大地との遭遇

第26回

大地から見えた世界

2024.06.03更新

 大地で僕が学んだことはなんだろう。

「子どもたちにこう生きてほしいという願いがあるなら、そのように自分が生きてみる」ということになるかもしれない。なぜなら、子どもは親や大人の後ろ姿をよーく見ているから。僕が息子たちに、「創造的に、愉快に生きてほしい」と願うなら、自分自身が「創造的に、愉快に生きる」を実践すること。親は、学校や特別なプログラムを子どもたちに用意することで、その願いを伝えるのではない。自分の「日々の過ごし方」で伝えることができる。口でいうほど簡単なことではない。だから自分一人で、実現できなくてもいい。パートナーと一緒に、仲間と一緒に、人生を楽しむ。その後ろ姿を子どもたちは見る、感じる。

「本当に楽しいことは、けっして楽なことではない」

 これも、大地から教わった。時に、人生の荒波に揉まれて、立ち止まり、後退することがあってもいい。その時にこそ、パートナー同士、友達同士で頼りあう、支えあう。親たちを「受け身の学び手」から、「自身からの学び手」に変容させること、これがあおちゃんたちが、大地で仕掛けている「親教育」だ。親が変わると、子どもが変わる。すると、家族が変わる。僕は、この進化を、師匠の米倉誠一郎先生の著書『創発的破壊」(ミシマ社)からインスピレーションを得て、「創発的家族」への変化と呼びたい。

 僕は大地で、本当によく遊んだ。子どもたちと、親たちと、あおちゃん夫妻と、ともに食べ、歩き、走り、創り、滑り、登り、振り回し、跳んだ。大地の丘から、僕は滋養とエネルギーをたっぷり頂いた。僕のエネルギーゲージがフルチャージされた2022年、6月のこと。僕たちが暮らす小布施町でお世話になっている市村良三さんから、僕は次の旅へのしるしを受け取った。

 市村良三さんは、小布施町の町長を4期務めた「名物小布施人」だ。気さくな人柄と、深い知恵、その小布施愛を慕って、世界中から人々が良三さんを訪ねる(良三さんの小布施での活躍は、磯野謙さん著『小布施まちづくりのセンス――二人の市村」(文屋)に詳しい)。僕も小布施町に住み始めてから、彼の魅力のとりこになって、機会をみつけてはご自宅を訪ねてお話をした。良三さんの客間からは、小布施の美しい栗の小径を眺めることができる。コーヒーとタバコ、時にハイネケンで、良三さんはもてなしてくれた。その日も、僕は県外からやってきた友人たちと彼を訪ね、話をしていた。

「空(くう)でいき、満ちてかえる」

 良三さんが空海の話をしていた時に、このフレーズを口にした。かつて、空海が海を渡って中国へ行ったときに、彼は空っぽだった。つまり、「空で行った」。かの地で、彼は様々な学びや洞察を得て、それを満載して帰ってきた。「満ちてかえってきた」。そんなエピソードを良三さんは僕に語った。「空でいき、満ちてかえる」。なぜか、この言葉が、良三さんを通して、僕の心につーんと響いた。なんなんだろう、このつーんとした響きは。

 それからしばらくして、アメリカで研究をしていた友人の永嶋知紘さん(通称ともさん)が日本に一時帰国した。僕たちは、茨城県土浦にある寿司屋で再会し、彼の博士課程修了の祝杯を挙げた。

「ともさん、アメリカでの研究を終えて、どこへ行くんですか?」と僕が聞くと、彼は答えた。

「ドイツの大学で教員のポストに採用されたので、ドイツに行きます」

「ドイツ!? ドイツのどこ?」

「ザールラント大学というところです」

「ザールラント? 聞いたことないけど、とにかくすごいや! 本当におめでとう!!!」

 ともさんがトイレにたつと、僕はスマホでザールラントを調べてみた。すると、ヨーロッパのど真ん中にしるしがたった。ドイツの南西、フランス国境沿いだ。

「わーお! ともさん、こんな欧州の心臓みたいなところに赴任するのか!」

 僕の想像力は刺激され、良三さんの言葉が反芻した。

「空でいき、満ちてかえる」

 20代前半で、幼子を抱え家族でともさんは渡米した。そして、学びを満載して、次は欧州にゆく。彼の生き方こそ、「空でいき、満ちてかえる」を体現していた。

「このザールラントの地から世界を見たら、どんな風景が見えるのだろうか。どんな人に出会えるのだろうか。」

 ともさんが、トイレから戻ってくると、僕は思わず聞いていた。

「ねえ、ともさん、ザールラント大学で僕が学べるコースありますか?」

「ありますよ」

 ともさんは即答した。

「僕が赴任するコンピューターサイエンス学部と連携した教育とテクノロジー(通称エドテック)の修士コースは、税所さんにいいかもしれない」

「え、ほんと!? でも、僕、合格できるかなあ・・・」

「税所さんなら、絶対合格しますよ」

 ともさんは、きっぱりと言った。

 僕の心の鐘がカランカランと鳴った。

 次の舞台の幕がするすると上がっていく。

 この夜、土浦で、僕の中に新しい震源地が発生した。

(次回へ続く)

※市村良三さんは、2023年6月14日に亡くなった。74歳だった。ぜひ良三さんに関心がある方は、本文でも紹介した磯野謙さん著『小布施まちづくりのセンス――二人の市村」(文屋)を読んでほしい。僕が最後にお会いしたのは、亡くなる一か月前。

「税所さんが世界のどこかへ行っても、小布施は活動拠点のひとつにし続けてくれ」

「税所さん、いま34歳なの? それじゃあ40歳までは助走だね。しっかり助走しておかないと、40以降で跳べないから」と、最後の良三節を授けてくれた。ご冥福をお祈りします。

税所篤快

税所篤快
(さいしょ・あつよし)

19歳のとき、失恋と一冊の本をきっかけにバングラデシュへ。同国初の映像授業プログラムe-Educationを立ち上げ、最貧の村ハムチャーから国内最高峰ダッカ大学への合格者を10年以上輩出する。その後、中東のパレスチナ難民キャンプやガザ、アフリカのルワンダやソマリランドなどでプロジェクトを展開。2016年、人生に迷い、リクルート入社。売上ゼロのまま木更津で消息をたち、エチオピアで発見される「税所アフリカ脱走事件」など数々の逸話を残す。2021年、地域おこし協力隊ゼロカーボン推進員として、長野県小布施町へ。著書に、『前へ!前へ!前へ!』『最高の授業を世界の果てまで届けよう』『突破力と無力』の青春三部作。『若者が社会を動かすために』『未来の学校のつくりかた』『僕、育休いただきたいっす!』の社会人三部作などがある。

写真:五味貴志

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