46歳で父になった社会学者

第12回

風邪

2019.10.03更新

 知人や友人に息子のじゅんが生まれたことを報告すると、「おめでとう」という言葉に続いて「男の子はすぐ熱を出すよ」とよくいわれた。男児を育てた経験のある人はかなりの割合でそういった。一方で、「半年くらいはお母さんからもらった免疫があるから、風邪もひかないよ」とも聞いた。それらは半ば常識のようだったが、私はまったく知らなかった。

 「免疫」については、本当にそのとおりだった。じゅんは7月生まれなので、半年後は冬になる。「この冬で生後半年になるから、風邪をひくかな」と心配していたが、妻からの免疫に守られたのか、風邪をひくことはなく、他の病気にかかることもなかった。元気なままで最初の冬を越すことができた。

 男の子はすぐ熱を出すことを実感し始めたのは、春になってからだった。じゅんにとってはじめての発熱は、生後9カ月たった4月下旬のことだった。

 その日、保育園から「じゅんちゃん、熱が38度2分あります」と妻の職場に電話があった。妻があわてて迎えに行くと、じゅんは体全体でハアハアと息をしながら、ぐったりと横になっていた。

 かかりつけの小児科は休診日だったので、そのまま家に連れて帰った。帰宅後、離乳食は食べたものの機嫌はよくなく、ぐずり続けた。ぐずるじゅんをだっこするたびに、前より熱が上がっているのがわかった。1時間おきに熱をはかったのだが、夜の10時には39.7度になっていた。だっこすると、火の玉をかかえているようだった。

「じゅんくん。あついね。しんどいね」

 じゅんは目をつぶったままだ。

「じゅんくん・・・」

 高熱のため、じゅんはなかなか寝つけない。私や妻がかわるがわるだっこした。ようやく寝ついたと思ったらすぐに目覚めて泣く、だっこする、寝る、泣いて起きる、まただっこする、を繰り返す。熱が少し下がったのは深夜3時過ぎ。ようやくそこでじゅんは眠ったが、私も妻もいろいろ気になって、その夜はほとんど寝ていない。眠れないまま育児書の病気に関するページをひらくと、じゅんの状態があてはまる、かなりたちの悪い病名が目に入ってきた。余計に、気が気ではなくなった。救急病院に行くかどうか迷ったが、がんばってやっと眠れたじゅんはそのまま眠っていたいだろうと考え、朝まで待つことにした。

 翌日の朝9時、小児科の診察が始まると同時に診てもらった。先生に「風邪ですね」と診断してもらい、ホッとしたといったら少し変かもしれないが、やはりホッとした。しかし、病気であることには変わりはなく、保育園に行かせるわけにはいかない。私は授業があるし、妻も毎日仕事を休むわけにもいかないので、神戸に住むお義母さんに応援を頼むことにした。

 それから、昼間はお義母さんにじゅんを世話してもらい、夕方からは私と妻が世話をした。一日に何度も体温をはかり、食事や水分補給にも気をつけ、着替えもまめにさせ、2日おきに病院に連れていき、家ではいつもそばにいる、というように全力で看病したので、2週間後に、やっと熱が下がった時には3人ともへとへとになっていた。顔がひとまわり小さくなったパジャマ姿のじゅんをだっこし、「熱が下がってよかったね。がんばったね」とお義母さんがほおずりしている写真が残っている。妻はその直後、高熱を出して倒れ、一週間熱が下がらなかった。

 それからも、じゅんは毎月のように風邪をひき、毎回、38度以上の熱を出した。授業のない日は私が看病し、授業がある日は妻が会社を休んで看病した。

 9月にひいた夏風邪は長引いた。10日間くらい熱が上がったり下がったりが続いた。37度台前半で「落ち着いてきたかな」と思っていたら、その数時間後には40度近くまで上がるということもあった。子どもの熱はすぐに上がるので油断できない。

 じゅんにとって2回目のお正月は、三が日間ずっと風邪をひいていた。すっきりなおることのないまま2月半ばまで、風邪をひいて、少しなおって、またひいて、の繰り返し。その間、保育園には半分も登園できなかったように思う。このお正月から2月半ばにかけてが、ひとつの山だった。というより山脈だったといったほうが適当かもしれない。とくに次に記す2月の山はかなりの高さとけわしさがあった。

 2月4日(水)。保育園から帰ってきてから、私や妻がじゅんの横からちょっとでも離れるとすぐに半泣きに。「ちょっと様子がおかしいな」「顔がほてっているな」と気になって熱をはかったら38.5度。23時には39度台になったので、解熱の坐薬を入れる。熱が少し下がって眠ったものの、夜中、何度かおきる。

