46歳で父になった社会学者

第14回

遊び

2019.12.03更新

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この連載に加筆修正を加え、本になりました。ぜひ書籍でもご覧ください。

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『46歳で父になった社会学者』工藤保則(著)

 息子のじゅんの保育園への送り迎えは、基本的には妻がしている。妻に用事があってできない時は、私がする。

 保育園には午後5時までの保育をお願いしているのだが、その時間までに門を出ることは厳守であり、そこそこのプレッシャーだ。プレッシャーに弱い私は、迎えに行く時は、時間的に余裕をもって園に行く。じゅんの帰り支度をしながら子どもたちを見ている時間が、なんともいえず楽しい。

 0~1歳児クラスの時。子どもたちは同じ教室の中にいるだけで、それぞれがそれぞれに、お座りをしていたり、ハイハイをしていたり、よちよち歩きをしていたり。月齢による差が大きいので、一緒に何かをするのはまだ難しい。何をしていてもただただかわいくて、眺めているだけで、幸せな気持ちになる。

 1~2歳児クラスの時。子どもたちは教室の中で走ったり、飛び跳ねたりしていた。見ていると、少しずつ仲良しグループらしきものができている様子がうかがえた。じゅんはといえば、どの集団にも属さず、端の方というか、集団と集団の間というか、ちょっと外れたところにいることが多かった。といっても、ぽつんとひとりでいるのではなく、マイペースで好きに遊んでいる感じだった。

 2~3歳児クラスの時。それまでは建物の2階にあった教室が1階に移ったこともあり、お迎えの時間は園庭で遊んでいることが多くなった。私が園の門扉をあけると、じゅんはどこからか全速力で走ってきて、私に飛びついた。それに続いてお友だちも駆け寄ってきて、大きな声で呼びかけてくれた。

「じゅんくんのおとうちゃん」

「じゅんくんのとうちゃん」

「じゅんくんのパパ」

 おとうちゃん、とうちゃん、パパ――自分の父親をそう呼んでいるのだろう。

 ある日、お友だちのひとりが「じゅんくんのおとうちゃん、だっこして」と言ってきたので抱っこをしたら、次々に「だっこしてー」「だっこしてー」と寄ってきて、ちょっとした抱っこ大会になった。別のある日、お友だちのお話の相手をしていたら、次々に「あのねー」「あのねー」と他の子も話しかけてきて、お話し大会になった。そういう時、じゅんは、少し自慢げに「パパ、かしたーげる」という顔をしながら傍らで立っていた。

 いっぺんに大勢の子どもに囲まれ、一緒に遊んでいると、子どもたちの熱気にあてられ、クラクラになる。子どもはエネルギーの塊なのだ。

 そんなこんなの後、みんなとバイバイタッチをして、園を出る。電動自転車のチャイルドシートにじゅんを座らせ、ペダルをこぎ始める。すると、お友だちからパパを返してもらったじゅんは必ずこう言った。

「パパ、おうちかえったら、あそんだーげる」

その言葉を聞くと、思わず頬が緩んでしまう。

「ありがとー」

そうこたえると、じゅんは嬉しそうに同じ言葉を繰り返した。

「パパ、あそんだーげる」

 しかし、いざ帰宅すると、そういうわけにもいかない。じゅんと遊びたいのはやまやまなのだが、やらないといけないことが山のようにある。保育園で着替えた服やパンツの洗濯、おふろの準備と入浴、朝に作っておいた晩ご飯の仕上げと食事・・・。私としては、それらを先に終わらせ、その後にゆっくり遊ぶようにしたい。が、じゅんはそこまで待ってくれない。とりあえず汚れ物の下洗いをすませ洗濯機をまわすと、30分くらい、ミニカーを走らせたり、ブロックをつなげたりしてじゅんと一緒に遊ぶ。その後、まだまだ遊びたいと思っているじゅんを、用事を終えて帰宅した妻がなだめすかしてお風呂に誘導し、一緒に入る。お風呂の中でもじゅんはお風呂用のおもちゃを使って遊び続ける。

 じゅんがお風呂から出たら、妻が手早くタオルでじゅんの体を拭き、保湿液をぬり、服を着せる。その間に、私は急いで入浴を済ませる。浴室をさっと洗い、2回目の洗濯機をまわしたら、みんなで晩ご飯を食べる。食事が済むともう7時半になっている。そこから食器洗い、洗濯物干し、明日の準備と、じゅんの相手をしながら進めていく。

