大地との遭遇

第12回

大地の保護者面談「ストップ!ドイツ留学」

2023.08.01更新

「税所さん、ドイツに留学するにはまだ父親修行が足りないんじゃないかな」
 あおちゃんは言った。

 大地では半年に一度、園長のあおちゃんと親が個別面談の時間を持っている。2023年度の6月、今年はじめての保護者面談の日のことだった。

 この保護者面談に向けて、親はあおちゃんに対して、質問票を事前に提出している。妻のゆかこは、質問票にこんなことを書いていた。
「子どもたちが、勝手に冷蔵庫を開けて食べ物を取るのをやめさせたい」
「子どもにお願いをすると、『そしたら、おいしいのちょうだい』と取引を要求される」
「ついつい子どもに当たりが強くなってしまい、強い言葉で叱ってしまう」

 そして、僕は「今年、ドイツの大学院を受験したいと思っている。順調にいけば、秋にドイツに渡る。大地が大好きなたかちゃんに大地を離れることをどんな風に伝えればいいか、あおちゃんからアドバイスをもらえれば」

 以上が、僕たち夫婦の書いた質問事項だった。

 僕は昨年の10月ごろからドイツの大学院へ留学したいと志を立てていた。アメリカで研究していた友人のともさんが、ドイツの大学院で教鞭をとることになって、「税所さんもこっちに来たら?」と声をかけてくれたのが昨年の10月。大地でのシュタイナー教育勉強会に参加するなかで、シュタイナー教育の魅力に取り憑かれはじめたのも、昨年の10月ごろだった。
「だったら、ともさんの誘いに乗って、シュタイナー教育の発祥のドイツで学べたらどんなに楽しいだろう!」と思い立ち、家族でのドイツ留学に向けてこの半年間準備を進めてきた。

 あおちゃんや大地の仲間たちにも、「ゆくゆくはドイツでシュタイナーを勉強しに行きたい!」と話していた。しかし、今年6月に受験して、秋には渡独するという具体的な計画をあおちゃんに伝えたのは、この面談だった。

 面談は大地のののはな文庫で行われる。夫婦で所定の時間に訪ねるとあおちゃんが待っていた。窓からは、普段は信州の美しい山々が見渡せるが、この日はどんよりとした雲に覆われていた。あおちゃんは質問票の内容を確認すると冒頭の言葉を言った。

「税所さん、ドイツに留学するにはまだ父親修行が足りないんじゃないかな」

「!?」

 てっきり、応援してくれると思っていた僕は、あおちゃんの言葉がすぐには理解できないでいた。

「税所さんたちが書いてくれた質問・・・正直、親として成熟していれば、ほんとうに大したことのない事柄なんです。子どもが勝手に冷蔵庫を開ける、親のいうことに取引条件を出されるなんてことは。親として、成長が足りない。特に税所さん」

「税所さんに比べたら、ゆかこさん(妻)のほうが一段親として成熟していると思うよ。税所さんはまだまだ幼い。お母さんは3人の子育てをしていて愛情を注ぐ役割だけでもういっぱいいっぱい。その上に、家庭でしつけや、子どもたちを叱る役をお母さんに押し付けたら、絶対にいけないよ」

「父親セミナーでも話したけど、『父親の役割の8割は母親の精神の安定を支えること』。この質問を見ていると、申し訳ないけどお父さんがレベルが低い」

 たしかに、あおちゃんからこの話は昨年の父親セミナーで聞いていた。「亭主関白宣言、父親は亭主関白として、天皇(母)の安定を支えることが大事である」。そして、かなりの感銘を受けたはずだった。しかし、この1年間、僕はどれほど実行できたであろうか。第3子ふみくんが生まれ、家族が5人になるうねりのなかで、僕はゆかこの力にどれだけなれていたか。

「子どもたちはよく育ってる。園では、この質問にあるような家でのふるまいはないし。ほんとうによく育ってると思う。でも、3人子どもを育てるってことは、並大抵なことではない。いつも言うように、子育ての幼少期はいましかない。だから、親は自分の仕事やキャリアについては、いったん置いておいて、幼少期の時間を一緒に過ごすべきだ」

 あおちゃんが、保護者や来客者に何回も言っているのを聞いてきた。
「小さい時の子どもたちとの時間は一生にほんのわずかで、尊い。だからこそ、いま、いま、を大事にしなきゃ」と。

「税所さんだからいうけど・・・」
 あおちゃんは話を続けた。

「税所さんは、父親としてもっと成長しなきゃいけない。そのためには、ドイツの大学院に行ってる場合じゃなく、お父さんの学校(大地のこと)に行って、もっと父親としての原体験を積んだほうがいいんじゃないかな」

 隣のゆかこを見ると、感極まって、涙をぬぐっている。そうか、僕はこれほど妻に感情を背負わせている夫だったのだ。

 僕はあおちゃんの言葉を受け止めるのに、集中していて、すぐに応じる言葉が出てこなかった。入園してから2年が経っていたが、これほどピシャリと僕の父親としてのあり方について、物申されたのは初めてではなかったか。あおちゃんは子育てのメンターだ。それだけでなく、僕はあおちゃんと気があった。お互い大好きな作家の三砂ちづるさんをお招きして、勉強会を一緒に企画したりする、年の離れた友人でもあった。そして、僕は大地で様々なことを経験して、成長したと思っていた。実際に成長した部分もたくさんある。しかし、多くの部分で僕は僕のままだった。

