第23回
夏の大地 トーチングの炎
2024.03.01更新
暗闇の中、お父さんたちがズラリと3列の隊列を組んでいる。裸足に黒ずくめの服装。両手にはこん棒をぶら下げている。棒の先には雑巾がこんもりとグルグル巻きになっている。「いったいなにがはじまるのだろう」子どもたちは少し離れたところで、お母さんたちとこちらを見つめている。
あおちゃんが合図をする。近くにたたずむ一番背の高い木のてっぺんにいるきんちゃんが手元で火を灯した。その火を滑車に乗せる。きんちゃんの位置から、お父さんたちの隊列の真ん中へロープがピンと張られている。きんちゃんが手を放すと、火を乗せた滑車は勢いを増しながら空を走り、すごいスピードで地面に突入した。その種火をお父さんの一人がこん棒に着火。
「シュボボッ!」という景気のいい音が闇に響くと、棒の先は赤々とした炎で包まれた。その火を、ひとり、またひとりとお父さんたちが聖火リレーのようにつなげていく。僕も隣の丸山さんから火を受け取った。僕のこん棒は地元の小布施町、雁田山のふもとで見つけてきた。釘を打ち、持ち手を作る。先端に雑巾を巻き、昨日の夜から灯油にたっぷり浸してある。「ボボボッ」と我がこん棒にも火が灯った。火は予想以上に強く、熱い!全員に火が行きわたる。約20人、40本のトーチが燃えている。子どもたちが息を飲んだ。
僕たちは、中央の赤木さんの合図で右手を左回しに大きく旋回させ、空に炎の弧をかいた。「シュボボボボボー!!!」と炎が踊る。旋回中は、火が遠心力で外を向くので、熱さが和らいだ。20の炎弧が闇に浮かぶ。子どもたちから「おお~!!!」とどよめきが起こる。僕たちの息はぴったりのようだ。練習の手ごたえを感じる。さらに右手の左旋回を2周。左手で右旋回3周。炎は僕のまわりを音を立てて、気持ちよさそうに舞っている。火の粉があたりに蛍のように散る。今度は両腕を一斉に内回しの旋回を3回、続けて外回し3回。そして、最後の大技。握力を全開にして、こん棒を空中に掲げ、空を8の字に搔きまわす。僕の耳元では空中で炎が舞っている音がよく聞こえる。子どもたちからどんな風に見えているのかは、わからない。でも、炎が照らす息子たちの食い入るようなまなざしを見る限り、きっと美しい炎なのだろう。
大技「空中8字掻き」が終わると、はじめからもう1セット繰り返した。1セット目は僕たちの息をぴったりだった。2セット目は、回し方がずれたり、多少の乱れはあったようだが、演舞の迫力は変わらない。2セット目は、炎がこん棒を食い尽くしていくので、持ち手が熱さでヒリヒリと痛む。もっと長い棒を見つけるべきだった。来年はきっとそうしよう。熱さに耐えながら、僕たちは、夢中になって棒を振り回す。まるで違う世界の人へ合図をおくるように。
汗だくで演舞を終えた。僕たちは燃え盛る棒を一か所に集めて、たき火を作った。40本の炎がひとつになる。そこにスタッフのゆみちゃん、がーくんが、七夕祭りの七夕笹を持ってきた。大地のみんなの願いが書かれた短冊がぶら下がっている。「おつきさま」の歌をみんなで合唱しながら、笹の葉を燃やしていく。
「お月さま お月さま
ひとりお空で かがやいて
さびしかろ さびしかろ
ひとりぼっちは さみしかろ
空の月が いいました
いや いや そりゃちがう
千も万もで ひかるのさ
お星さまと ひかるのさ」
(作詞 鳥海和季 作曲 鳥海和美)
この年、僕たちはお父さん仲間を一人喪っていた。燃え盛る笹の葉を見ながら、七夕笹を支えるゆみちゃんが涙を流している。それぞれが歌いながら、火を見つめながら想いにふけっていた。
大地のお父さんたちに代々伝わるトーチング演舞。30年経ったのちの卒園生たちが、最も印象深い大地の思い出として真っ先に挙げるシーンのひとつでもある。僕たちはこの年も子どもたちの記憶に焼き付けるように、炎をふるった。大地の夏の風物詩、夕涼み会のひとこまのことであった。