46歳で父になった社会学者

第7回

迷惑

2019.05.07更新

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この連載に加筆修正を加え、本になりました。ぜひ書籍でもご覧ください。

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『46歳で父になった社会学者』工藤保則(著)

 徳島のいなか町にある実家に帰省して、とくだん何をすることもなく過ごした後、徳島駅前まで父に車で送ってもらう。そして、駅前のデパートの中にあるお店で夕食をとる。息子のじゅんが乳児だったころはファミリーレストランに入っていた。そこで、じゅんにはミルクを飲ませたり、ミルクを卒業してからは離乳食を食べさせていた。"ファミリー"とつくここならば、じゅんがぐずってもあまり迷惑にはならないだろうと思ったのである。

 じゅんが1歳半くらいになり、離乳食以外のものも食べられるようになってきたときから、他のお店に入るようになった。いくつか試した後、地元の魚料理を出すお店が気に入った。いつも注文する煮魚にご飯とうどんがついた定食は、じゅんも好きなのでよく食べてくれる。

 そのお店でこんなことがあった。機嫌よくご飯を食べていたじゅんが、どういうわけか急にぐずりだした。

「いーややー」

「何が嫌?」

「いーややー」

「ご飯、食べないの?」

「いーややー」

「気分、わるいの?」

「もー、いーややーー」

 やがて、大声で泣きはじめた。

「ぎゃーー。ぎゃーーー。ぎゃーーーー」

 泣き声が店内に響きわたる。どうあやしても泣きやまない。

 私たちの他にお客さんは二組いた。一組のお客さんは60代のご夫婦で、そのご主人が頻繁にこちらに視線を送ってくる。その目は「何とかしろよ」と言っている。私も妻も、何とかしたいのはやまやまだ。

 ここまでの大声で泣くと迷惑であることは間違いない。「泣きやむまで、お店の外に出てくる」と妻がじゅんを抱きあげようとしたその時、中年女性二人連れであるもう一組のお客さんのひとりが私たちのテーブルに近づいてきて、「はい、これあげる。大切にしてね」と言いながら、ピンク色の小さなクマのぬいぐるみがついたキーホルダーをじゅんに渡してくれた。じゅんは何が起こったのかよくわからない様子できょとんとしていたが、現金なものですぐ笑顔になった。私と妻は「助かった」と思った。お礼を言おうとすると、それより先に「いいから、いいから」と言いながら席にもどっていった。そして連れの方に「子どものことは、皆いっしょだから」と言って笑っていた。分かってもらえることのありがたさをつくづく感じた。

 食事のあとは、駅近くのホテルに向かう。最初は全国チェーンのビジネスホテルに泊まっていた。予約する際にベビーベッドをお願いして、部屋に入れてもらっていた。その他は一通りのものはそろっているので、まったく問題はなかった。

 じゅんが1歳くらいになるとさすがにベビーベッドはもう狭くなる。ハイハイで自由に動きたいだろうと、和室をとることを思いついた。インターネットを使ってずいぶん探した結果、徳島駅からタクシーで数分の距離にあるホテルに和室をみつけた。そのホテルは地元で古くから営業しているところのようで、設備に少々年季が入っている様子だった。

 何度目かにそこに泊った時、こんなことがあった。妻が「熱がありそう」というので午後5時頃に先にチェックインさせ、私とじゅんは徳島駅近辺で夕食をとっていた。そこに妻から電話が入り、力のない声で「熱を計ったら40度あった。今から救急病院にいく」とのこと。あわててホテルに向かうと、ホテルの方が「先ほど奥様を病院にお連れしました。しばらく休んでいたほうがいいとのことなので、今、病院のベッドで寝ておられます。9時くらいにお迎えに行ってきます」と説明してくれた。9時過ぎに妻が病院から帰ってきて言うには、「ホテルの総支配人の方に車で救急病院への送り迎えをしてもらった」とのことだった。私に説明してくれたのは総支配人だったのだ。

 翌日の朝、妻の熱は37度台まで下がった。しかし、今度はじゅんが急に熱を出した。

「あついの」

「えっ、何?」

「あついのっ」

「どこが熱いの?」

「あついのー」

「熱があるの?」

「もー、あついのーー」

 フロントに電話をして相談すると、総支配人にかわってくれて、「奥様、お子様のおからだのこともありますので、部屋はご自由にお使いください。もう1泊していただいてもかまいませんし、チェックアウトをご都合のいい時間にしていただいてもかまいません」と言ってくれた。

 とりあえず午前中は部屋で休ませてもらうことにした。旅行時には必ず携帯している解熱の座薬を入れるとじゅんは少しおちついた。妻の熱も37度台前半だったので、ふたりが安定しているうちに神戸にある妻の実家まで移動することにした。高速バスに乗るために徳島駅前のバスターミナルに向かう際には、総支配人が自らマイクロバスを運転して送ってくれた。降りる時には「男のお子さんは熱がよく出るので、気になりますね。奥様もおからだにお気をつけて」と声をかけてくれた。この時の親切は、心底、ありがたかった。

 旅先では、想定外のことがおこる。動きは活発になったが意思疎通は十分にできない1歳~2歳頃が、一番大変だったかもしれない。この頃の子どもを連れて外出すると「何かある」「まわりに迷惑をかける」のは当然なことと考え、私たちは3カ月に1度の帰省を続けた。外で何かあっても――大なり小なり必ず何かあるのだが――まわりの人の助けもあって、なんとか乗り切ることができた。その経験の積み重ねが自信につながったように思う。同時に、さっと差し伸べられる「手」のありがたさが身にしみた。

 手助けしてくれる人たちは、自らの経験として、子どもという存在を理解してくれていた。もしこのように守ってくれる人たちがいなかったら、「まわりに迷惑をかけてしまう」という気持ちに負けてしまっていただろう。徳島でもらったピンク色のクマのキーホルダーを、私たちはピンクマさんと名づけ、しばらくお守りのようにじゅんのリュックにつけて、いっしょに帰省していた。

 最近では、リュック2つと子ども用リュック1つで帰省している。じゅんも着替えとおもちゃを入れたリュックを背負ってくれるようになったので助かっている。

工藤 保則

工藤 保則
(くどう・やすのり)

1967年、徳島県生まれ。龍谷大学教授。専門は文化社会学。著書に『中高生の社会化とネットワーク』(ミネルヴァ書房)、『カワイイ社会・学』(第25回橋本峰雄賞。関西学院大学出版会)、共編著に『無印都市の社会学』(法律文化社)、『<オトコの育児>の社会学』(ミネルヴァ書房)、『基礎ゼミ 社会学』(世界思想社)などがある。好きなものは、落語、散歩、リクオ(シンガーソングライター)、「0655」(テレビ番組)。現在、7歳の息子と2歳の娘の子育てまっただ中。

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