大地との遭遇

第15回

春休み、ナウマン象と野尻湖人を探せ

2023.09.15更新

 3月下旬、大地は春休みに突入した。そして、3月21日、僕と次男ひろくんは車を信濃町の野尻湖へ走らせた。念願だった野尻湖での、ナウマンゾウの化石発掘隊に参加するのだ! 野尻湖底ではこれまで、ナウマンゾウの歯の化石だけでも約50頭分が発見されている。ナウマンゾウの化石とともに、野尻湖人と呼ばれる旧石器人類の石器や骨器なども見つかっている。約4万年前に、皮はぎに使われていたであろうゾウの骨器スクレイパーが出てくるというのだから驚きだ。氷河時代に、この湖畔で人々がナウマンゾウやオオツノジカを狩りし、生活をしていた。その痕跡を湖底から見つけ出していく。なんてロマンに溢れる話だ!

 野尻湖畔に到着すると、透き通った青色の空に雲が浮かび、絶好の発掘日和だ。湖畔には発掘隊のテントが立ち並び、発掘現場はさながらジュラシックパークの化石発掘シーンのような熱気が満ちている。受付では、僕とひろくんの名札を受け取り、そこには氏名とチームでの役割が書かれている。ひろくんの名札には「おやつ係」とある。ここの発掘現場では、2歳の彼にも仕事が割り振られるのだ。それは午前10時と午後14時の「おやつタイム」に本部からチームの人数分のおやつを受け取り、それを配ることである。このナウマンゾウ発掘隊がユニークなのは、専門家の方たちを中心に、多くの市民の方たち、子どもたちが発掘に加わっていることだ。これまで2万人以上の小・中学生や一般の皆さんが参加し、多くの重要発見をものにしてきた。ここはいい意味で素人にも門戸を開いた珍しい発掘現場なのだ。

 野尻湖での化石発掘が始まったのは、75年前の1948年。野尻湖畔の旅館のご主人である加藤松之助さんが湖畔を散歩していると、「湯たんぽ」のようなものを発見。地元の野尻湖小学校の日野武彦校長に相談すると、ナウマンゾウの臼歯(きゅうし)であることがわかったのだという。

 採掘現場には、グリッドと呼ばれる4mの正方形の穴が掘られている。僕たちはチームごとにひとつのグリッドを担当し、代わりばんこで穴の中に降りて、移植ごてを使って、うすく剥ぐように掘っていく。掘れた土はすぐにちりとりで取り除く。そうでないと、化石などが見つけにくいからだ。何か見つけたら、まずストップして、班長さんを呼ぶとのこと。それにしても、本当に何かが出てくるのだろうか。この時、僕は半信半疑だった。

 6つの長方形にくりぬかれたエリアがあり、それぞれのチームが担当する。僕とひろくんは降りていき、スコップでじょりじょり土の表面を少しずつ削り始めた。なんて地道な作業なのだろう。でもいま僕たちがじょりじょりしている地層はたしかに2万年前の土なのだ。

 何回か他のメンバーと交代で発掘を続けた。おやつ休憩を挟んで昼前くらいだったろうか。ひろくんがスコップで削っていた箇所から、なにか茶色っぽい物体が見えてきた。

「これは・・・一体?」

 すぐに班長を呼んで確認する。班長といっしょに、慎重に謎の物体の周りの土を取り除いていく。細長い、骨のようなものが見えて来る。

「まさか・・・これはナウマンゾウの骨!?」

 班長は物体を確認するといった。

「これは木片ですね。」

「も、も、もくへん?」

「はい。二万年前の木片です。植物化石として記録しましょう。記録係さーん、お願いします!」

 そう班長が呼びかけるとグリッドの外に待機していた記録係さんが駆けつけた。

「二万年前の木片っていっても、なんだか湿っていて生木みたいですよ? なんなら数ヶ月前のものだと言ってもよさそうなくらいな見た目ですが」と僕が率直な疑問を班長にぶつける。

「湖の湖底に、湿気のあるなかでずっと堆積していたわけですから、生木のような印象を受けますよね。でも、もっと乾燥していたら、とっくに分解して跡形もなくなっていますよ。」

 こうして、ひろくんが発見した木片には目印がつけられ、記録係によって、「発見者 税所篤洋」と記された。木片は慎重にチャック付きポリ袋に入れられ、油性マジックで標本番号がつけられると保管場所へ持って行かれた。そして、僕らは最年少であろう2歳の発掘者の初めての発見をお祝いした。その後も、グリッドでの発掘は続いた。僕らの隣のグリッドでは、なんとナウマンゾウの骨が発見されたという。駆けつけて、見てみると、たしかになんだか骨のような大きな塊が土から浮かび上がっている。

「本当に出てくるんだ・・・本当に、ここにナウマンゾウが暮らしていたんだ」と、現物を見てやっと実感が湧いてきた。

 僕たちは約2週間かけて行われた発掘の一部の日程しか参加できなかったが、その後、約4万5千年前のナウマンゾウの背骨や腰の骨が発見された。さらに、こぶし位の大きさの石がたくさん出土したグリッドもあったという。専門家のみなさんたちが、この石は果たして野尻湖人が人為的に置いたのか、偶然なのか、これから調査を進めていくという。ひろくんが今回発見した木片は、比較的尖っていたので、もしかしたら野尻湖人たちが、何かの道具に使っていた木片なのでは? などとついつい夢想してしまう。今回わかったのは、運がよければ本当にナウマンゾウや野尻湖人の痕跡が自分たちで発見できるということだ。

 これからも息子たちを連れて、この発掘に参加し続けよう。そうすれば、いつか、息子たちの誰かが75年前の加藤さんのように、とんでもないものを見つけてしまうことだってあるかもしれない。

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税所篤快

税所篤快
(さいしょ・あつよし)

19歳のとき、失恋と一冊の本をきっかけにバングラデシュへ。同国初の映像授業プログラムe-Educationを立ち上げ、最貧の村ハムチャーから国内最高峰ダッカ大学への合格者を10年以上輩出する。その後、中東のパレスチナ難民キャンプやガザ、アフリカのルワンダやソマリランドなどでプロジェクトを展開。2016年、人生に迷い、リクルート入社。売上ゼロのまま木更津で消息をたち、エチオピアで発見される「税所アフリカ脱走事件」など数々の逸話を残す。2021年、地域おこし協力隊ゼロカーボン推進員として、長野県小布施町へ。著書に、『前へ!前へ!前へ!』『最高の授業を世界の果てまで届けよう』『突破力と無力』の青春三部作。『若者が社会を動かすために』『未来の学校のつくりかた』『僕、育休いただきたいっす!』の社会人三部作などがある。

写真:五味貴志

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