雨宿りの木

第33回

慶應義塾大学病院が取り組むユマニチュード

2024.04.28更新

 こんにちは。ユマニチュードは、誰かが誰かにケアを行う状況であれば、どこででも、どなたに対しても使えます。よく、「ユマニチュードは介護施設や在宅など、ゆっくり療養する場で使うものでしょう?」と尋ねられます。もちろん長期療養の場でお役立ていただいていることはその通りである一方で、それだけにとどまらないのも事実です。

 以前お伝えしましたように、福岡市の救急隊の方々がユマニチュードを救急搬送に導入してくださっているのは、緊急事態であってもユマニチュードが役にたつ、と救急の現場で考えてくださっているからにほかなりません。

 高度な医療を提供する大学病院もまた、ユマニチュードが活用できる場のひとつです。慶應義塾大学病院と京都大学附属病院は、数年前から病院全体でユマニチュードの導入に取り組んでくださっています。いずれの大学病院も、まずはユマニチュード考案者のイヴ・ジネスト先生が病院を訪れて、講演を行ったり、病棟で困っている患者さんのケアを一緒に行ったりすることから始まりました。

 ジネスト先生のケアを目の当たりにすると、誰もが「こんなケアができるようになれたらいいな」と思う一方で、そうなるためにどうすればよいか、と迷っていらっしゃる方も多いと思います。ユマニチュードに関する書籍はいくつか出版されていますし、YouTubeでご覧になれる映像教材テレビ番組などもあります。これらの教材で学んでくださっている方がたくさんいらっしゃいます。実際のところ、ジネスト先生が街を歩いているときに、「ユマニチュードの本を読んでみたら、とても役に立ってうれしかったです」と声をかけてくださる方々とお目にかかることはよくあります。

 それと同時に、「こんなことで困っているのですが、どうしたら良いでしょうか」と相談を受けることもたくさんあります。困っている状況を詳しく教えてくださったとしても、実際にその場にいないとわからないこともたくさんあります。また、解決策を提案しても、言葉だけではうまく伝わらないな、と感じることもあります。ケアは人が人に対して行うものなので、そこには常にコミュニケーションが存在し、体の動きが伴います。言葉だけでその解決方法を伝えることはなかなか難しいです。

 例えて考えると、水泳の入門書を読んだだけで、いきなり50メートル泳げるようにはならない、というようなことかな、と思います。泳げるようになるためには、まずプールの中に入らなければ始まりません。そこで「こうやって腕を回して水をかき、腕を1回す間に足を2回打つ、そしてこのタイミングで息を吸うんですよ」というように、コーチが泳ぎ方を教えてくれ、さらに泳いでいる姿を見て改善点を指摘してくれることでだんだん息継ぎも上手くできるようになり、無理なく長い時間泳げるようになります。

 ケアも全く同じです。本を読むだけではケアの実践には十分ではなく、まずはやってみること。そして上手くいかないときにはその理由を考えることが第一歩です。ジネスト先生は「ユマニチュードは数限りない失敗の積み重ねから誕生した」とよくおっしゃいます。さらに「わたしたちは失敗からしか学ぶことはできない」ともおっしゃいます。ケアがうまくいかないとき、私たちはなぜ上手くいかないのかを考えなければならず、そのときに一緒に考えてくれるのがケアのコーチであるユマニチュードのインストラクターです。

 もちろんインストラクターがいなくても、自分で考えて解決策を見出すことはできます。実際にユマニチュードの本を読んで、すばらしいケアができるようになった方もいらっしゃいます。その一方で、どうしても上手くいかず、困り果ててしまう方々もいます。そんなときに一緒にケアを考え、自分の足りないところを的確に教えてくれるインストラクターは、良いケアの技術を身につけるための強い味方です。

 慶應義塾大学病院京都大学附属病院は、それぞれインストラクターと一緒にユマニチュードを学ぶ機会を定期的に設けています。私も毎年お伺いすることをいつも楽しみにしています。今年の3月に慶應義塾大学病院でユマニチュードに関するシンポジウムが開催され、私も参加しました。そこでは、病棟単位でユマニチュードに取り組んでいる看護師さんたちが、ご自分の経験をたくさん語ってくださいました。上手くいったことだけでなく、上手くいかなかったことも話してくださり、さらにその上手くいかなかった原因を見つけ出して解決に繋げたお話も伺うことができました。「ユマニチュードは数限りない失敗の積み重ねから誕生した」というジネスト先生の言葉を改めて思い出す、素晴らしいシンポジウムでした。

 とても素晴らしかったので、このお話をもっと多くの方々に聞いていただけたら、と考えました。看護部のみなさまに相談し、オンラインでアンコール発表をしていただけることになりました。5月25日土曜日の午後1時から90分、日本ユマニチュード学会のオンラインサロンでシンポジウムを開催いたします。タイトルは「慶應義塾大学病院が取り組むユマニチュード:その人らしさを取り戻す」です。どなたでもご参加いただけます。ご興味のある方は、日本ユマニチュード学会ウエブサイト (https://jhuma.org/20240525/)からお申し込みください。当日のURLをお送りいたします。

 超急性期病院であっても、「優しさを伝えるケア技術」はこんな風につかえますよ、という例をお届けします。慶應義塾大学病院の看護師さんの経験を共有できる機会です。ぜひ、お越しください。

本田美和子

本田美和子
(ほんだ・みわこ)

国立病院機構東京医療センター総合内科医長/医療経営情報・高齢者ケア研究室長。1993年筑波大学医学専門学群卒業。内科医。国立東京第二病院にて初期研修後、亀田総合病院等を経て米国トマス・ジェファソン大学内科、コーネル大学老年医学科でトレーニングを受ける。その後、国立国際医療研究センター エイズ治療・研究開発センターを経て2011年より現職、高齢者・認知症患者のケアに関する研究に従事。2011年より『ユマニチュード』の研究・日本への浸透を担い、2019年7月一般社団法人日本ユマニチュード学会を設立、代表理事に就任。

※一般社団法人日本ユマニチュード学会は、フランス生まれのケア技法『ユマニチュード』の普及・浸透・学術研究と会員間の相互交流を通じ、誰もが自律できる社会の実現を目指して様々な活動を行っています。会員としてご一緒に活動いただける方、会の趣旨に賛同してのご寄附など、随時募集しております。詳しくは、ウェブサイトをご覧ください。

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