーズ、「X MEN」シリーズ、「ガーディアンズ オブ ギャラクシー」など、魅力的なチームが活躍する作品に幾つも出会いました。

 また、実は僕の「概念」という名前も、かつて組んでいたバンドで名前を変えることになり、特攻野郎Aチームを参考にして数秒くらいで決まったものです。バンドのコンセプトや作詞を担当していたから僕は「概念」。他のメンバーの苗字の下の名前は、美メロづくりが得意な「名作」と、八百屋の店長でもあったドラマーの「体力」、途中でバンドを辞めて教師になった「教育」でした。まぁ、「教育」はやめてからつけたのでメンバーかどうかという議論もありますが、議論する以前にそんなバンドが売れるわけがない・・・。

余談から戻る

 さて、話が逸れすぎる前に本題に戻ります。

 そうそう、思い出野郎Aチームの新譜発売記念トークの話。僕はマコイチさん、國枝さんのお二人とお会いするのは初めてでした。でもバンド名は知っていて、気にならないわけはないし、色々なところであの格好良い声をすでに聴いていました。そして、あのバンド名は特攻野郎Aチームが好きでつけたのかもしれないと考えドキドキしていました。もしそうだとしたら、トークイベントはほとんど特攻野郎Aチームファンの集いのような話に終始してしまうかもしれない。そして勢いで久々にmixiをやってみたりするかもしれない。どうしよう、正気が保てない。

 少なくとも、巷の他のバンドよりその可能性はずっと高いはずなので色々考えましたが結局、名前の由来は違うものだったのでmixiを始めるまでには至りませんでした。でも聞いたところによるとバンドの内実は期待通り、それぞれのメンバーが生かすべき特性を持ち、それ以外の部分では各々が面白くポンコツであるという、僕が考える勝手なAチームマナーを持っているようでした。しかも、ライブの時の登場曲が「ガーディアンズ オブ ギャラクシー」の曲。もう間違いはないでしょう。

 トークイベントは歌詞、作詞に関することがテーマでした。たくさんの、誠実に生み出された言葉たち。アルバムタイトルである「share the light」という言葉が登場する『灯りを分けあおう』という曲では、「離れ離れの暗い夜に君が明かりを灯せば、誰かにとってそれは小さなぬくもりになる」という内容が歌われています。これは、誰か特定の人のために直接的に明かりを灯すのもとても素敵だけど、そうでなくても、灯された明かりは円環的にどこかの誰かのぬくもりになるだろう、という思いが込められている気がします。そんな曖昧で小さなぬくもりの重なりが少しずつ広がった先に、今よりもあたたかく柔らかい社会があるのではないかという祈りのようなものが感じられて心が揺さぶられました。そしてそれが、自分が普段臨床しながら考えていることと重なることのようで喜びと癒しを覚えました。

 僕の仕事である心理臨床やその他のさまざまな対人支援において、すぐに鮮やかな変化がもたらされることは少し危険なことだと思っています。だって、相手にしているのは人間で、人間は本質的にそんなにすぐに変化するはずがないのです。それと逆行するような即効性、合理性を求めすぎると、後から大きなしっぺ返しが待っているような気がするので、向き合う相手のことを時間をかけて分かろうとするしかないと考えています。日々少しずつの試行錯誤が重なったり、時を経て繋がったりして、相手が少しでも楽になればいいという祈りのようなものを自分も持っていると思えたのです。

 また、作詞に関する話の中でマコイチさんは、本当に納得のいく言葉が出てくるまでがとても辛かったと言っていました。これも僕にとっては、体感としてとてもよく分かる話です。多分、作詞でも、文章を書くのでも、話をするのでも共通していると思うのですが、自分の心の中に「ない」ようで「ある」、まだ得体の知れないモヤモヤしたものを言葉にするというのはとても厄介な作業です。そのモヤモヤが「ない」ようで「ある」ことはなんとなく自分でも感じている。でも、その輪郭はなかなか掴めないので、まずそれが大まかにどんな形をしているのか捉えるために思考する。次にそれがある程度掴めたら、ぴったりする言葉を探す。その上で、歌詞ならばメロディに乗せ、文章ならば文体などを考え、会話ならばどのようなトーンで話すかなどを多分判断して、さまざまなアウトプットとなるのだと思います。

