46歳で父になった社会学者

第23回

有名

2020.09.06更新

 息子のじゅんが生まれた年の秋、妻がこんなことをいった。

「じゅんくんが、これからの人生で何かつらいことがあった時、手に取って『自分の人生がつらいものであるはずがない』と思えるようなものをつくってあげたい」。

 妻にもそういう時があり、そういうものがあったのかもしれない。

 私はその言葉に大いに納得し、ふたりで考えをめぐらせた結果、じゅんに関する「本」を毎年つくることにした。私は仕事の成果を本として出すことがあるし、妻は大の本好きである。ふたりとも本が身近にあるので、そのようなアイデアになった。もちろん、「本」といっても市販されているような本ではない。いわゆる「私家版」である。

 1冊目はじゅんの生まれた年の12月20日から編集作業を始め、完成したのは12月30日だった。奥付の発行人のところには妻の名前が入っている。構成は、「はじめに」「できごと」「日誌」「写真」「手紙」「あとがき」からなっている。

 「できごと」には「7月2日 11:25誕生。体重2804g、身長49.6cm、胸囲31.0cm、頭囲32.4cm」「7月7日 退院。この日が出産予定日だった」「7月13日 へその緒がとれた」「7月22日 乳児湿疹が出始める」というようなじゅんの様子や、「8月24日 のんちゃんが遊びに来る」「9月5日 初ワクチン(ヒブと肺炎球菌)。一瞬泣いただけ」「11月25日 一泊二日の徳島旅行。午後、父の実家で大きいじいちゃん(ひいおじいちゃん)、おじいちゃんと初対面」というようなじゅんをめぐる出来事を記録としてまとめている。これが3ページある。

 「日誌」は、じゅんの誕生後、病院でもらった「今日の赤ちゃんの様子」という、おっぱいやミルク、便や尿についての記録用紙をコピーしたものである。妻は退院後も毎日それをつけていた。1ページが1日分となっており、12月31日までの記録なので152ページある。

 「写真」はたくさん撮った写真を時期ごとに厳選したものである。1ページに4枚載せて、計6ページ。生まれてすぐの写真、退院してから家で撮った写真、お宮参りやお食い初めの時の写真などである。帰省した際に撮った、当時102歳の祖父と一緒に写っている写真もある。たった半年間の間に、じゅんがぐんぐん成長していったことがよくわかる。最後の写真は、ベビースケールに裸のじゅんが乗っており、カウンターには7400gという数字が表示されている。

 「手紙」は、じゅんが文章を読めるようになった時に読んでもらおうと思って書いた「お母さんからの手紙」「お父さんからの手紙」と、家族や友人からいただいた手紙を載せている。

 「お父さんからの手紙」の一部を下に示す。

この手紙は、じゅんくんが10歳くらいになったときに、読んでもらおうと思って書いています。

じゅんくんは2013年7月に生まれました。

じゅんくんもがんばってくれたと思いますが、お母さんもがんばってくれました。ふたりがいっしょにがんばってくれました。

じゅんくんが生まれたとき、お父さんはしあわせいっぱいで泣いてしまいました。

お母さんも泣いていました。

少しおくれてじゅんくんも「おぎゃー」と泣きました。

その声をきいて、お父さんとお母さんはまた泣いてしまいました。

「ことばにならない」ということばがあります。どういうときに使うのかよくわからなかったのですが、じゅんくんが生まれたとき、お父さんは、助産師さんに「ありがとうございます。ありがとうございます。うれしくて、うれしくて、どういっていいかわかりません」といいました。

「ことばにならない」というのは、じゅんくんが生まれたときの気持ちをあらわすことばだと思いました。

(後略)

全文はじゅんに最初に読んでもらいたいので、ここまでにしておく。

 こういう手紙もある。

 じゅんが生まれた病院の母子センターのみなさんへあてた手紙である。

7がつにうまれたじゅんです。

あのときは いっぱいおせわになりました。

ママといっしょに たいいんするひまで いっぱいおせわになりました。

パパとママといっしょにおうちにかえってからも ぼくはげんきにしています。

うまれて1かげつたったころに かおにポツポツができたこともありましたが、しょうにかでみてもらい、「しんぱいない」といってもらいました。

ママのおっぱいものめるようになりました。

いつもおっぱいとミルクをあわせてのんでいます。

うんちもいっぱいしています。

ねんねもいっぱいしています。

げんきにおおきくなっています。

 もちろん、これは、じゅんが書いたという格好をとって私が書いたものである。子どもが書くような文字をまねて――といっても0歳の子どもが文字を書くわけもないが――書いている。

