46歳で父になった社会学者

第27回

洗濯

2021.01.04更新

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この連載に加筆修正を加え、本になりました。ぜひ書籍でもご覧ください。

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『46歳で父になった社会学者』工藤保則(著)

 息子のじゅんが生まれてから、いつも洗濯をしている。

 乳児の時、下着、服、タオル、シーツなどを洗濯しながら「赤ちゃんはこんなに洗濯物が出るのか」とびっくりした。保育園に行き出してからも、その驚きは変わらない。

 夕方5時過ぎに、じゅんを連れて妻が帰宅する。脇には大きなエコバッグを抱えている。中にはじゅんの汚れ物がどっさり入っている。

 Tシャツ、ズボン、布おむつとおむつカバー(おむつを卒業してからはパンツ)、手拭きタオルなどが、それぞれ4つ5つある。食事や遊びで服が汚れた時は、その都度、先生が着替えさせてくれるので、それくらいの数になる。

 Tシャツとズボンは、砂がついていたら、それをはらって軽く水洗いしてから洗濯機に入れる。布おむつとおむつカバーは石鹸を使って手洗いをしてから洗濯機に入れる。

「おしっこ、いっぱいしてるな。水分補給はできてるな」

「今日はおしっこの回数が多かったんだ」

 保育園でうんちをしたときは、先生が布おむつをざっと洗ってくれている。

「昨日はうんち出なかったから、今日はすっきりしたんだな」

「今日は2回もしたんだ。快調、快腸」

 布おむつを洗うだけなのに、昼間の様子をいろいろ想像する。

 じゅんの汚れものだけで洗濯機がいっぱいになる。

 じゅんのものが入った洗濯機がまわっている間に、ベランダに干してある3人分の洗濯物を取り込み、たたみ、それぞれのタンスに入れる。それだけでそこそこの時間がかかる。そうこうしていると、洗濯機がピーピーと鳴り、じゅんのぶんの洗濯が終わったことを教えてくれる。それらを洗濯機から出して干し、その後で、私と妻のものを洗濯機に入れ、洗う。その間、妻はじゅんの相手をしながら、あれこれ動きまわっている。妻が洗濯をしている時は、私がそうしている。

 ベランダには、物干し竿が4本と物干しスタンドが2つある。じゅんのものを干すだけでその半分以上を使うことになる。干し方に工夫をしないと、後から洗い終わる私と妻のものを干す場所がなくなってしまう。

 夏は、夕方に干したものが翌朝には乾いている。私は朝起きるとそれを取り込み、前日の洗濯の後に出た汚れものを洗濯して、干す。これも夕方には乾いている。

 その一方、梅雨や冬など乾きが悪い時期は、大量の洗濯物を乾かすこと自体がかなりの課題となる。乾いていようがいまいが、そんなことはおかまいなしに、夕方にはじゅんといっしょに洗濯ものが帰ってくる。前のものがよく乾かないうちに次の洗濯をしないといけなくなる。それを解決するために小型の乾燥機を買ったが、梅雨の真っ最中、真冬などは、それでも間にあわないことがよくあった。その時は、近所のコインランドリーにある大型乾燥機を目指して走ることになる。

 育児が話題になる時に、洗濯はあまりとりあげられない。けっこう手間暇のかかる家事なのに。そして、毎日、毎日、黙々と繰り返していかないといけない地味な家事である。料理ならばうまく作ることができれば、「おいしい」というご褒美の言葉がもらえる。洗濯をしてもそういう言葉はもらえない。

 じゅんは3歳になった頃から、洗濯物を干すのを手伝ってくれることがあった。私がベランダで洗濯物を干していると、玄関から自分の靴を持ってやってくる。

「じゅんくんも」

「手伝ってくれるの?」

「うん」

「じゃあ、お願いするね」

「パパ、みてー」

「じょうずに干せてるねー」

「もういっこ」

「じゃあ、これ、お願いします」

「はーい」

 実際にはうまく干せていないので、後で私がこっそり干しなおすのだが、そんなことはどうでもいい。じゅんが楽しそうに干しているのを見て、「何十年か先に、じゅんもまた子どもといっしょに洗濯物を干すのかなぁ」とぼんやり想像したりする。

 掃除や片づけも地味なことではひけをとらない。

 わが家では掃除は朝食の後にしている。じゅんがハイハイをしていた頃は、妻とふたりで分担して、ひとりが掃除機をかけ、その後にもうひとりが床ワイパーを使って仕上げていた。ただ部屋を清潔にするだけでなく、小さなものをじゅんが誤飲することがないように、「何か落ちていないか」とかなり念入りに見ていた。最近はそこまですることはなくなり、掃除機かけと床ワイパーをそれぞれ1日おきでしている。

