46歳で父になった社会学者

第25回

成功

2020.11.06更新

 息子のじゅんが生まれてから、うんちが体調を知るバロメーターとしてどれほど大切であるかを知った。

「じゅんくん、2~3日、うんちしてないね」

「今日あたり、うんち、出るかなぁ。出てほしいねぇ」

とか

「じゅんくん、今日、大きなうんちをしたね」

「最近、ごはんをいっぱい食べてるから、うんちも大きくなるんやね」

とか、離乳食になったあたりから、毎日のように、妻とじゅんのうんちについての話をした。

 つかまり立ちをするようになった頃から、じゅんはうんちをする時に、とても切ない顔をするようにうなった。私も妻もその顔がたまらなく好きだった。立ったままできばり始めると、顔がくしゃっとなり、目はたれて、口はへの字になった。そして、腰を落として少しかがむ。

「んーー。んーー」

さらにきばると、一段と顔がくしゃっとなる。

「んーー。んーー」

腰をもう一段階、落とす。

「がんばってるね」

「いいにおい、してきたよー」

私たちはうんちをきばるじゅんを応援した。

うんちをしたじゅんは、一仕事し終えたような満足げな顔になった。

紙おむつをはずして、中のうんちを見る。

「あらぁ、いいうんち!」

「いい色にいい固さ。ほれぼれするね」

真面目にそう話す。

「今日は、ころんやね」

「ちょっと固めやね。水分補給、させなあかんな」

といったり

「ねばねばやね」

「まあ、問題ないんちゃう」

といったり。

「ちょっと水っぽいなー」

「念のため、体温を計っとこか」

という時もあった。

 たまに下痢便の時は、その色を「育児本」に載っているうんちの色と見比べて、悪い病気の疑いがあるのかどうかの判断をした。

 そういえば、赤いものが混じっていてギョッとしたこともあった。よく見ればそれは消化しきれていないトマトの皮だった。前の日にじゅんがニンジンをたくさん食べたら、翌日のうんちが人参の色になったということもあった。食べたものとうんちがつながっていることを今更ながら確認し、「人間はひとつの管なんだなぁ」と思ったりした。

 おしっこの出たおむつは替えられるが、うんちが出たおむつは替えられない父親がいるという話を聞くことがある。そういう話を聞くと、間違いなく自分も幼い時おむつを替えてもらったはずなのに、と思う。うんちのおむつ替えは子どもの健康状態を確認できる機会なのにもったいない、とも。

 おしっこをトイレでできるようになったのは、3歳3カ月のときだ。とはいえ、あいかわらずうんちはパンツの中にしていた。それも私たちから隠れたところで。「あれ、じゅんくんがいないな」と気付いて、ふすまを開けると、こぶしをぎゅっと握りしめて立ち尽くし、切ない顔をしてきばるじゅんがいた。

 じつのところ、私も妻も、「いつかトイレでできるようになるだろう」とまったく気にしていなかった。しかし、3~4歳児クラスになってすぐに開かれたクラス懇談会に参加した妻は、トイレでうんちができないのはクラスでふたりであり、そのもうひとりのお友だちはじゅんより月齢がかなり低い子であるということを知った。つまり、実質上、じゅんはトイレでうんちができない最後のひとりだったのだ。

「みんな、できてたんやね(笑)」

「少しはトイレトレーニングをしたほうがいいかも」

 その日から、うんちをしそうになったら、じゅんをだっこしてトイレに走るようにした。しかし、そうすると、じゅんはうんちをするのを止めてしまう。そして、しばらくしてから、こっそり、パンツの中にうんちをした。「じゃあ、もっとギリギリまで待とう」となり、うんちの頭が見えてきたときに、抱っこしてトイレにダッシュするようにした。が、そうなると、今度は間にあわなかった。廊下にうんちがぽとりと落ち、じゅんはすまなさそうな顔をして、大粒の涙を流した。

 そうこうしているうちに、たまたま間にあって、便器にポトリとうんちが落ちたときがあった。

「あれ? あれれ? ひょっとして、ぼく、トイレで、うんち、できたの?」

じゅんはそんな顔をして、きょとんとしていた。

「やったー。うんち成功!」

「じゅんくん、すごい。トイレでできたー!」

 私と妻の拍手と賞賛の嵐の中、事態を理解したじゅんは満面の笑みになった。私は急いでカメラを持ってきて、誇らしげな表情のじゅんをパチリと写真に収めた。

 当然のことであるが、それで「トイレトレーニング終了」とはならなかった。その後も、パンツの中にしたり、廊下に落としたりが続いた。そしてある日、「お布団うんち事件」が起こった。  

 深夜2時頃だっただろうか。

「うんち・・・」

 そういうじゅんの小さな声で目を覚ました。最初は、何が起こったのかよくわからなかった。そのうちに、部屋中にうんちのにおいがたちこめていることがわかってきた。じゅんはうんちをしながらパンツを脱いだのだろう、布団やシーツにうんちがぽとぽと落ちていた。私と妻はじゅんを連れて風呂場に行き、お尻にこびりついたうんちを洗い流した。その間ずっと、じゅんは顔を四角にして大泣きしていた。

 うんちが乾いていたところをみると、どうも、うんちをしたのは少し前のようだった。

「うんち・・・」と知らせるまでに

「やってしまったなぁ・・・」

「どうしようかなぁ・・・」

「叱られるかなぁ・・・」

と逡巡していた様子だ。

 トイレトレーニングへの思い入れが、じゅんをナーバスにさせていたようだ。私たちは大いに反省した。

 その後も一進一退を続け、ゆっくりではあったが、徐々に、トイレでうんちができるようになっていった。連続して成功していたある時、外出先のコンビニのトイレでうんちができた時、妻は大いに喜び「外でもできた。これでこわいものなし」と思ったそうだ。

 私と妻はじゅんのうんちをずっと見てきた。トイレでうんちができるようになったというのは、これまでのじゅんとうんちの長い話のエンディングのようにも思えた。

 じゅんにあったことを毎年、記録している私家版の本「じゅんくんのあゆみ」の2017年版のサブタイトルは、「うんちトレーニングからこんぴら参りまで」である。うんちトレーニングが、その年のじゅんの重大ニュースであったことがわかる。

 その中で、妻はこんなことを書いている。

なんといっても、うんちでした。
じゅんくんの切なさを映しだしたうんち。
母の度量の狭さを照らしだしたうんち。
便器にぽっとり落ちた、いい色のうんち。
にょろにょろの細いへびうんち。
ほろんぽろんの小さい鹿うんち。
じゅんくんの元気のバロメーターのうんち。
そしてなにより、成長の速度は本人にしか決められないんだよ、と教えてくれたうんち。
どうもありがとう!

 たかがうんち、されどうんち。

 私たちにとって、じゅんのうんちの思い出はつきない。

工藤 保則

工藤 保則
(くどう・やすのり)

1967年、徳島県生まれ。龍谷大学教授。専門は文化社会学。著書に『中高生の社会化とネットワーク』(ミネルヴァ書房)、『カワイイ社会・学』(第25回橋本峰雄賞。関西学院大学出版会)、共編著に『無印都市の社会学』(法律文化社)、『<オトコの育児>の社会学』(ミネルヴァ書房)、『基礎ゼミ 社会学』(世界思想社)などがある。好きなものは、落語、散歩、リクオ(シンガーソングライター)、「0655」(テレビ番組)。現在、7歳の息子と2歳の娘の子育てまっただ中。

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