46歳で父になった社会学者

第24回

讃歌

2020.10.05更新

 息子のじゅんの成長を毎年記録して、「じゅんくんのあゆみ」という私家版の本にしている。

 2013年7月生まれのじゅんの、その年の12月31日までのあれこれを1冊にした「じゅんくんのあゆみ 2013」のサブタイトルは、「うんちに一喜一憂からおっぱいさよならまで」である。このサブタイトルどおり、私も妻も、じゅんのうんちに一喜一憂した年だった

 じゅんの最初のうんちは、生まれてきて約1時間後だった。

 その時は新生児室で処置を受けていたので、妻と私が待つ病室にはまだ来ていなかった。「今日の赤ちゃんの様子」という新生児日誌の「便」の欄に、助産師さんが+マークをつけてくれていた。その日、じゅんはあと2回うんちをしたようだが、私が病室にいた時ではなかった。

 翌日から、母子同室になった。お昼前にじゅんがうんちをした。私はその時はじめてじゅんのおむつを替えた。はじめて見たうんちは、黒くて緑がかっていて、紙おむつにほんの少しぺちょっとついていた。

「うんち、緑色やねー」

「最初は、お腹の中にいたときに摂っていた栄養の残りかすがうんちになるから、こんな色なんやって」

妻が助産師さんから教えてもらったことを説明してくれた。

「知らんかったなぁ」

「知らんかったよねぇ」

「うんち、におわないねぇ」

「そういえば、そうやねぇ」

 その日から「今日の赤ちゃんの様子」を妻がつけはじめた。その用紙をコピーして家に持ち帰り、退院してからもつけ続けた。それを見ると、じゅんは、毎日、だいたい3~4回、多い時は7~8回、うんちをしていたことがわかる。乳児のうんちは水分が多く軟らかいので、きばらなくても出る

 しばらくすると、水っぽいのは変わらないが、酸っぱいにおいのうんちをするようになった。色もだんだんと、黒っぽい色から黄色っぽい色に変わっていった。

 じゅんが生まれてひと月たつかたたないかの頃である。

 はじめて、便秘になったのだ。じゅんも不快なのだろう、機嫌が悪くなった。

「昨日から、うんち、出てない」

「赤ちゃんでも便秘になるの?」

「なるらしい。マッサージしたらいいんだって」

 その日、じゅんを沐浴させた後、妻は手のひら全体でやさしくじゅんのお腹に「の」の字を描くようにマッサージをした。

「うんち、出ろー。うんち、出ろー」

 それから、じゅんの両足首を持ち、「いち、に、いち、に」と両脚を交互に伸ばしたり縮めたりした。

「うんち、出ろー。うんち、出ろー」

 2~3日、日に何度かマッサージをしたが、じゅんの便秘は改善されなかった。

「じゅんくん、つらそう・・・。綿棒、やってみようか」

「綿棒?」

「綿棒にオイル含ませて、それをお尻の穴に入れて、刺激するの」

「へー」

「よし、やってみよう」

 私は綿棒の先にサラダ油を含ませて妻に手渡し、おむつをはずした。じゅんの両足を持って上にあげる。妻が綿棒をじゅんの肛門にそっと入れ、円を描くようにゆっくりまわした。

「こんなかんじかな?」

「よくわかんないけど、おそらく」

「もういいかな?」

「たぶん」

 期待とともに綿棒を抜くと、ぐにゅぐにゅっと、うんちが出てきた。いったん止まって、もう一回、ぐにゅぐにゅっと出た。

「よかったー」

 妻は心底ほっとした様子。じゅんもほっとしているように見えた。

 はじめての綿棒刺激は8月4日のことだった。それからも、妻は毎日マッサージを続け、数日便が出ないときは、綿棒で肛門を刺激した。

 「じゅんくんのあゆみ 2013」の出来事欄には、「9月16日、自力でうんちを出すことが増えた」と書いてある。それがニュースになるくらい、この間、私たちはじゅんの便秘に心をくだいた。

 10月に入ると、綿棒刺激はめっきり減った。「便」の欄に「綿棒」と最後にあるのは10月29日である。

 「じゅんくんのあゆみ 2013」の中に、妻はこんな文章を書いている。

うんち讃歌

朝にうんちが出たら
ママは一日るんるんで過ごします

午後にうんちが出たら
ママはほっとして散歩に出かけます

夜までうんちが出なかったら
ママは不安でそわそわしはじめます
じゅんくんもご機嫌ななめに見えます
「ミルク飲んだら出るかも」
出ない・・・
「お風呂入ったら出るかも」
出ない・・・
ママの胸は悲しみでどよーんとします

ママはいよいよ決意します
「よっし、綿棒刺激しよっか」
ママは腕まくりをし、じゅんくんのおしりの下にシートを敷きます
パパは綿棒の先にサラダ油をたらーんとつけます
ママはじゅんくんのおしりの前にでんと座り
パパはじゅんくんの横に寝そべります
ママは綿棒をつかみ
パパはじゅんくんの足を持ちます
「さあ、いこっか」
ママはじゅんくんの肛門に綿棒の先をいれ
くるんくるんと時計回りに回します
パパはじゅんくんの顔を見ながら応援します
「じゅんくん、がんばろうな」

パパの実況中継が始まります
「おしりに神経を集中しています」
「あっ、ぎゅっとこぶしを握った」
ぷっしゅー
おならが来たら、ママの胸は高鳴ります
「今から出しますよー」
ぶりぶり
黄色いうんちが顔を出します
かぐわしいにおいが立ちのぼり
ママはうれしくて半泣きになります
「まだ出るカンジ」
ぶりゅぶりゅ
おむつにうんちの池ができます
ママはうれしくて歌いたくなります
「もうひとふんばりします」
いくらでも来い、とママは構えます
ぷっしゅーん
うんちがママのパジャマにつきます
ハハハッ、ママは笑いたくなります
「もうほとんど出ました」
息のあった連携プレー終了

見ればじゅんくんの顔の晴れやかなこと
足をバタバタさせて喜んでいます
気持ちいいね 
がんばったね
あとは寝るだけだ

外は静かで優しい夜です

 うんちを讃えることになるとは、じゅんが生まれるまで、思ってもみなかった。しかし、じゅんが生まれてからは、いいうんちが出ると、何よりも安心した。

 妻の「うんち讃歌」には、その年の私たち家族の姿がつまっている。

工藤 保則

工藤 保則
(くどう・やすのり)

1967年、徳島県生まれ。龍谷大学教授。専門は文化社会学。著書に『中高生の社会化とネットワーク』(ミネルヴァ書房)、『カワイイ社会・学』(第25回橋本峰雄賞。関西学院大学出版会)、共編著に『無印都市の社会学』(法律文化社)、『<オトコの育児>の社会学』(ミネルヴァ書房)、『基礎ゼミ 社会学』(世界思想社)などがある。好きなものは、落語、散歩、リクオ(シンガーソングライター)、「0655」(テレビ番組)。現在、7歳の息子と2歳の娘の子育てまっただ中。

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