第28回
春の大地 森の親睦会
2024.08.01更新
大地に待望の新春の季節がやってきた。今日は4月某日。新入の子どもたちと家族も顔を合わせる森の親睦会だ。大地の裏山に集合した在園児と家族たち。林業に従事経験のある大地のお父さん金ちゃんが、今日は本格的な木こり装備で身を固めている。事前にあおちゃんと、その日切り倒す危険木の狙いを定めていた金ちゃんは、子どもたちが見守るなか、少しずつ倒木の準備をしていった。慎重に倒す方角を見極め、その方向に倒れるように切り目をチェーンソーで入れていく。子どもたちは本当にこんな大きな木を切り倒すことができるのか、とハラハラと見守っている。
「準備オッケーです! いきまーす!!!」
金ちゃんは、合図とともに30メートルはあろう巨木にとどめを刺した。ゆっくりと、その木は倒れていった。まるで映像のスローモーションを見ているかのように。十分に距離を取ってその様子を見つめる園児と家族たち。木が地面に倒れこんだ瞬間
「ズドーン!!!!!」
とお尻が浮きそうな衝撃音が僕の身体を揺らした。生まれて初めて、これほど大きな木が地面に倒れる音を間近に聞いた。
「わーーーー!!!」とどよめく、園児たち。
「ギュイン! ギュイン!! ギュイーーーン!!!!!」
お父さんたちが、手に手にチェーンソーのスイッチをオンにして、木に飛びかかっていく。今日は森の親睦会。裏庭の危険な木を切り倒し、みんなの力でそれを薪にする。倒された木のほうは、何人ものお父さんたちのチェーンソーによって、瞬く間に分断されていく。程よい長さの丸太にされた木は、少し離れた場所に移動させる。そこには、薪割り機が3台と、斧が並んでいる。ここでも、お父さんたちがスタンバイしていて、子どもたちも安全に気を付けながら、薪割り機で割られた薪を運んだり、手伝いをする。大地では、冬の季節に大量の薪をくべて暖をとり、弁当を温め、料理をする。だから、毎冬にむけてかなりの量の薪が必要になる。今回の親睦会には、冬の大地の生命線ともいえる薪づくりを、みんなで一本の木を切り倒し、薪にするまでのプロセスを含めて体験してしまおうという、あおちゃんの狙いもあった。
僕とたかちゃんはというと、薪割り機の担当だ。ギロチン台のような巨大な刃を持った巻き割り機に、丸太をセットする。安全確認をして、ボタンを押すとすさまじい馬力でギロチンが、巨大な丸太を一刀両断してしまう。その「パカッ!!!」という気持ちのいい音といったらない。切断しにくい丸太や中途半端なサイズの木は、斧で割っていく。逆に、巻き割り機の馬力でも木目の関係で、切断できないほどのツワモノにも出くわす。その時にこそ、お父さんたちのチームワークが試される。
「さいしょさん、それこっちでやろうか?」と僕の隣の赤木さんが、違う薪割り機で試す。それでもダメなら、「あつよしさん、こっちで斧で試してみよう」と、将兵さんが、斧を振るう。こうして、各セクションの父親たちが獅子奮迅の働きをすること、4時間。大地の裏山には、ズラリと薪棚が現れた。子どもたちも普段の薪運びの経験から、薪がいかに大事なものかは身に染みてわかっている。この森の親睦会で、文字通り、子どもたちは身体を通じて薪ができるプロセスを経験した。
それにしても、これほどの巨木を一刀両断した金ちゃんとは何者なのだろうか。僕たちの大地父親世代2022年にとっては、一番大地歴の長いお父さんのひとりである。長女のあろちゃんは小学校になっても大地が好きで、大地に通い続ける「大空組」のエース的存在。次女のきほちゃんは、年中さんのくもさん組に所属している。金ちゃんは、大地で数々の伝説を持っている。