 5日(木)。朝食はほんの少ししか食べず。9時に小児科に行く。インフルエンザの検査をしたが陰性。「突発性発疹だったらあさっての夜くらいに熱が下がってくるやろね。水分取って、休養させるしかないわね」と先生。熱はずっと39度台。

 6日(金)。前日よりも熱は少し下がる。といっても38度台。38度台の後半になったら坐薬を入れる(朝1回/夜1回)。2日間、入浴しておらず体を搔きまくっていたので、お湯でぬらしたタオルで身体を拭いてやると気持ちよさそうにする。

 7日(土)。37度台~38度台前半。晩ご飯はいつもの時間(18:30)に用意したが食欲がなさそうだったので無理に食べさせず、食べたくなるのを待つ。20時に少し食べた。

 8日(日)。朝は36度台だったが、お昼寝の後に熱が出てきて、夕方からは38度台に。晩御飯はほとんど食べず。夜に38度台だったので、寝やすくするために坐薬を入れる。

 9日(月)。朝から機嫌が悪く、朝ご飯は全く食べず。9時に小児科に。先生は「抗生剤が効かなかったということはウイルス性の風邪でしょうね。特効薬はないので、水分を取って、熱が下がるのを待つしかないね」とのこと。12時には39.5度に。がんばってお昼ご飯を食べる。13時には39.7度あったので坐薬を入れる。長めの昼寝をする。晩御飯はわりと食べる。

 10日(火)。小児科で耳を診てもらったら、中耳炎かもしれないとのことで、耳鼻科に行くことを勧められる。耳鼻科に行くと、案の定、中耳炎とのこと。「小児科の薬で十分なので、点耳薬だけ出します」。熱は36度台後半~37度台前半。食欲が出てくる。

 11日(水・祝日)。37度台前半。昼寝をたっぷり3時間とる。食欲あり。

 12日(木)。36度台後半。小児科へ。鼻水と咳がよく出るので、そのお薬をもらう。

 13日(金)。36度台前半。小児科へ。鼻水吸引をしてもらうと、鼻水が次から次へと出てくる。喉の洗浄もしてもらう。耳鼻科にも行くと「中耳炎はなおりかけています」。夕方にはずいぶん機嫌がよくなる。

 14日(土)。小児科へ。先生から「だいぶよくなったね」といってもらう。鼻水吸引は昨日より出なかった。

 15日(日)。家で休養。

 16日(月)。ひさしぶりの保育園。妻と別れるとき号泣。夕方、念のため耳鼻科と小児科へ。どちらの先生からも「なおったね」といってもらう。ほっとしたためか、夜、妻が38度の発熱。

 この山を越えて、じゅんのからだは強くなった。風邪をひく回数が一気に減り、ひいても長引かなくなった。なおし方がうまくなったようだ。じゅん自身に免疫と体力がついてきたのだろう。

 この頃になって、ようやく育児書の病気に関するページを落ち着いて読めるようになった。育児書には「熱が高くても機嫌がいい時は、あまり心配いりません」とか「熱はそんなに高くなくてもぐったりしている時は、早めに病院を受診しましょう」と書かれている。熱が出たことに動揺するのではなく、「機嫌」や「顔色」をしっかりと見て取ることが大事なのである。

 落ち着いて育児書を読めるようになると、「個人差」という言葉がよく出てくることに気がついた。身長や体重や動作などの身体的発達に関してはもちろん、病気の状態についてもそうである。「異常」のほうに気がいきがちな親に対して、「個人差」のほうに気持ちを向けさせてくれる配慮のある記述がなされている。これは小さい子どもを持つ親にとって、とても救われる情報である。そして、子どもにおいてはその差の幅はかなり広いことを教えてくれている。

 それぞれの子どもに、風邪のひき方、なおし方があり、親はそれに合わせて対応すればいいということに気づかせてもらった。そして、この個人差は、風邪だけではなく、子どもの成長全般にかかわってくる大切な視点であることが、その後だんだんわかってくるのである。


 妻の発熱がおさまった後、今度は私が熱を出した。子どもが風邪をひくと、家族を一周する。これも半ば常識のようである。

工藤 保則

工藤 保則
(くどう・やすのり)

1967年、徳島県生まれ。龍谷大学教授。専門は社会学。著書に『中高生の社会化とネットワーク』(ミネルヴァ書房)、『カワイイ社会・学』(第25回橋本峰雄賞。関西学院大学出版会)、共編著に『無印都市の社会学』(法律文化社)、『<オトコの育児>の社会学』(ミネルヴァ書房)、『基礎ゼミ 社会学』(世界思想社)などがある。好きなものは、落語、散歩、リクオ(シンガーソングライター)、「0655」(テレビ番組)。現在、6歳の息子と1歳の娘の子育てまっただ中。

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