 相変わらず、夜更かし大好きで、朝起きるのが苦手。気分のままに行動し、家族、主にゆかこを振り回す。自分の興味があることには大いに反応するが、興味がないことには無関心。要するに稚児のままなのだ。これも、父親セミナーであおちゃんに言われた。

「お父さんは決して家庭のなかで、お世話される側(子ども側)に回ってはいけない」

 さて、どうする!? この幼子は、3人の男の子の父なのだ。

 僕は、もごもご、やっと口を開いた。
「大地のシュタイナー勉強会で、子どもは親の模倣であると学んできました。であれば、僕は、学びたいことを学びに行く後ろ姿を子どもたちに見せたいと。そういう意味でドイツに学びに行くのは、子どもたちにもきっといい後ろ姿を見せられると思ったんです」

 あおちゃんは答えた。
「なるほど、そういう風に考えていたんだ。でも、大学院で学んでいる後ろ姿なんて、幼少期の子どもには伝わらないよ。それよりもっと絵画的なイメージが伴う後ろ姿。たとえば、薪割りして、薪が積み上がっていく様子。何かを作って、それが完成していく様子。そういった後ろ姿を積み重ねる父親としての原体験が大事なのではないかな」

「税所さんは本をたくさん読んで学んでいくのは、素晴らしいけど、それを自分の経験として身体的に落としていく原体験がまだまだ足りないんじゃないかな。父親としての原体験をもっと大地で学んでからでも、ドイツ行きは遅くはないんじゃないか」

 こうして30分の面談は終わった。僕にとっては2倍、3倍の時間が経ったように感じた。

 面談の帰り道、ゆかこは僕に言った。

「あおちゃんが言ってたことは、私が普段から言いたかったことなので、ノートにメモしておいてね!」

 こうして、僕たちのドイツ留学計画は、子育てと遊びの師匠であるあおちゃんから、諌められることとなってしまった。

「税所さんたちは、いまのまま行ってしまったら、もったいない」

 あおちゃんの言葉はがつんと響いた。

 面談終了後、ゆかこと別れると僕は近くのカフェでオンラインのzoomに入った。友人の三好大助と定期的にオンエアしているラジオ「旅の仲間」の収録の予定だったのだ。意気消沈している僕を見て、大助が事情を聞いてくれた。

 大助は言った。
「そんなフィードバックしてくれるの? あおちゃん、すげえなあ。あつよしたちもジャーニーしてるなあ・・・」

 うん、たしかにそうだ。ここは子ども園なのだ。あおちゃんはリクルートの上司ではない。それなのに、ここまで突っ込んだコメントをしてくれるって、それはたしかに有難いことだ。だいすけが「ジャーニー」という言葉を使った。そうか、これは旅なのか・・・。

 ラジオの収録を終えると、僕は腹が減った。腹が減ると不安にもなる。近くの食堂で大好きな昼ご飯のメニューを腹一杯に食べた。肉とパスタ。そしてシャキシャキレタス。お腹が膨れた。少し元気が出た。

 その日のお迎えの時、保護者の仲間のAさんに、「あおちゃんにがつんと言われてしまいました」といきさつを話すと、「はは。あおちゃん、税所さんがいなくなるのが、寂しいんだよ! だから、そう言って引き止めてるんじゃないの〜?」と明るくいった。

 そして、その日の夕方東京の友人、たくちゃんに電話でこのいきさつを話すと彼はいった。
「あおちゃんもおもしろいこと言うなあ。でもさ、仮にあつがあと1年、2年大地にいたとしても、父親レベルそんなに上がらんと思うで」

おっぷ!!!

 たくちゃん、鋭いこと言うぜ。僕が一番恐れていたことを言われた。今回、僕が愕然としたことがふたつある。ひとつは、昨年、父親セミナーで言われていたはずのことを、ちっとも実践できていない「自分の変わらなさ」。そして、もうひとつは、ゆかこの涙。

 たくちゃんは続けた。「あおちゃんの『子どもは親の模倣だから。親は子どもに生きてほしいように自分が生きなければいけない』って話をあつが好きなのは、自分が自分のやりたいように生きることを肯定してくれてる言葉やからやろ?」

 がーん・・・そうなんです。あおちゃんのキーフレーズ。僕が大好きなのは、「しめしめ、ということは、俺は好き勝手生きていいってことだ!」という思いがたしかにあるから・・・。

 はてさて、税所篤快という幼子。いったいどうしたらいいのでしょうか。大助の師匠からこんな話を聞いたことを思い出した。
「何か、しなくちゃいけないと思ったときは、気をつけたほうがいい。そこに何もする必要はないのだから。ただ感じる、そのときを味わうということ」

 幼子のジャーニーは続きます。

税所篤快

税所篤快
(さいしょ・あつよし)

19歳のとき、失恋と一冊の本をきっかけにバングラデシュへ。同国初の映像授業プログラムe-Educationを立ち上げ、最貧の村ハムチャーから国内最高峰ダッカ大学への合格者を10年以上輩出する。その後、中東のパレスチナ難民キャンプやガザ、アフリカのルワンダやソマリランドなどでプロジェクトを展開。2016年、人生に迷い、リクルート入社。売上ゼロのまま木更津で消息をたち、エチオピアで発見される「税所アフリカ脱走事件」など数々の逸話を残す。2021年、地域おこし協力隊ゼロカーボン推進員として、長野県小布施町へ。著書に、『前へ!前へ!前へ!』『最高の授業を世界の果てまで届けよう』『突破力と無力』の青春三部作。『若者が社会を動かすために』『未来の学校のつくりかた』『僕、育休いただきたいっす!』の社会人三部作などがある。

写真:五味貴志

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