まず彼は花火師である。大地の重要な催しの際に、花火師のパートナーのちひろさんと、3号玉、4号玉の花火を打ち上げる。大正5年からの伝統を持つ信州煙火工業に所属していて煙火従事者の資格を持っている。自分たちのために打ち上げられる花火を目の前で味わう子どもたちの贅沢さといったらどうだろう。そして、冬には、世界でも珍しい、お客さんの目の前で花火を打ち上げる花火バーを白馬でやっていたりする。
彼はスノーボーダーである。冬のシーズンには、何日間も雪山を駆け巡り、オフロードスキーを楽しむ。大地の冬の催しでは、子どもたちにスノーボードの華麗な技を披露するお父さんの一人だ。彼は庭師である。20代のころから、庭師の仕事をしながら老若男女問わず、さまざまな人たちと出会い、数えきれない数の庭を仕上げてきた。新しい人に出会い、その人の生い立ちから興味分野まで話を聞くのは、金ちゃんの大きな喜びだ。彼はかやぶき職人の見習いでもある。2022年、金ちゃんは「自分で茅葺で屋根をふけたら、自分で家を建てることができる」と確信し、茅葺職人たちの集団に弟子入り。日本中の現場を見習いとして一緒に旅して歩いた。そして、お話の語り手でもある。肩ひじ張らない、ひょうひょうとした金ちゃんのお話は、子どもたちに大人気である。十八番は、エジプトの民話「ゴバおじさん」だ。中東で何百年も語りつがれている、ゆかいなおじさん「ゴハ」の物語。自分が売りに出したロバを買ってしまったり、態度の悪いおふろ屋さんの世話係をやりこめたり。時に鋭く、時に間が抜けているゴハおじさんのあり方は、金ちゃんのあり方をも彷彿とさせる。
花火師、木こり、スノーボーダー、庭師、茅葺ふき、そして物語の語り手。これほど多様な顔を持ったお父さんは、ユニークな顔ぶれがそろう大地でも傑出している。
金ちゃんは、長野市の篠ノ井出身だ。リンゴ畑に囲まれたのどかな地域で、裏山を遊び場に育った。友達との野球、山に秘密基地をつくり、地域の水路を自転車で爆走、里山の子どもらしい遊びを満喫する。地元の小学校、中学校を経て、松代高校へ進学。スケボーに、長野駅の立ち食い蕎麦屋でのバイト、クラブ遊び、そして、スノーボードに打ち込んだ。内装屋での仕事や、洋服屋の立ち上げなどを経験し、植木屋の社員として庭師として働きはじめ、のちに独立する。パートナーのちえさんと出会い結婚したのは28歳。数年後に、長女のあろちゃんが誕生する。ちえさんが見つけてきた大地に、あろちゃんが通いだしたのは3歳になる前のこと。金ちゃんがはじめて大地を訪れたのは、運動会の日のことだった。大地の丘で、親たちが全力疾走を繰り広げる運動会の様子に、「まじかよ!」とドン引きしたという。しばらくは、大地と慎重に距離をとっていた金ちゃんだが、ある時気づいた。
「ここに来たら、楽しんでいくしかないんだな・・・」
「もっと(大地に)入っていったほうがいいんだな」
そこから、金ちゃんは大地での催しに積極的に参加していく。海水浴で浦島太郎に扮することもあれば、山で忍者に扮することもある。花火を打ち上げれば、木にも登るし、木も切るし、雪山から滑り、飛ぶ。そして、お話を語る。大地に存在する多種多様なお父さんの「動詞」のほとんど全てを金ちゃんは経験してきた。
「自分は大地のたたき上げで、鍛えられた」と金ちゃんは語る。金ちゃんにとっての大地とは「本と実践」だったという。大地には、ののはな文庫の蔵書だけでなく、あおちゃんはもちろん、いろんな分野で活躍する親たちがいて、それぞれの面白い本を紹介してくれる。それをひたすらに読む。そして、その本での学びなどを、実践できるフィールドが大地にはあった。その試行錯誤が自分を成長させてくれたと金ちゃんは語る。
「何よりも、まわりの父親が最高じゃない。こんな子育ての仲間、なかなか出会えないよ」
金ちゃんは、積みあがった薪棚を背中に満足そうに微笑んだ。