大地との遭遇

第34回

のんたん母さんの人生(前編)

2025.02.03更新

 大地をあおちゃんと一緒に切り盛りしてきた、のんたん母さんこと青山伸子さん。「飯綱のマザーテレサ」と呼ぶ人もいるほど、溢れる愛情を大地の子どもたちに注いでいる。また「お話」にかける熱情は、途切れることがない。長年の取り組みで、大地の「ののはな文庫」の活動の充実は、いよいよ円熟期を迎えている。お父さん、お母さんたちのお話の語り手たちは、現役メンバーだけでも20名を超える。今年もたびたび、大地でお話会が催された。勢いが良すぎるお父さんチームは、初の東京遠征へ。「お話の聖地」東京子ども図書館で単独のお話会を開催し、満員御礼の大盛況だった。

 これほど、「ののはな文庫」の活動が花開いたのも、のんたん母さんの長年の熱情のたまものだ。このパワーは一体どこから来ているのだろうか。のんたん母さんは、よく動的なエネルギーの塊のあおちゃんと対をなすような「静的」な文脈で語られることが多い。しかし、僕は、のんたん母さんを知れば知るほど、あおちゃんと同じくらいの動的なエネルギーの持ち主であることを発見した。彼女は、その身一つで、世界中を冒険してきたのだ。連載終盤の今、改めてのんたん母さんへのインタビューを行い、溢れる愛と情熱の源を探ってみた。

 のんたん母さんこと、伸子さんは、1958年(昭和33年)9月9日に京都で生を受けた。1958年といえば、長嶋茂雄がプロ野球デビューし新人王に輝き、東京タワーが完成した年だ。この年には、マドンナやマイケルジャクソン、プリンスなど歴史に輝くエンターテイナーたちが同じく生を受けている。京都のお寺の三姉妹の三女として、伸子さんは、両親からたくさんの愛を注がれた。伸子さんのもっとも幼いころの記憶は、小屋で飼っていた白いうさぎが、ぴょんぴょんと跳んでいって、どこかに行ってしまったことだ。そのころ、境内には、よく犬や猫が捨てられていった。伸子さんは、小さいころから、この犬や猫たちの面倒をよく見ていた。

 伸子さんは、公立幼稚園から、西陣小学校(現在は閉校)に進学する。当時、バレーボールが大流行。なにせ伸子さんが年長の6歳のとき東京五輪が開催され、東洋の魔女が金メダルを獲得し、日本中を沸かせていた。「サインはV!」「ビバ!バレーボール」などのバレーボールマンガも大人気だった。伸子さんも、友達とチームを結成し、練習に励んだ。練習試合に他の小学校に遠征したこともあったという。他にも「ゴム跳び」「鉄棒」「ドッジボール」などの身体を使った遊びに精を出し、活発な運動能力を発揮した。

 その割には、小学校の体育の成績は3と冴えない。他の科目も、成績は3ということも多かった。通知表で、先生からは、「大人しい性格」と書かれたことも。そんな先生からの評価などまったく気にしなかったのが、伸子さんのお母さんだった。「そのままでいい」と伸子さんのことを認めていたことは、心の安定感につながったという。「のんびりのんちゃん」とあだ名されようが、関係ない。「ゆっくりでいいんだ」という確信を伸子さんが持てたのは、特にお母さんが注いだ愛情の影響も大きかったのだろう。

 小学生のころの、伸子さんの楽しみは本とマンガだった。本は、お母さんが月に一度、本屋さんで児童書を定期購入してくれた。ドイツ人作家プロイスラーの『小さい魔女』、石井桃子の『ノンちゃん雲に乗る』(伸子さんの名前の由来にもなったという)、中国の昔話などの本が大好きだった。マンガも大好きで、『りぼん』を一か月に一度買ってもらい、友人が買った『なかよし』と、交換して回し読みした。座布団を積んだ上に座り、おやつを食べながらマンガを読むのは、小学生のころの伸子さんにとって最上の贅沢だった。

 住職のお父さんも伸子さんを可愛がってくれた。お父さんは、バイクのカブの後ろに伸子さんを乗せて鴨川沿いをよくドライブした。上流で釣り糸を垂れることもあった。毎年、大阪のひらかたパークで開催された菊人形展に一緒に行くのも楽しみだった。お父さんは、戦争中に陸軍に徴兵され満州へ行った。その経験を、時に布団の中で、幼い伸子さんに語ることもあった。伸子さんは、お父さんの布団に潜り込んだときのなんとも男くさい匂いを今もよく記憶している。

 小学校6年生のころには、太陽の塔を擁する大阪万博が開幕した。伸子さんは、各国のパビリオンをまわり、その国の料理を屋台で楽しんだ。「日本より外国の方がいい!」「世界に目を向けよう!」というエネルギーが日本中に満ちていた時代だ。テレビも時代を反映する。「兼高かおる世界の旅」という日曜日の朝のテレビ番組が、伸子さんは大好きだった。ジャーナリストの兼高さんが、世界の各地の様子をレポートする番組だ。ちなみに、兼高さんは、この番組のナレーター、ディレクター兼プロデューサーを務め、取材国は約150か国、距離にして地球を180周もしたという。

「私も世界に行きたいなあ」と漠然と夢見る伸子さんは、「将来は、世界をまわれるような人になりたい」と卒業文集に書いた。人は、探しているものを人生で見つけ出す。この伸子さんの想いは、約10年後に実現されることになる。

(中編へ続く)

税所篤快

税所篤快
(さいしょ・あつよし)

19歳のとき、失恋と一冊の本をきっかけにバングラデシュへ。同国初の映像授業プログラムe-Educationを立ち上げ、最貧の村ハムチャーから国内最高峰ダッカ大学への合格者を10年以上輩出する。その後、中東のパレスチナ難民キャンプやガザ、アフリカのルワンダやソマリランドなどでプロジェクトを展開。2016年、人生に迷い、リクルート入社。売上ゼロのまま木更津で消息をたち、エチオピアで発見される「税所アフリカ脱走事件」など数々の逸話を残す。2021年、地域おこし協力隊ゼロカーボン推進員として、長野県小布施町へ。著書に、『前へ!前へ!前へ!』『最高の授業を世界の果てまで届けよう』『突破力と無力』の青春三部作。『若者が社会を動かすために』『未来の学校のつくりかた』『僕、育休いただきたいっす!』の社会人三部作などがある。

写真:五味貴志

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