 後から聞いたところによると、この手紙は母子センターのみなさんが喜んでくださり、しばらくセンターに掲示したあと、妻の出産を担当してくれた助産師さんが大切に持ち帰ってくださったようである。

 これらを、妻が書いた「まえがき」と私が書いた「あとがき」ではさみ、「じゅんくんのあゆみ 2013 うんちに一喜一憂からおっぱいさよならまで」と書かれた表紙を付け、製本した。全部でA4サイズの紙が200枚以上となり、厚さは2.5cm、重さは1.1kgもある。出来上がった時の妻の満足顔は忘れられない。

 正式なタイトルは「じゅんくんのあゆみ」であるが、いつからか、私たちは「じゅんくん本」と呼ぶようになった。本というのは、なんだか恥ずかしけれども、誰かに読んでもらいたいものである。家に遊びに来てくれた人や、保育園の先生方に、「こんなものをつくったんです」といいながら手渡し、見てもらった。みなさん、「これはじゅんくんの宝物になりますね」といってくれる。「3人の宝物ですね」といってくれた人もいた。

 それから毎年、つくっている。「3号雑誌」という言葉があるように、継続してつくり続けることはなかなか難しい。現在のところ、なんとか無事に、毎年、刊行している。

 目次は基本的には同じである。2冊目の「日誌」は保育園と家庭との連絡日誌(生活記録)に代わった。それも1歳の誕生日からはA6版の「連絡帳」に代わり、それは巻末に挿入したクリアファイルにおさめている。前年の目次に「保育園」という項目がくわわり、じゅんの保育園生活にまつわるプリントやお絵描きなどの作品がおさめられている。2冊目のタイトルは「じゅんくんのあゆみ 2014 十倍がゆひとさじからあんよで1キロまで」で、厚さは3cm、重さは1.3gである。

 3冊目は「じゅんくんのあゆみ 2015 水イボとの闘いから『あぢた、うどんたべようか』まで」で、厚さは3cm、重さは1.3kg。4冊目は「じゅんくんのあゆみ 2016 おおきいじいちゃんバイバイからひとりでおしっこまで」、厚さは5cm、重さは1.8kg。園での活動が広がるなか作品の数も増え、「保育園」の部分が厚くなった。

 その後も、その年にあったじゅんの成長を象徴するエピソードをタイトルに入れてつくり続けている。厚さも重さも増える一方である。

 「子どもが小さい時はたいへん」とよくいわれる。逆に「今が一番いい時」ともいわれる。どちらも真実なのだろう。「じゅんくん本」を手に取ると、そういう日々が織りなす時間の重さと厚さを実感する。ふりかえると、それぞれの日が「特別な一日」であったことがわかる。そして、どの一日ももう二度と戻ってくることはない。

 哲学者の鶴見俊輔がこんなことを書いている。

「フェイマス」(有名な)という言葉の使いかたに、五十何年か前にアメリカの家庭で出合って、おどろいたことがあった。ひと月かふた月前に、家族の誰かが言ったことが、フェイマスとして引用されるのである。 (略) 人は誰でも、そのうまれついた家庭にとって有名人である。それ以上の有名を求めるという姿勢にあぶなっかしさがつきまとうと私は思う。しかし、自分のうまれついた家庭での有名性さえもなしにくらすとなると、個人は卑屈な気分、あるいはそれをくつがえしたたけだけしい姿勢をとることをしいられる。(『隣人記』晶文社、1998年)

 「じゅんくん本」によって、生まれた時からじゅんが私たちの中で有名人であったことを残してやりたい。それは妻がいった「じゅんくんが、これからの人生で何かつらいことがあった時、手に取って『自分の人生がつらいものであるはずがない』と思えるようなものをつくってあげたい」に通じることだと思う

 じゅんくん本をつくっている間に、私は50歳をこえてしまった。半世紀は長いようで、あっという間だった。年をとるにつれ、月日が束のように流れていく。それに流されていると、いつの間にか毎日が「特別な一日」であることをすっかり忘れてしまう。

 じゅんの一日の「濃度」に接する時、親として、その時間に重なりあえるよろこびを感じる。

工藤 保則

工藤 保則
(くどう・やすのり)

1967年、徳島県生まれ。龍谷大学教授。専門は文化社会学。著書に『中高生の社会化とネットワーク』(ミネルヴァ書房)、『カワイイ社会・学』(第25回橋本峰雄賞。関西学院大学出版会)、共編著に『無印都市の社会学』(法律文化社)、『<オトコの育児>の社会学』(ミネルヴァ書房)、『基礎ゼミ 社会学』(世界思想社)などがある。好きなものは、落語、散歩、リクオ(シンガーソングライター)、「0655」(テレビ番組)。現在、7歳の息子と2歳の娘の子育てまっただ中。

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