雨宿りの木

第1回

自分を守る

2021.05.25更新

 こんにちは。

 このたび、ミシマガジンで連載をする機会をいただきました。内科医の本田美和子と申します。どうぞよろしくお願いします。

 私は内科医として働き始めて今年で29年になります。病院にいらっしゃる方は体のことについてお困りごとがあり、それについてお話を伺ったり、体の様子を見せていただいたりしたことを踏まえて検査や治療の提案をすることで、お困りごとの解決を図る、というのが私の仕事です。つまり、病院で働いているかぎり、体のことについてのお困りごとがない方とお会いする機会はありません。この仕事をしていると、「現在の状況は、もっと前に何か手を打っておけば防げたかもしれない」と思うことに遭遇することは少なからずあります。また、健康について「こういうことを知っておくと、今後役に立つのではないか」と思うこともたくさんあります。それらは一言でまとめると、医師の立場からお伝えしたい「ご自分を守るための提案」です。

 今、体のことについてのお困りごとがないために、私たち医療に携わっている者がお目にかかる機会をいただくことがない方々に対して、一体どうしたら、この「ご自分を守るための提案」を届けることができるのか、ということについて、私は研修医として仕事を始めた頃からずっと考えてきました。

 仕事を始めて6年ほど経った頃、私は米国の病院で働くことになりました。慣れない英語での生活はいろいろ疲れるので、家に帰ったら英語じゃない暮らしをしたいと思っていた頃、インターネットが普及し始めました。パソコンを開けば日本の日常と繋がれることは、当時の私にとっては本当にありがたいものでした。サイトがリンクでつながっていて、次々に知らなかったサイトに飛んで行けることを初めて経験したときには、「これがwebか」と感動しました。

 その頃によく読みに行っていたサイトに、糸井重里さんがお始めになったばかりの「ほぼ日刊イトイ新聞」がありました。読者からのメールも受け付けていらしたので、ある日感想をお送りしたことがきっかけとなって、糸井さんからメールをいただきました。やりとりの中で誘っていただき、1999年の春から「ほぼ日刊イトイ新聞」で連載をすることになりました。

 ずっと考えていた「自分が直接お目にかかることのない方々へ、提案を届ける」ことが、この連載の機会をいただいて実現したことを今でも本当にうれしく思っています。さらにうれしかったのは、私の提案について、読んでくださった方からの感想のメールが届くことでした。

「ほぼ日刊イトイ新聞」の連載は2008年まで続いたのですが、この間にお伝えしたテーマは、たとえばぜんそくやHIV感染症などの病気そのもののことだったり、飲んでる薬を知っておこうというような健康管理などについてでした。つまり「健康についての提案」を細々と始めたのですが、「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」という世界保健機関(WHO)の定義を踏まえると、健康について考えるとき、体のことを考えるだけでは不十分です。病気についての提案を何回か行った後で、もう少し枠を広げて「自分を守る」ことをお伝えするようになりました。

 配偶者からの暴力についての連載をしたときには本当にたくさんの当事者の方から連絡をいただきましたし、犯罪被害者の救済のテーマでは地下鉄サリン事件の被害者の会代表の高橋シズヱさんからたくさんのお話をお伺いし、これまで私が知らなかった分野についてご紹介することもできました。

 読んだ方から「今日退院したのでお礼を言いたくてメールを書きました」というメールをいただいたこともありました。ぜんそくについて連載したとき、ぜんそくがひどくなった状況(ぜんそくの重積発作)のときには、救急車を呼ぶことをためらわないでください、と書いたのですが、その方はこのことを覚えていて、発作がどんどんひどくなった時に思い切って救急車を呼び、そのまま集中治療室(ICU)で治療を受け、ようやく今日退院した。「知っていてよかった」と喜んでくださり、「自分が直接お目にかかることのない方々へ、提案を届ける」ことができていたのだと、私も本当にうれしく思いました。

 初めての連載が掲載されてから20年以上も経つのに、今でも「読んでいました」と声をかけてくださる方がいらっしゃいます。そしてこの連載が、一方的にお届けするのではなく、多くの方々からたくさんのことを教えていただく機会にもなったことに深く感謝しています。

 2011年の秋に、私は研修医として働いた病院に戻ることになりました。総合内科という部門で働いていて、特に高齢者のケアについての仕事をしています。声をかけてくれたのは、私が研修医の時にお世話になった先生方です。「患者さんの高齢化が進んで、検査と薬だけでは治せなくなっている。一緒に高齢者医療をやらないか」というお誘いを受けたことがきっかけでした。高齢者の健康は、ご本人だけでなくその周囲にいらっしゃる方にも大きな影響を及ぼします。体だけでなく、精神的にも、社会的にもとても脆弱な状況にある方々が、自分を守り、健康に過ごすために役に立つのに、まだよく知られていないことは、たくさんあります。

 今回のこの連載では、「生活者のための医療と介護のはなし」という副題をつけていただきました。読んでくださる方々の生活を守るのにお役に立てるようなことをお伝えしていけたらと考えています。どうぞよろしくお願いします。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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