 寝支度に入るまでの30分は、朝からずっと遊んでいたじゅんにとって1日の最後の遊び時間である。それまでにもまして、じゅんは全力で遊ぶ。ミニカーを片っ端から並べたり、絵本やカードを床に並べたり、おままごとセットで料理をしたり、その日その瞬間に思いついた遊びをするじゅんに、私はつきあった。

 一緒に遊んでいる時、じゅんは決してこちらのペースにはあわせてくれない。主導権は常にじゅんの側にある。私が何か他のことを考えていたら、じゅんは必ずそれを察知して、強い口調で「いっしょにっ」と言ってくる。全身全霊で遊ぶじゅんに、全身全霊でこたえないと、満足しなかった。

 その頃の遊びは、ルールのあるものではない。いわば、決まったかたちのない遊びである。というか、遊びにかたちがあると思うところが、おとなの限界なのかもしれない。子どもと一緒に遊んでいると、「かたちからはみ出す」感覚を味わう。そうなると、頭の中は混乱状態になるはずなのに、何かしらすっきりした気持ちになるから不思議だ。じゅんに遊んでもらうことで、こころとからだが整えられる気がした。

 「子どもの遊び」の重要性はよく語られている。しかし、「子どもとの、、 遊び」はあまり注目されることがない。「子どもに遊んでもらう」ことは、もっと重要視されてもいいのではないだろうか。子どもとの遊びによって親(おとな)が得ることは多い。私は夢中になって遊ぶじゅんの姿から、遊びが人間の本質であることを教わった気がする。

 遊びが人間の本質──言葉にすると何だかそらぞらしい。しかし、子どもが遊びに向かう真剣さは、そんなそらぞらしさなんてふきとばす。

 ところで、ある時まで私は、じゅんは「あそびたい」と言うつもりが、まだそう言えなくて「あそんだーげる」と言っているんだろうなと思っていた。それがまたかわいく思えた。ある意味で婉曲的な「あそんだーげる」という言葉を発するじゅんの慎み深さ(?)も感じていた。

 しかし、ある日、ふとした瞬間に、「あそんだーげる」はかなり控えめな「もっと遊んで」というじゅんのメッセージではないのかと思い至った。家事など放っておいてもっと遊んで、と。

 私も妻も、可能な限り、じゅんと一緒に遊ぼうとしてきた。やらないといけない家事は最短時間で終わらせようとしてきた。持って帰ってきた仕事はじゅんが寝てからやることにしていた。じゅんと遊ぶことを最優先に考え、実行してきたつもりだった。それでも、じゅんは私たちともっと一緒に遊びたいのだ。「もっと」というより、「ずっと」一緒に遊びたいのだ。それに気がついた時、じゅんに対して申し訳ない気持ちになった。

 同じことは妻も感じていたようである。

「じゅんくん、すねた時に、『あしたも、あしたも、あしたも、あそんだーげへんもん』って言うやん。あれ聞くと、なんかこう胸のあたりがキューンと痛くなるねん」

と、ある日、妻が言った。

「それはまた、なんで?」

「だってさ、『あそんだーげへん』っていうのは、じゅんくんにとって最大限の抵抗なわけでしょ。そんだけ、遊ぶっていうことがじゅんくんにとって最上のこと? っていうか、ぜんぶってことやん

「なるほどねぇ」

「ああ、じゅんくんにとってこんな大事な遊びを私はしてあげられてないな。ごめんな、じゅんくんっていう気持ちになるねん」

 じゅんが遊びに向ける真剣さを、おとなの私は何かに対してもっているだろうか。私が仕事と称して注意を傾け時間を割いている物事は、じゅんにとっての遊びと比べて、どれほど重要で価値があると言えるのだろうか。

 「あそんだーげる」「あそんだーげへん」は、「今、いそがしいから、後でね」と言いそうになる私をふみとどまらせる大切な言葉だった。

工藤 保則

工藤 保則
(くどう・やすのり)

1967年、徳島県生まれ。龍谷大学教授。専門は文化社会学。著書に『中高生の社会化とネットワーク』(ミネルヴァ書房)、『カワイイ社会・学』(第25回橋本峰雄賞。関西学院大学出版会)、『46歳で父になった社会学者』(ミシマ社)、共編著に『無印都市の社会学』(法律文化社)、『<オトコの育児>の社会学』(ミネルヴァ書房)、『基礎ゼミ 社会学』(世界思想社)などがある。好きなものは、落語、散歩、リクオ(シンガーソングライター)、「0655」(テレビ番組)。現在、8歳の息子と4歳の娘の子育てまっただ中。

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