 だから、自分の考えを表現しあぐねている人を急かしても簡単に言葉にはならないだろうし、焦って自分の考えをつけ焼き刃な言葉で表現しようとしてもあまりしっくりこないのです。作詞に関して言えば、一つ一つの言葉を少しだけ妥協しているうちに、全体像が変わってしまうということも容易に起こります。今回の思い出野郎Aチームの新譜にはその現象がほとんどなさそうで、本当に尊敬するし、とても辛かったというのは大いに納得できます。

 先ほどの、小さな灯から社会が柔らかくなることへの祈りや、対人支援における時間をかけた関わり、そして、心のモヤモヤを言葉にするまでの簡単ではない過程に共通するのは、「曖昧さに耐える」ということです。直接的な意味や効果がとても分かりにくいことを地道に続けるのはとても難しいです。これはつまり、「ない」ようで「ある」、いつかじわじわと染み出てくるような未来を待つということで、その過程はとても孤独です。だからこそ、なんとなくその孤独をshareできたトークイベントは、僕にとってとても大切なものになりました。このイベントを仕切ってくれたのが、東京から福岡に移住してデリカテッセン「三月の水」を営み、移住した地で地道に頑張る友人夫婦だったこと、開催された場所がその夫婦と何度も酒を飲んだ湯島の「MUSIC BAR道」であったということも、円環的な時間の流れを感じる一要素でした。

曖昧さに耐える

 今回の「曖昧さに耐える」というテーマで連想される対人支援の実践法があります。それは「オープンダイアローグ」というものです。今回この話を詳しくすると、情報量が多すぎて何が言いたいのか分からない度合いがいつも以上になってしまうのでかなりさわりしか書きませんが、9月にこの「オープンダイアローグ」の実践を志す初心者のための3日間のワークショップに参加しました。

 これは、クライアントとなる人に危機が生じた時、従来のように受診を促すなどではなく、即座にチームを作り訪問するなどして対応するというものです。チームには福祉や医療の中でさまざまな職種の人が含まれます。することは診療ではなく対話です。この表現はややこしいかもしれませんが、診療というのは医師を中心としたチームで症状を聞いたり診断を考えたり治療をしたりすることです。その過程でもちろん対話もしますが、「オープンダイアローグ」では基本的にすることは対話のみです。複数人で柔らかく関わりながら、クライアントの言葉で体験が語られるのを待ちます。だから、「気分は落ち込みますか」とか「それは幻聴かもしれません」などこちらで誘導したり、解釈して伝えたりはしません。先ほど書いたような、言葉の醸成を待つということが大きな割合を占めます。これはまさに、曖昧さに耐える、こととつながるし、実際このオープンダイアローグの原則の大きな1つが、曖昧さに耐える、ということとされてもいます。

 ワークショップでは、2〜3人のグループになり、例えば5分ずつ時間を与えられて話す側、聞く側に別れるワークがありました。あるテーマで5分間自分の考えを話すというのはなかなか長いです。聞く側の時は、うっかりすると口を挟んでしまいそうになる瞬間がいくつもありました。

 でも、よく考えながら言葉を練り話をすると、自分でも知らなかった、「ない」ようで「ある」自分の思考に出会えたり、聞く側の時にしばらく辛抱すると、「いない」ようで「いる」相手が見つけられるような発見がありました。

 これは、現象としては静かなことだけど、自分にとってはかなり新鮮な体験でした。そして他にもう一つ、とても刺激的な体験をこのワークショップでしました。

 それは、自分の目の前で自分の噂話を聞くという体験なのですが、それについては曖昧にしておいて、また何かの時にお話します。

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星野 概念

星野 概念
(ほしの・がいねん)

1978年生まれ。精神科医 など。病院に勤務する傍ら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。主著に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』『自由というサプリ』(リトルモア)。また、本連載をまとめた『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』が2021年2月にミシマ社より刊行。

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