 夕方5時過ぎに帰ってきてから9時に布団に入るまでの間、お風呂と晩御飯と歯みがきの時間以外はすべてじゅんの遊び時間である。ミニカー、レゴ、積み木、カード、絵本、お絵描き・・・。それらのどれかに集中して遊ぶのではなく、全部で遊ぶ。その結果、朝にざっと片づけておいた畳の部屋は、またたく間に、足の踏み場もなくなる。

 そんな状態の部屋を、夜の8時になったらいっしょに片づけ始める。

「じゅんくん、お片づけの時間でーす」

 じゅんは知らん顔して遊び続ける

「8時になりました。お片づけの時間でーす」

「もっとー」

「片づけないと、お布団、敷けないよ。いっしょに、お片づけしよ」

「いーややー」

「保育園で、じゅんくん、片づけ名人なんやって? 先生がいってたよ。お家でもじょうずにできるかなぁ」

 こういうやりとりをした後、じゅんはしぶしぶ片づけにかかる。

 ミニカーやブロックやレゴ、絵本や何種類もあるカードをそれぞれのケースへしまう。これに15分くらいかかる。片づけをしていたじゅんが、手にしたものでまた遊びだすこともよくある。

 子どもがいると、部屋は常にちらかっている。いくら片づけても、また次の日はぐちゃぐちゃになる。片づけとちらかしの追いかけっこがエンドレスに続く。

 部屋がちらかっているというのは、悪いものではない。じゅんが一日のエネルギーを使い果たした成果ともいえる。でも、ちらかったところでぐちゃぐちゃに遊ぶのではなく、片づいている状態からぐちゃぐちゃになるまで、思う存分遊ばせてやりたいと思う。だから、私は毎夜、いそいそと片づけをする。

 洗濯物を干したと思ったら、すぐに次の洗濯物が溜まっていく。部屋をきれいに片づけたはずなのに、もうこんなに散らかっている・・・。毎日、ふりだしにもどる。それを「めんどくさい」と厭う人もいるだろう。だが、私は洗濯や掃除などの地味な家事をするのが、それほど嫌いではない。なんでもない行為の繰り返しが生活に安定したリズムをもたらしてくれるように思う。

 詩人の天野忠は「寸感」と題したエッセイにおいて、こういうことを述べている。

詩の中に、何でもなさ、を取り扱うことは大変むつかしい。何故なら、何でもなさは、人の関心を呼ばないし、人を「オヤ」と思わせないし、従ってホンにすれば誰も読まないからである。上下左右、勿体ない空白の中にほんの少々の活字を埋め込む作業の中に、勿体より重たい「何でもなさ」を沈めることは大変むつかしいことである。しかし世間には、(詩を読むという特殊な人の中にさえ)このことは阿呆らしい作業であると思われる。その通りであり、その通りではない。ごく僅かの、天邪鬼的な存在があって、その何でもなさを嗜好とする向きもあるのである。その何でもなさを、まるで己の生活という家の大黒柱のようにさえ思いこんで、丁寧大事にしている人も居ることは居るのである。(天野忠『草のそよぎ』編集工房ノア、1996年)

 詩人の言葉へのこだわりに、私自身を重ねることはできない。けれども、「その何でもなさを、まるで己の生活という家の大黒柱のようにさえ思いこんで、丁寧大事にしている人も居ることは居るのである。」という文章は、私の気持ちを代弁してくれている。

 家事には目に見える進歩や発展は少ないかもしれないが、生活の最も基本的な部分を形づくっている。それは私に、なんでもないことの繰り返しが持つ強さを教えてくれる。家族との生活は、進歩や発展とは別の次元の営みである。

工藤 保則

工藤 保則
(くどう・やすのり)

1967年、徳島県生まれ。龍谷大学教授。専門は文化社会学。著書に『中高生の社会化とネットワーク』(ミネルヴァ書房)、『カワイイ社会・学』(第25回橋本峰雄賞。関西学院大学出版会)、共編著に『無印都市の社会学』(法律文化社)、『<オトコの育児>の社会学』(ミネルヴァ書房)、『基礎ゼミ 社会学』(世界思想社)などがある。好きなものは、落語、散歩、リクオ(シンガーソングライター)、「0655」(テレビ番組)。現在、7歳の息子と2歳の娘の子育てまっただ中。

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