「ない」ようで「ある」

第24回

現代人が知らぬ間に失いつつある感性を取り戻そうとすることなのでは

2020.12.08更新

 人はそれぞれ違う、ということを考えれば考えるほど、自分が行なっている精神科診療や支援をマニュアル化することはできません。マニュアル的なものには頼らず、目の前の人に合わせて向き合い方を工夫していくことが、丁寧な対話を生む地味なコツと言えます。精神科診療においては多くの場合、頼りになるのはその人のお話や、見た目や雰囲気など、数値や画像などにあらわしきれないもので、決定的な検査はほぼありません。でも実は、それらから得られる情報はとてもたくさんあります。まずは、今どういうことで悩んでいるのかということ。これは重要です。落ち込んでいるとか、考えがまとまらないとか、眠れないとか、食欲がわかないとか、色々なキーワードから聞いていくと、その悩みの程度や持続している期間、きっかけになった出来事など、少しずつその人が感じている世界が分かりはじめます。これは、その時点での困りごとを詳しく教えてもらっていることになるので、グラフで言えば横軸であると言えます。さらにその人への理解を深めるためには縦軸、つまりその人の歴史を知る必要があります。生まれてから今まで、その人にはどのような物語があったのか。どこで生まれて、どんな家族とどんな環境で育ち、人間関係の変遷はどんな風で、それらが今のその人にどのように影響を及ぼしていそうなのか。これらが感じられると、長い年月で培われたその人の人となりが少しずつ掴めていくのです。こうして相手への理解が徐々に立体的になっていくと、ある出来事が起こった時、「自分だったらこうは感じないけど、こんな物語を経てきた人だったらそりゃぁとても不安になるよなぁ」など、その人のことを少しずつ想像できるようになっていきます。このように、お話をして得られる様々な情報から、向き合う人に対する想像の解像度を高めていくことが、精神科での診療と言えます。

 これは文章で書くと、なんだか簡単なことのように思えるのですが、実はとても難しいことです。心理臨床に携わる多くの人は、精神医学や心理学など、心の仕組みやあり方について体系化された学問を下地にして心を捉えようとするわけですが、心というものには、目に見えたり聞こえたりなど、五感ではっきりと捉えられるような実体はありません。我々は、五感で捉え切れない要素については、五感以外の何かで「感じる」しかないのです。これがまた複雑で、その人の過去の体験や物語と、今の体験や気分、環境などが影響を与え合ったりして渾然一体としているものが、多分、心です。そんな曖昧なものを分かろうとしても簡単には無理だし、分かり切ることは恐らく永遠にできません。それなのに、心は確実に存在していて、我々に絶大な影響を与えています。心よ、あなたはなんてイケズなのでしょう。

 でも、心のように、五感で簡単に捉えることはできないのに間違いなく存在しているという「ない」ようで「ある」あり方に、僕はかなり魅了されます。はっきりと存在が証明できるわけではないのにその存在をなぜか信じ、それに振り回されたりもするということは、とても尊い営みのような気がするのです。これは、信仰とか迷信にも似ています。神様のことはほとんどの人が見たことも会ったこともないのに、皆信じています。さぁ、いよいよ科学と非科学的の境界線をまたぎ、あやふやな世界に足を踏み入れました。僕は心や信仰の他にも、醗酵に関する知見を深めたり想像したりすることに、多くの人よりも強いときめきを覚えます。恐らくこれも、同じような理由によるものだと思います。醗酵の主役は菌たちですが、菌は全く肉眼では見えません。でも、その存在を信じ、目視しないままに醸造は進められます。菌は顕微鏡を使えば見えるので、視覚で確実に捉えられるとも言えますが、普段から顕微鏡を装着することはないわけで、どんな空気中にもいるということは簡単には確認できません。「ない」ようで「ある」ということを、どこかで体感し、信じるしかないのです。僕は、酒や醤油、味噌などの蔵に行ったり、漫画『もやしもん』を読んで、空気中に無数の菌たちが漂っているイメージをする訓練をしているうちに、菌の存在を体感できるような感覚を身につけました。もちろん気のせいかもしれません。でも、感じられなかったものが感じられるような気になると、自分の周りの世界を捉える解像度が高まった気がして、とても豊かな気分になります。我々が生きているこの世界は、目に見えたり、簡単に認識できるものばかりで構成されているわけでは決してない、ということが体感できているようで、なんだか嬉しいのです。確固たる実体のある捉えやすいものの間に、「ない」ようで「ある」曖昧模糊としたものを体感するというのは、もしかしたら、必要性がはっきりとはしていないけど実は大切な様々なことを感じ取るという、現代人が知らぬ間に失いつつある感性を取り戻そうとすることなのではないかとさえ思えてきます。

 そうそう。先日、ご縁があって千葉県の神崎町にある寺田本家という酒蔵を訪れました。その頃僕は、自分でも理由のわからない、わずかな不調に苛まれていました。多分、季節の変わり目で心身ともに不安定だったのだと思いますが、なんだかもやもやした気分が続き、一日中眠いような日々をしばらく送っていました。それが原因かは分かりませんが、当日も寝坊。誘ってくれた人たちの車に乗れず、一人で電車で向かいました。あぁ、やっぱり不調なのかもしれないなぁと考えながら、冴え切らない気分で電車を乗り継ぎ、最寄駅である下総神前に着くと、なぜだか少し体が軽くなった気がしました。2時間ほどかけて移動したのでさすがに頭も体も起きてきただけかもしれませんが、寺田本家に到着してみると、それだけではないと確信しました。うまく説明できませんが、しばらくかかり続けていたもやがスーッと晴れていくような感覚を覚えたのです。「好きな感じ」と出会った時にこのような変化があるのを思い出しました。それから蔵を見学させてもらい、話を聞いたり散歩をしたりしているうちに、寺田本家を取り囲む環境が本当に素晴らしいことを知りました。寺田本家のすぐ隣は神前神社という神社なのですが、そこにはたくさん木が生えていて、もはや森です。しかも荒れた森ではなく、整いすぎた森でもなく、ただそこにしっかりとあるという感じの強く信頼できる森。その森から水が湧いているため、大量の水を使う酒造りをしていても、全く蔵の井戸の中の水が枯渇することはないそうです。森がしっかりしていれば、土もしっかりしていて、あたり一帯の「気」はとても自然に澄んでいます。この「気」も、「ない」ようで「ある」ものの代表選手だと思いますが、明らかに居心地が良いのです。その森や土や木、そして気と呼応するように、寺田本家で行われる酒造りは自然とともにあります。現代的な酒造りは、温度や湿度を管理する機械を用いて環境管理的に行われるやり方が多いですが、寺田本家には、そのような環境を調整するための機械は見当たりません。勝手に菌を体感できると思い込んでいる僕からすると、無数の菌たちが無理なく自在にそこにいる感じがしました。神崎町の寺田本家や神前神社の周辺では、森、木、土、菌、人、犬(寺田本家にはラブラドールレトリバーがいました)などが互いに影響を与えあっていて、その影響の良さが渾然一体としたものが、あのここちよい「気」とか「好きな感じ」、「自然な感じ」になっているのではないかと思いました。

 それからしばらくして、北海道の浦河町に行きました。浦河町は、札幌から車で2〜3時間程の距離にある、人口約1万2千人の町です。いわゆる過疎な町であると言えますが、ここでは、精神疾患がある人たちが他の地域と比べて圧倒的にのびのびと生活しています。その拠点となっているのが、べてるの家です。べてるの家では、精神疾患がある人たちが日高昆布を商品にしたり、いちごの加工作業をしたりしながら、自分の困りごとについて「当事者研究」と「SST」という形を軸にして、自分で研究したり仲間に発表したりして、なるべく生活を辛くないものにするという営みをしています。これらの営みについては、たくさんの書籍などで解説されているのと、文字数があまりに膨らみそうなので今回は割愛します。べてるの家では毎年、べてるまつりという祭りが行われていて、その祭りの目玉企画が「幻覚&妄想大会」です。これは、発表者が体験している幻覚や妄想の内容を、まつりに参加している人たちに発表するもので、毎年グランプリが選出されます。今年はオンライン開催でしたが、グランプリを受賞した人がその賞状を持って真っ先にグランプリ受賞の報告に行ったのは、いつも症状が不安定になるとお世話になっている警察官のところだったそうです。こんなこと、他の地域では想像できません。精神疾患のある人が社会的な罪をしているわけでは全くありませんが、不調になりコントロールがきかなくなると、本人や周りの人から警察官にSOSが出されることは少なくありません。でも、賞状を真っ先に見せに行くような、友人とかお隣さんのような関係性は構築されにくいはずです。警察官があまりにたくさんいる都市部だったらまず不可能で、医療や福祉と直接は関連しない警察官と、精神疾患のある人が安心した関係を築くというのは、一般的な地域においてはまだまだ、かなり難しいことなのです。浦河の町では、べてるの家ができてからもう約30年間、精神疾患のある人たちの生活が町に開かれている印象です。皆さんが生活するグループホームもどんどん多くなっていますが、これはもしかしたら、過疎の土地だからこそ実現したことかもしれません。

 精神疾患がある人は社会的な少数者で、社会の中ではそれだけで劣等感や生きづらさにつながることが多いと感じるし、僕は精神保健に携わる人間としてそのことに違和感や憤りを感じながらも、それをどのように解消できるのか打開策が見出せず、やるせなく不甲斐ない気持ちでいます。浦河町では、約30年かけて、精神疾患のある人と、その支援者や町の住人たちが馴染み合い、慣れ合ったことで、町全体が他の地域よりも随分過ごしやすい形ができていて、精神疾患のある人たちとない人たちが渾然一体としている雰囲気を感じました。これは、どの地域でも簡単に真似できることではもちろんありませんが、その雰囲気は僕にとって、嬉しく、羨ましいと思えるものでした。

 心も、醗酵も、神崎町の土地の気も、浦河町の人々の雰囲気も、捉えきれない様々なものが渾然一体として醸し出される、「好きな感じ」があります。この良さは、五感で捉えきれないもので、それ故に、分かり切ることも、説明し切ることもできません。こういうものこそ、僕は何より大切にしていきたいと思っています。

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星野 概念

星野 概念
(ほしの・がいねん)

1978年生まれ。精神科医 など。病院に勤務する傍ら、執筆や音楽活動も行う。雑誌やWebでの連載のほか、寄稿も多数。音楽活動はさまざま。主著に、いとうせいこう氏との共著 『ラブという薬』『自由というサプリ』(リトルモア)。また、本連載をまとめた『ないようである、かもしれない 発酵ラブな精神科医の妄言』が2021年2月にミシマ社より刊行。

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